忘れられない最後の会話
ショートショートストーリー
小百合のおばあちゃんは電話好き、ハキハキした通りのいい声で一日に最低二度はかけてきます。
その上メールも得意で、まるで若い女性のように、軽やかなタッチで楽しいコメントを打ち込み絵文字も付けてきます。小百合は気分が沈んでいる時おばあちゃんのメールに励まされることがあります。
おばあちゃんは何よりも人との会話を大切にしています。
「おばあちゃんのおしゃべりパワーは凄いわい、電話もメールも面倒くさがらんけんねー」と小百合が言うと
「小百合、ばあちゃんはねー、人と話すんが好きなんよ、思た時に、気持ちを伝えとかんとねー、人生は何があるかわからんけんねー、後になって後悔せんようにしよんよ」と滑舌いい声で答えていました。
小百合のおばあちゃんのゆり子は若い頃、電話交換手をしていました。
「電話交換手」とは、自動電話交換機が普及する1960年台頃まで、電話機のオペレーターをしていた女性のことです。
外から会社に電話がかかってくると、交換手が電話の応対をして、かけたい人の部署にケーブルのプラグを差し込んで、電話をつなぐ仕事です。
ゆり子は電話応対と声の美しさが評判でした。
その声に惚れ込んで彼女にアプローチしたのが営業部のエース葛城四郎(かつらぎしろう)です。
彼は、身長が高く背広の似合うハンサムな男性で、社内の女性たちの人気を一人占めしていました。
葛城は、ゆり子の声を聞くと元気が出て、やる気モードになるので彼女の電話のとりつぎが嬉しくて仕方がありませんでした。
葛城は、ある日電話を取りついでくれた彼女に思い切って告白します。
「僕は君の声を聞くと、元気が出るんだよね、君の声を聞くたびに胸が高鳴るんだ、僕は君の声を毎日傍で聞いていたいんだ」
「私なんかでいいんですか・・・葛城さんは女子にもてもてなのに・・・」
「君だからいいんだ、ゆり子さん」
葛城のストレートな告白がゆり子の心を動かし、二人は結ばれました。
ゆり子の声が毎日聞けるにも関わらず彼はしょっちゅう自宅に電話してきました。
「ゆり子、今から仕事でプレゼンがあるんだけど、僕にパワーを送ってくれよ」
「ハイハイ、じゃー、いきますよ、『プレゼン大成功すること、間違いなし、落ち着いていつものペースで頑張って葛城四郎君』」
ゆり子は明るい声で葛城エールを送っていました。
彼は日々ゆり子の元気な言葉に力を貰って、仕事に取り組んでいたのです。ゆり子の言葉は葛城には天使の声にも神の声にも聞こえました。
結婚して6年、子育てに忙しい日々を過ごしていたゆり子に、その日も葛城が電話をかけてきました。
ゆり子は娘に授乳していたので「ごめんなさい、今は授乳中だから、ごめん、早く帰ってきてねー」と、素っ気ない対応をしてしまいました。
それが二人の最後の会話になってしまったのです。
その日の帰り道に、葛城は予期していなかった電車の事故に巻き込まれて亡くなりました。
ゆり子はずっと後悔していました。あの日どうしてもっときちんと会話していなかったのかと・・・。
それから、ゆり子は電話でもメールでも、その時の気持ちをストレートに相手に伝えることにしたのです。
小百合がおばあちゃんに聞きました。
「おばあちゃん、おじいちゃんに何を伝えたかったん」
おばあちゃんはいつもの元気な声で答えました。
「おはよう、行ってらっしゃい、お帰りなさい、おやすみなさい、ありがとうって、四郎さんに毎日言えたのがどれだけ幸せだったか、私に幸せをありがとうって、そう言いたかったんよ、そしてねー、私を妻に選んでくれてありがとうって伝えたかったんよ」
小百合はそれを聞いて、おばあちゃんが今、言葉をとても大切にしている理由がよく分かりました。
小百合は「おばあちゃん、おじいちゃんのことを話してくれて本当にありがとう、私もこれから言葉をもっと大切にするね」と伝えました。
【毎日がバトル:山田家の女たち】
《言葉は大切よ、人の心に響くけんねー》
洗濯物を畳んでいるばあばとの会話です。
「本当に人は話せる時に話しとかんとねー、特にお年寄りは明日が分からんけん、今日を大事にせんといかんし、思うことを話しとかんとねー」
「お年寄りだけじゃないよ」
「言葉は大事よ、人の心に響くけんねー、私もあんたに優しい言葉をかけんとねー」
母を諭す意味で書いたショートショートてはなかったのですが、母にも響いたようです。
【ばあばの俳句】
白鷺と暫し語らふ今朝の川
母は白鷺をよく詠みます。そのくらい白鷺が好きなのです。朝、出掛ける時に近くの川で見かけるといい事あるようなが気がするそうです。
母が白鷺を目撃する川は母が移動手段にしているバス停のすぐ傍です。イラストのばあばもやったーって言う顔してますよね。
▽「ばあばの俳句」「毎日がバトル:山田家の女たち」と20時前後には「フリートークでこんばんは」も音声配信しています。お聞きいただければとても嬉しいです。
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私のアルバムの中の写真から
また明日お会いしましょう。💗