過去を忘れる

わたしは最近やっと元夫に対して憎くないと思えるようになりました。それは許すという感情とは別です。殴られて離婚してから4年かかりました。

まず、離婚してから自分がまったく愛されていなかったことを受け入れたら、元夫に対して情がわかなくなりました。どうしてそれがわかったかというと、元夫の行動について理解できなかったことが、夫が精神的に自立できておらず、自分のプライドとか自尊心を満たすためにわたしを利用しようとしてきたのではないかと疑うと、すべて理解できたからです。その結果、わたしは離婚するまでに自分がまったく愛されていないことと、元夫が自分のことしか好きではない人間だと受け入れることができました。

次に、殴られた理由が理解できませんでしたが、わたしが元夫ががまんできないくらい境界を犯したから、それを排除するために殴ったということではないかと思いました。その点については善悪の判断がつかず、わたしはDVのようなことをしていた時期もあったので、わたしが悪いのだろうかと思うときもありました。しかし、夫もモラハラをしていたので、わたしは元夫のモラハラがいやだったのと、元夫の家族から身を守るためにそういうことをしていたのだということが最近わかりました。わたしのやったことは常識から判断するとDVにあたるもので、完全にわたしが被害者というわけではないし、そのことに対しては悪いことをしたと思っていますが、自分の身とか精神を守るためには必要でした。それに、元夫もそれがなぐっていい理由になるわけではありません。わたしは殴られた理由を理解したことで、元夫はわたしを殴ったことをぜんぜん悪いと思ってないから謝らないんだとやっとわかりました。元夫はなんで悪いことをしたのかたぶん理解できないと思うので、元夫に抱いていた許せないと謝ってほしいという気持ちがどうでもよくなりました。

また、元夫が自立できなかった理由を、元夫の両親に対して責任があると思い、彼らを憎んでいた時期がありました。そうすると、わたしは元夫にシンパシーを感じてしまい、自分のこれまでしてきた行いを反省するという悪循環になってしまったのでだめでした。そして、そのあと毒親という言葉を知りました。毒親育ちの人の本を読んで、毒親の何が問題かや性格とかにどういう問題点が生じるかということも理解しました。でも、元夫がそれをどこまで自覚していたかわからないし、結局は親に精神的に支配されていたままでした。わたしは自立してほしかったのですが、それを求めるとわたしが元夫の境界を犯して暴力をふるわれたので、結果的にはわたしのやったことは逆効果でした。毒親育ちへの対応を間違えたのだろうかと自分を責めた時期もありましたが、それは違うと今は思っています。
なぜなら、本人が親から自立する気がなくて、勝手に親のせいだといじけているし、わたしに言わなくてもわかってほしいと思っていたからです。毒親育ちのせいで説明能力がないというようなことを元夫は言いましたが、言わなくてわかってほしいは、いい大人からしたら甘えです。
わたしも最初はそれを受け入れようと思って、自信をつけさせるためにあれこれ世話を焼いたら、図に乗ったあげくわたしを精神的にコントロールするとともに、わたしをパートナーとしてではなく母親みたいになってほしいと甘えて依存してきました。それがわたしにとっては大変負担でした。こっちがよかれとしてしたことを逆手にとってわたしが支配されたので、毒親育ちに対する対応を知らなかったせいだからわたしが元夫を良くない方向に導いたとは思わないです。それに、なんていうかそれを理由に人に迷惑をかけていいわけではないし、わたしに母親的なものを求めるのは間違いだと思いました。

それから、自分の育った環境がちょっと毒親家庭に似ている部分があると思い、親とか家族を憎んだ時期もありましたが、自分がうまく自尊心が育てられなかったとか、境界を犯されやすくなってしまったことを、家庭とか親とか家族のせいにするのも間違いだと思いました。幸いいちばんの毒の根源だったと思う祖母は死んでいるので、影響力が薄くて自覚のない母の介入を減らせばいいだけです。今は母は遠方にいて、接触回数は少なくて済んでいます。
母はわたしに「親ばか」ということを言い訳に介入しようとします。それは、でも相手の気持ちを考えない、押しつけでしかありません。それは親の愛とかとは別だと思います。幸いにわたしは再婚しているので、「夫と決めることだから」と言えば不承不承ですが引き下がります。わたしは実家にいると実家のコントロール下におかれやすくなるので、なるべく物理的、精神的な距離をとりながら、親を子離れに導いていこうと思います。

わたしはときどき元夫と交際していた時期のことを思いますが、違和感とこのとき別れたらよかったばかりです。そして、決断しなかった自分を責めることの方が多いです。しかし、最近はそれもなくなりました。

たぶんわたしはどこかで元夫に変わってくれるとか言わなくても通じるとか自分と同じ人間みたいな部分があって、期待があったから怒ったり憎んだりしていたんだと思いますが、ぜんぜん違う人間でもう交わることもその必要もなくて自分の人生に不要な人間であったということが理解できたので、怒りとか憎しみがわかなくなったのだと思います。そしてそれを理解したとたん、わたしは過去に対して自分が時間を使うことが大変もったいないと思いました。だから今後はあまり過去を振り返らないようにしたいです。今と未来を生きるためには忘れることが必要です。悲しいことかもしれませんが、元夫へのいろんな執着とか感情とか思い出とかから解放されて今はとてもすっきりしています。

わたしはやっと過去から解放されました。ときどきまたいやな思い出に襲われるかもしれないし、また憎しみとか怒りが襲ってくるかもしれません。でもそれは済んだことです。元夫も元夫の両親も赤の他人です。それがやっと理解できました。自分の家族だって血縁ではあっても別人です。一緒だと思うから境界をおかしたり甘えや依存が出てくるのだと思います。わたしと過去の自分は同じ人間かもしれませんが、考え方が変わったという意味では今のわたしと過去のわたしは別の人です。だからわたしは、もう過去のことを振り返らずに、今を生きようと思います。さようなら元夫永遠におさらば。

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