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空間心理とは

空間心理学とは、物理的な環境が人間の潜在的な感情、行動、思考に与える影響を研究する分野です。「建築心理学」「環境心理学」との違いは、「空間心理」では特に「潜在意識」に着目し、空間が無意識に人間の思考や行動にどう影響を与えるかに焦点を当てている点です。例えば、空間の全体イメージが無意識的な行動を誘導する「ヴィジュアライゼーション」や、何気なく見聞きしたものがその後の言動に影響する「プライミング効果」などが挙げられます。


現代社会では、物質的な豊かさの一方で、心の病や未来への希望の欠如、引きこもり、自殺など深刻な社会問題が増えています。この現実を目の当たりにし、私は未来に希望を持てる思考や行動を引き出すための方法を模索しました。そして気づいたのは、部屋や空間に潜在的に刻まれた過去の記憶が、現在と未来に影響を与えているということ。

私がこの発見をしたきっかけは、楽しい気持ちで部屋の模様替えをすると、良いことが起こりやすいという実体験でした。この経験から、家やお店を作る際、企画段階からカウンセリングを行うことで、自然とその人に合った室内デザインが生まれ、それが顧客の満足につながり、工務店の評判を高める結果を得ることができました。こうして室内装飾(インテリア)と心理学(カウンセリング)を組み合わせた手法が「空間心理」の基盤となり、「空間心理」という概念が生まれたのです。


現在、「建築心理学」「環境心理学」「空間心理学」の違いを深く掘り下げた情報はまだ十分に存在していません。そこで、私の定義をここでご紹介します。

バイオフィリア仮説


空間が人々に及ぼす影響は時代とともに進化しています。初期の研究では、動線設計や快適性に焦点が当てられましたが、次第に空間が「行動」をどう誘導し、「社会的つながり」にどのような影響を与えるかが注目されるようになりました。

その一例がバイオフィリア仮説です。1984年にエドワード・O・ウィルソン(Edward O. Wilson)が提唱したこの仮説では、「人間は自然とのつながりを本能的に求める」とされています。自然との接触がストレスを軽減し、免疫を向上させるなど、科学的な効果が実証されています。この考え方は、空間設計やライフスタイルの改善に大きな影響を与えています。バイオフォリア仮説は、環境心理学にルーツがあり、建築心理学をはじめとした、様々な分野で応用されています。


サヴォア邸 / フランス / 設計:ル・コルビュジエ (撮影:山田ヒロミ2019年9月) 

建築心理学

建築や空間デザインが人間の心理や行動に与える影響を研究する学問分野です。具体的には、空間のレイアウト、照明、音響、色彩などの物理的環境が感情や認知、行動に与える影響を探り、快適で機能的な空間を設計するための知見を提供します。例えば、モダニズム建築の巨匠ル・コルビュジエは、「人間のスケール」に基づいた建築デザイン(モデュロール)を提唱し、心理的な快適さを重視したデザインを追求しました。


ユヴァスキュラ大学 / フィンランド / 設計:アルヴァ・アールト (撮影:山田ヒロミ2018年8月)

環境心理学

1960年代に米国で正式に学問分野として確立されました。この分野は、人間と物理的環境(都市空間、自然、建物、職場など)との相互作用を研究します。代表的な研究には、ロジャー・ウルリッヒ(Roger Ulrich)の研究があります。彼は「病院の患者が窓から自然の景色を見ることで回復が早まる」ことを実証し、都市設計や公共施設の緑化プロジェクトなどに影響を与えました。
この研究は「バイオフィリア仮説」の実証的な側面を補強するものであり、密接に関連しています。両者は実証研究と理論という形で補完関係にあると言えます。

空間心理学

空間心理学は、建築心理学や環境心理学から派生した実践的な応用分野であり、特に「潜在意識」に働きかける点が特徴的です。例えば、私が1987年に訪問したアメリカの家庭では、家の空間環境が家族の幸福感に大きく影響していることを直感的に感じました。その時の経験が「空間心理」の発展の原点となっています。

上海での授業風景

上海の学校で「空間心理」の授業を行った際には、以下の内容を教えました。

  1. 空間と無意識の関わりで起きる事象を紹介

  2. そのエビデンスを紹介

  3. 空間心理をどのように建築で有効活用できるかを提案

  4. 企画段階の建築内で起きることを想像し、予測して体験する

特に「4. 想像する体験」は生徒・教師ともに好評で、幸福感に満ちた空間を体験的に味わうことで、潜在的な可能性を引き出す効果があると実感しました。

わが家のキッチンで無意識に眺めていた絵葉書
ホテル都合の変更を受け入れた時の偶然の選択の結果
絵葉書と同じ景色を眺めることに(撮影:山田ヒロミ)


最近の心理学の研究では、ハル・ハッシュフィールドが2023年に発表した研究が注目されています。この研究によれば、未来と現在を近く感じるほど、より良い選択をする可能性が高まるとされています。この知見は、私が提唱してきた「最高に幸せな未来を先取りした空間を作る」という空間心理の手法と一致しています。

結論


空間心理は、建築やリフォームだけでなく、日々の生活においても人々の幸福感や効率性を向上させる可能性を秘めています。これからも新築、リフォーム、引越しの分野で「空間心理」が当たり前の技術となり、多くの人々がその恩恵を享受できる未来を目指していきます。家やお店、会社をより良い空間にすることで、私たちは幸せな社会を築くことができるのです。


ヘッダー写真:ウンターリンデン美術館
/ フランス / 改修増築:ヘルツォーク&ド・ムーロン
 (撮影:山田ヒロミ2019年9月) 


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