見出し画像

山田動物園のおはなし 「カッパの直訴 」

『 カッパの直訴 』

山田町の山田山にある山田動物園は、朝9時から夕方5時まで開園している。
動物園ではたらく人間は、町にある自宅から朝8時に出勤し、オリや通路のそうじ、エサのしたく、売店やレストランの仕込みなど、お客様を迎える準備をはじめる。
動物園ではたらく動物は、開園時間までに、おのおののオリに入り、うろうろしたり、寝そべったり、エサを食べたり、鳴き声をあげたりといった「生態を見せる」という仕事をする。

夕方5時をすぎると、人間は、町にある家に帰る。動物は、オリから出て園内を自由に行動し、生活する。人間と動物は、お互いのプライベートには立ち入らない、という暗黙のルールがあり、ビジネスのうえでの関係性は良好である。

ある日、動物の園長であるカバのオリに、人間の園長さんが「相談があるんですが……」とやってきた。動物のほうからエサやオリの改善について相談することはあれど、人間の方から出向いてくるのは珍しいことだ。
なんでも、人間の園長さんのもとに、「ここではたらかせてほしい」という者がきたのだが、その扱いをどうしたらよいか、困っているという。

「はたらかせてほしい」と言ってきたのは、山田山の山田川に暮らすカッパ。
カッパは、川で魚をとったり、キュウリを育てながら暮らしている。ときおり町の商店街に出かけ、魚やキュウリを売ったお金で生活必需品を手に入れる。懐に余裕があるときは、酒場に繰り出すこともある。

そのカッパが「山田動物園ではたらきたい」という。人間の園長さんが、「どっちサイドですか?」と聞くと、「飼育されたい」とのことであった。

動物は、この動物園で生まれたり、ほかの動物園からもらいうけたり、野生から連れてきたりするものなので、自分から「飼育されたい」とやってくるというのは前例がない。
その話を聞いたカバ園長も、考えこんでしまった。
動物園とは動物の園である。カッパは果たして動物なのだろうか。動物だとすると、何の類なのだろうか。
ひとまず話だけでも聞いてみようと、カッパをカバのオリに呼ぶことにした。

人間の園長とカバ園長が待つオリにやってきたカッパは、「失礼します」と入ってくるやいなや、ざぶんと頭のてっぺんまで水に浸かり、また陸にあがった。そして、「ここではたらかせてください」と言った。
カバ園長は、「はたらくと言ってもねえ……」と難色を示した。

「動物園の動物というのは、いっけん気楽なように思われるが、これはこれで骨の折れる仕事なんだよ。オリのなかを理由もなくうろうろしたり、用もないのに鳴き声をあげたり、眠くもないのに大きなあくびをしてみたり。常に人間の視線にさらされる、というのは気のはることだ。自由きままな今の生活の方が、君にあっているんじゃないかね」

カッパは、「わかっています」とうなずいた。
「私は、自由というものに、ほとほとあきてしまったんですよ。不自由があってこその自由だ。それに最近じゃあ、こどもは川で泳がないし、相撲もとってくれない。酒場にメスガッパがいるわけでもない。孤独はもう、うんざりだ。人間の園長さん、カバ園長さん、どうか動物園のオリに私を入れてください」

深く頭をさげるカッパに心が動いたダブル園長は、試用期間を1ヶ月と定め、オリのなかに入れてやることにした。カッパは、『川のなかま』ゾーンのカワウソのとなりにおさまった。

オリに入ったら、ほかの動物と同様、仕事中に言葉をしゃべることは許されない。カッパは、座ったり、立ったり、うろうろしたり、水槽の水で皿を濡らしたりして、日中を静かにすごした。
町の人から「あらカッパさん、どうしてこんなところにいるの?」と声をかけられても、「キイ」とそれらしく鳴いて返事をした。「へんなの」と言われても、「キイ」とこたえた。決まった時間に、与えられたキュウリをポリポリと食べた。
夜になると、水槽に湯をはり、とっくりの熱燗をちびりちびりと呑みながら、じっと月をながめ、物思いにふけっていた。

1週間がすぎたころ、人間の園長がカッパに声をかけた。
「どうだい、そろそろあきてきたかね?」
「いいえちっとも。あの、園長さん、ちょっと提案があるんですがね」
「提案?」
「はい。この1週間、園内のようすを見ておりましたが、施設の規模に対して来場者が少ないように見受けられます。集客が伸び悩んでるんじゃありませんか?」「まあ、赤字ではないが、黒字でもないね」
「黒字が出なければ、設備の改善や飼育員の昇給などもままならないでしょう」「たしかにそうだが……」
「私を利用してはどうでしょう。山田町の人々にとって、私の存在は当たり前ですが、県外の人にとっては珍しいはずだ。“ カッパのいる動物園 ” と広告をうったら、人が集まるかもしれません」

半信半疑ながらも、園長は小さな新聞広告をだしてみた。次の週末、山田動物園は人であふれかえった。久々の活気に、飼育員や動物たちは心躍った。

カッパはさらなる提案をした。
「カッパのアトラクションを開催するのはどうしょう。平日限定、1日3回、抽選で当たった人間が、私と相撲をとるのです」

平日にもかかわらず、山田駅から出る山田動物園行きのバスはいっぱいになった。

山田商店街の人の心も躍った。
カッパの描いた、かわいすぎず、ぶさいくすぎない絶妙な自画像はキャラクター化され、大量のシールがつくられた。そのシールを、雨合羽、きゅうりの細巻き、皿などに貼るだけで、売り上げが倍増。居酒屋は「カッパ御用達」と看板を掲げ、きゅうり料理を充実させた。八百屋ではきゅうりが飛ぶように売れた。

それを新聞やテレビが紹介したものだから、来場者は増えに増え、ときには入場待ちをしなければならないほどになった。

カッパバブルのなか、カッパはオリのなかで何をするでもなく、座ったり立ったり、キイと鳴いたり、甲羅を乾かしたりして、マイペースにくらしていた。大量の視線に動じることもなく、冷静に園内のようすをながめていた。

試用期間であるひと月がたち、人間の園長とカバ園長は、カッパのオリをたずねた。
「カッパくん、オリのなかの暮らしはどうだね」と、人間の園長が切り出した。「はい、おかげさまで快適です。不自由というのも、なかなか趣があるものだ。あと何十年でもいられそうです」
「そのことなんだがね」
カバ園長が、大きな口を開いた。
「人間の園長さんと話し合ったんだが、やはり君は、山田動物園で飼育されるべきではない」
「なぜですか? お役に立っていませんか?」
「私たち山田動物園の動物が、うろうろしたり、寝たり、あくびをしたりしているのは、山田町の人々になごんでもらうためなんだよ。このところの来場者の増加で、町の人がゆっくり見物できなくなっている。知らない顔の人ばかりになり、動物たちにも疲れが出はじめている」
「私がいることによって売り上げが増え、エサやオリも上等になりますし、飼育員さんたちにもボーナスがだせますよ。私がいなくなってもいいんですか?」
それには、人間の園長さんが答えた。
「ブームは、去る。『砂漠のなかま』のゾーンにいる、エリマキトカゲくんに会ったかね。彼もブームに翻弄された1匹だ。あんなにユニークな姿にもかかわらず、今では騒ぐ人間はひとりもいない」
「たしかに、私のブームはいずれ去るでしょう。そうしたら、新たな企画をたてればよいのです。ブームは、やってくるのではなく、つくるものなんですよ」
「カッパくん、お願いがあるんだ」
人間の園長さんが、かしこまって言った。
「山田動物園で、はたらいてほしい」
「だから、はたらきたいと言っているではありませんか」
「いや。そっちサイドではなく、こっちサイドでだ。山田動物園の臨時職員となり、経営や企画のアドバイザーとして、力を貸してくれないだろうか」

カッパは、快諾した。 

カッパのオリがなくなった山田動物園は、もとどおりに、町の人がのんびりとすごせる場となった。
商店街の人はカッパブームのことなどすっかり忘れ、きゅうりや皿の品ぞろえも通常に戻った。

カッパは、川に帰った。不自由を経験したカッパは、これまでとは少し景色の違う自由を手に入れた。定期的に動物園の会議に出席し、企画を提案している。

この一連のカッパ騒動によって、山田動物園のルールには、新たな一文が追加された。
『飼育する動物は、動物図鑑に載っている動物に限る』というものである。
よって、「友人のツチノコを紹介したい」というカッパの申し出は、却下されつづけている。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?