旧司法試験平成22年第2問 民事訴訟法 答案例
<旧司法試験 平成22年 第2問>
1 設問1について
請求認容判決を受けたにもかかわらず提起された本問控訴は適法か。
控訴とは、自己に不利益な第1審判決を受けた当事者が、その判決の確定前(民事訴訟法(以下法文名省略)285条参照)、控訴裁判所に対し、自己の有利にその判決の取消・変更を求める不服申立ての方法である。ここで、控訴審を運営する限られた裁判資源を有効に確保する必要がある。さらに、第1審判決に対し不服を持つ者だけに不服申立てをする権利を認めれば足りる。そこで、控訴が適法となるためには、控訴を提起した者が第一審判決に対し不服を有すること、すなわち控訴の利益を有すると認められることが必要である。
では、請求認容判決を受けたXに控訴の利益が認められるか。控訴の利益の有無を判断する基準はどのようなものになるのか。
控訴の利益が必要とされた趣旨は、控訴審において審理し、判決をすることが有効適切といえる控訴だけを取上げる点にある。そして、その際に当事者の不服に着目したのは、原告が設定した訴訟物の存否について相争い、申立事項の範囲内で(246条)判決を得たのであるから、更に訴訟物について争う(続審制、297条本文参照)必要を当事者が有していないのであれば、そもそも審理をする必要が認められないといえるからである。そうすると、不服があるか否か、すなわち、控訴の利益があるか否かは、設定された訴訟物、すなわち第1審における本案の申立てと、判決主文とを比べ、判決主文で得られた結果の方が申し立てた事項より少ないか否かによって判断される。
これを本問についてみると、Xは全部請求認容判決を受けたが遅延損害金の請求を追加するために控訴を提起している。
第1審における本案の申立ては売買契約に基づく100万円の売買代金請求権の存在であり、審判形式は給付判決を要求するものである。そして、全部認容判決が下されている。そうすると、本案の申立てと判決主文を比べても、判決主文で得られた結果が申立てた分と同じであるといえる。したがって、控訴の利益は認められない。
もっとも、仮に遅延損害金請求ができない、すなわち本件訴訟の既判力が及ぶのであれば、控訴審における請求の拡張(143条1項本文)を認めるべく、例外的に控訴の利益を認める必要がある。
このように解したとしても、本問における訴訟物は売買契約に基づく100万円の売買代金請求権であり、確定した判決の既判力は当該請求権の存在についてしか及ばない(114条1項)。代金支払期限後の遅延損害金請求訴訟を提起した場合、当該請求権は履行遅滞に基づく損害賠償請求権(民法415条前段)であるから、訴訟物は履行遅滞に基づく損害賠償請求権ということになる。そうすると、本問訴訟における訴訟物と遅延損害金請求訴訟における訴訟物は別であることになる。すなわち、のちに遅延損害金請求訴訟を提起したとしても、本問訴訟の既判力は及ばず、遅延損害金請求を行うことは可能である。
したがって、原則通り控訴の利益は認められず、控訴は不適法となる。
2 設問2(1)について
控訴裁判所はどのような判決をすべきか。
第1審判決では主位的請求が認容されており、原告の申立て通りの判決となっている。そのため、Xは控訴の利益を有せず、全面敗訴したYのみが控訴の利益を有する。したがって、Yのした控訴は適法である
そこで、控訴裁判所としては自らが至った結論通り主位的請求全部棄却判決を出したい。そして売買契約が錯誤(民法95条)により無効であるから、絵画の所有権はXにあることになる。そこで、予備的請求を認容する判決を出すことになるはずである。
では、そもそもYの控訴の提起によって、主位的請求のみならず予備的請求についても控訴審に移審するのか。控訴の効果はたとえ請求の一部についてしか不服を申し立てていなかったとしても、請求全体に及ぶ。本問においても、予備的請求についての審理はなされておらず、Yは主位的請求についてのみ不服を申し立てている。しかし、控訴提起の効果は全請求に及び、予備手駅請求も移審し、控訴審に係属する。
次に、予備的請求が係属していても、当該請求が裁判所の審判対象となり、それについて判決をだしてよいのか。被告が不服を申し立てているのは主位的請求に関しての判断のみであり、予備的請求については不服を申し立てていないため、また、原告の附帯控訴(293条)もないため、審判対象にならず(296条1項)、当該請求について判決をすることは不利益変更禁止の原則(304条)に抵触にするとも思え、問題となる。
客観的予備的併合とは、数個の法律上両立しない請求に順位を付して、先順位の請求(主位的請求)が認容されない場合に備え、当該請求の認容を解除条件として、後順位の請求(予備的請求)との併合審判を求める併合形態のことである。原告がこのような併合形態を選択した趣旨は、当該請求は法律上両立しないため、実体法上どちらかの請求が認められるという関係にあるが、訴訟においては、併合せずに審理すると、両方の請求が棄却される可能性が存在し、両負けする可能性があり、その両負けの状態になるのを回避しようという点にある。
そして、296条1項及び304条の趣旨は、控訴審においても、当事者の意思を反映し、申立事項を超えた審判・判決を禁止するという処分権主義を貫く点にある。ここで、原告の意思は主位的請求が棄却された場合には予備的請求について審判を求めるというものである。そして控訴審においても、両負けという実体法から乖離した容認しがたい事態が発生することを防ぐべく、当該申立てに示された意思は控訴審においても維持されていると解すべきである。この原告の合理的意思は相手方たる被告も認識しているところである。また、主位的請求と予備的請求は表裏の関係にあり、両請求は共通した訴訟資料によって判断することが可能である。すなわち、第1審においても予備的請求は潜在的に審理されていたといえ、審級の利益(308条参照)を害することも無い。
したがって、予備的請求を審判対象にし、判決をだすことは、296条1項および304条に反せず、許される。
本問においても、予備的請求たる絵画の返還請求について審理し、判決を出すことは許される。
以上より、控訴裁判所は主位的請求を棄却し、予備的請求を認容する判決をすることになる。
3 設問2(2)について
控訴裁判所はどのような判決をすべきか。
第1審判決では主位的請求が全部棄却され、予備的請求が全部認容されている。すなわち、主位的請求が全部棄却されたという点において原告の申立てより少ない結果となっているから、この部分についてXは控訴の利益を有する。そして、予備的請求が全部認容されている点において、被告の全請求を棄却するとの判決を求めるという申立てより少ない結果になっているから、予備的請求部分についてYは控訴の利益を有する。
本問において控訴したのはYのみである。Yは控訴の利益を有するので、本問控訴は適法である。そして、前述したように上訴不可分の原則により。全請求は移審し、主位的請求並びに予備的請求は控訴審に係属する。
そこで、控訴裁判所は、心証通り主位的請求認容という判決をしたい。もっとも、控訴をしたのはYのみであり、Xは控訴も附帯控訴もしていない。
このような状況おいて主位的請求を認容することは、控訴したYにとって不利益に判決を変更するものであり、304条違反となるのではないか
確かに、(2)において、原告の合理的意思から、予備的請求について審判することをみとめたことからすれば、本問のような状況においても、原告の合理的意思たる両負け回避という観点から、主位的請求について判決することも許されるとも思える。しかし、主位的請求が棄却されていることからすればこれについて控訴することを原告に求めることはできる。また、口頭御弁論終結まで、審判対象の拡張を行うべく附帯控訴をすることができたのである。このように、原告が自らの意思で主位的請求を審判対象とすることができたのにも関わらず、これを行わなかったことからすると、原告は主位的請求を審判対象にする意思を有しないと考えるべきである。
したがって、裁判所は当事者双方の意思通り、予備的請求のみを審判対象とし判決すべきであって、これに反して主位的請求について判決した場合には処分権主義に反し、304条に違反することとなる。
これを本問についてみると、原告Xは控訴も附帯控訴もしていない。したがって、審判対象は予備的請求に限定される。
以上より、控訴裁判所は主位的請求について判決することができず、予備的請求について棄却する判決をすべきである。 以上