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【ショート小説】夜陰の灯



倦んだ夏

 埼玉県は、関東平野の中央に位置する。
 東京をはじめとした都市部の、エアコン、アスファルトの熱で海風が暖められる、ヒートアイランド現象を、もろに受けて、暑い大気がやってくる。
 だから、気温が40度に達するほど、暑くなるのである。
 ここ熊谷市は、駅にミストが設置されていて、暑い日にはニュースのネタになった。
 暑い夏を、吹き飛ばすイベントが、今年も開かれる。
 自治会の夏祭りを取りしきる屋志 洋真やし ようまは、17歳の少年である。

「洋真。
 ちょっと、自治会の寄り合いに行ってきてくれ」
 父に頼まれ、
「ああ。
 いいよ」
 気軽に引き受けた。
 17歳になって、自分の将来を考えるようになった。
 はっきりしたビジョンはないが、将来なりたいものを、早急に決めなくてはならない。
 すると、地域社会に目を向けるようになった。
 自分の部屋に戻り、じっくり考えてみた。
 6畳の離れ部屋を、小学生のときに作ってもらってから、こもってゲームをすることが多かった。
 夏には、屋根のトタンが焼けるように暑くなり、熱がこもる。
 床も、簡素な作りなので、きしんでところどころ、表面ががれている。
 電源は、ひどいたこ足配線。
 ケーブルがうねり、どれがどの線かわからなくなっている。
 本棚は充実している。
 まだ手をつけていない、名作全集と、立派な百科事典、図鑑もある。
 読書は昔から好きなので、文庫本もたくさんある。
 漫画はあまり買わない。
 週刊誌を隅に、積んでおいてときどき古紙回収にだして、トイレットペーパーに替えてもらう。
 代わり映えしない、室内。
 このまま生きていくと、つまらない人生になりそうだった。
「刺激がほしい」
 だが、これといって、やりたいことはない。
 しいて言えば、ゲームがしたい。
 最近、麻雀と将棋にはまっているが、まさかプロにはなれないだろう。
 いつものように、麻雀ゲームを始める。
 1時間以上、あっという間に過ぎ、
「ああ。
 また時間を無駄にした」
 と思うのだ。
 時間は無情に過ぎ、周りからは、
「やりたいことを探せ」
 とあおられ続ける。
 夕飯はカレー。
 我が家のレパートリーは少ない。
 焼肉、そうめん、サンマ、アジなどが交代で食卓にのぼる。
 外食はしないし、間食は、いつものせんべい。
 命をつなぐために、エサを食べている気分になってきた。

 寄り合いの当日。
 住宅街の入口にある、コミュニティセンターへ向かった。
 自治会役員の、おじさん、おばさんが集まっていた。
「おっ。
 屋志くん。
 お父さんはどうしたんだい」
 自治会長の渡苅 健市とがり けんいちさんが声をかけた。
「じつは、食あたりで寝ています」
「おお。
 そりゃあ、難儀だなあ。
 おだいじにと、言っといてくれ」
 さらりと、ウソをついた。
 本当のことを言ってもいいが、雰囲気からして、何か大事なことを決めるのだろう。
 戻って連れてくるのも、面倒だ。
 コミュニティセンターには、キッチンと、談話室、そして、100人以上入れる大広間がある。
 今日は、談話室に10人ほど集まった。
「で。
 今日は夏祭りの話し合いだったね」
 渡苅さんが、進行役になるようだ。
「みなさん、お忙しいから、なかなかねぇ」
 副会長の好井 勇よしい ゆうさんが、ボヤくようにつけ足した。
 夏祭りは、年々減りつつある。
 うちの自治会では、子どものために出店をだしているようなものである。
 金魚すくい、焼きそば、ポン菓子などを振るまって、神輿みこしがねり歩く。
 年々高齢化が進み、運営が厳しい、という声もある。
 洋真は、そんな事情も伝え聞いていた。
「そろそろ、やめてもいいんじゃないかしら」
 婦人会の末藤 典子すえふじ のりこさんが、本音を吐きだす。
 なんとなく、どんよりした空気が流れた。
「まあ、今年はなんとか、つないておいて、検討事項ということにしてはどうですか。
 総会で話し合わないと、やめられないと思いますよ」
 会計の早川 慎吾はやかわ しんごさんが、議事を進めようと、助け舟をだした。
 確かに、ここでボヤいても、長びくばかりである。
「でさぁ。
 屋志くん。
 キミの家でやってもらえたら、と思っているのだけどなぁ」
 渡苅さんが、こちらへ向きなおって、威圧感を放ってきた。
 全身から、ものすごいオーラを発し、辺りの景色が暗くなった気がした。
 ふと、視線を外したところに、本棚があった。
 うちから寄付した、学研まんがや、まんが日本の歴史、上製本の小説などが並ぶ。
 懐かしくて、胸が熱くなった。
 夏祭りには、さんざん世話になった。
 小学生のときには、毎年楽しみにしていた。
「じゃあ、聞いてみますよ」
 部屋全体に、安堵の空気が流れ、全員の吐息が聞こえるようだった。
 その場はお開きになり、三々五々、世間話をして来週また集まることにした。

実行委員長の叫び

「うちで、実行委員長をやってほしいってさ」
 夕飯どき、父に報告する。
「やはりな。
 だから、お前を行かせたのだ」
「で、俺がいったら、スルーできると思ったのかい」
「やっぱり、だめかぁ」
 父は、頭をかきむしった。
「そういえば、今年の夏祭り、小牧さんが盆踊りの指導をするんだって。
 由佳ちゃんにも、やらせるって言ってたわよ」
 母が、横目で洋真の顔をうかがうようにした。
 幼なじみの小牧 由佳こまき ゆかとは、中学校まで一緒だった。
 高校が別々になってから、ときどき顔を合わせる程度になってしまった。
「ねえ。
 由佳ちゃんと一緒に盆踊りよ」
 さらに、母が迫ってきた。
「いや。
 それは」
 内心、期待感が膨らんでいた洋真は、どう反応すればいいかわからなかった。
 内気で、女の子と話すことなど、あまりない自分が、唯一幼い頃から一緒に遊んだのが由佳ちゃんだった。
 17歳になった彼女は、まぶしく輝いてみえる。
 最近は、あいさつする程度で、何を話したらいいのか、わからなくなっていた。
「きれいな浴衣で、くるかもね」
 明らかに、年頃の男女を刺激したい感、まるだしである。
 多分、井戸端会議で、話しているのだろう。
「ねえ。
 洋真が、実行委員長になって、カッコイイところを見せたら、女の子はイチコロよ」
「じゃあ、手伝ってよね」
 顔がニヤけてくるのを、押さえきれず、淡い期待を抱いて、やってみることにした。

 翌週も、寄り合いにでて渡苅さんに、
「ぼくがやってみては、と両親に言われました。
 差しつかえなければ」
 遠慮がちに、話してみたら、満場一致で、
「おお。
 そうか。
 やってくれるか」
「いいね。
 若い人にやってもらいたいよ」
 と、熱気が部屋を吹き荒れた。
「じゃあ、段取り考えよか」

 洋真は、さっそく必要な物を集めた。
 かき氷の機械、神輿みこし、ポン菓子の機械、金魚すくいのポイなどは、近所の工場と、商店街で集めた。
 そして、協賛金集めである。
 渡苅さんが作ってくれた、リストを元に、分担した。
 お返しのお酒が入った、一升瓶をもって工場や飲食店をまわる。
 「北富士見町夏祭り」と書いた看板と、協賛金をいただいた方の名前と金額を書いていく。
 看板は、とび職の山内さんが、あっという間に組み立てた。
 公園にやぐら提灯ちょうちんの電飾、本部のテントを設置する。
 やることは、山ほどあった。
 子ども会に、飾りの花を作ってもらう。
 そのとき、
「洋ちゃん」
 と声をかけられた。
 由佳ちゃんだった。
「夏祭り実行委員長なんだってね。
 しばらくみないうちに、立派になったじゃん」
 淡いピンクのブラウスは、ハシゴレースとピンタックで、ひらひらとめまいがするような、キラメキを放つ。
 紺パンツでコントラストをつけ、まるで夏に桜が咲いたように、かわいく着こなしていた。
「ゆ、由佳ちゃん。
 大人っぽくなったね」
 まぶしい輝きに、目がくらむようだった。
「うふふ。
 お祭りの準備なのに、変かなと思って」
「なに言ってんだよ。
 キレイすぎて、ビックリしたよ」
 興奮のあまり、声が大きくなった。
 彼女は、少し恥ずかしそうだったけど、嬉しそうに笑った。
 小学生たちが帰ると、後片付けをする。
 おばさんたちの目を盗んで、SNSと、電話番号を交換する。
「ねえ。
 今度、ゆっくり話したいね」
 

ハレの舞台

 翌週、少し離れたところにある、マックで待ち合わせた。
「おまたせ」
 由佳は、ピンクのブラウスに、淡いグリーンのロングスカートで、ロマンチックなファッションにまとめてきた。
 洋真はというと、白無地Tシャツに、黒パンツ。
 ライトブルーの、7分袖カーディガンを羽織って、涼し気におしゃれ感をだした。
「あれ。
 洋ちゃんって、おしゃれさんだったんだね」
「それ、ほめ言葉と受け取って、いいのかな」
 2人は笑いあう。
 ひとまず、ファッションは成功だった。
 各々、ドリンクを買って、ナゲットをシェアする。
「こうして話すのも、久しぶりだね」
「ああ。
 由佳ちゃんが、なにしてるか気になっていたんだけど」
「ふふ。
 洋ちゃん、他に気になる女の子とか、いないの」
「いないなぁ。
 由佳ちゃんは、かわいいから、男が放っておかないんじゃない」
「そうでもないのよ。
 私、かわいいかしら」
 微笑んで、少し黙った。
「ねえ。
 夏祭り実行委員長って、大変でしょ」
「うん。
 思った以上に忙しいね。
 でも、自分がたくさんの人に支えられて、生きてきたことを実感してるよ」
「へえ。
 私、夏祭りとか、子どもっぽいかな、と思ったんだけどさ。
 洋ちゃんが、実行委員長やるって聞いて、違うなって思ったの」
「夏祭りは、普段あいさつするだけの大人たちが、一つになるイベントなんだ。
 ハレの舞台って、そういう意味なんだって、わかったんだ」
 由佳が、外の通りを眺めている。
 国道を、大型トラックがたくさん走っていた。
「まだ、働いてる人がたくさんいるね」
「ぼくさ、働きづめに、働いて死んでいくのは、変だと思うんだ。
 やりたいことは、仕事のことじゃないって、思うんだよ」
 バスが、何台か通っていった。
 自家用車も多い。
 そして、バイク。
 歩道を行き交う、自転車。
「そうだね。
 洋ちゃんは、やりたいことあるの」
「うん。
 なにか、人のためになることをしたいな」
「それで、夏祭りを」
「そうかもね。
 自分ができることを、やってみたら、先が見えるんじゃないかなってね」
 由佳と一緒にいると、自然に自分の内面を話すことができる。
 気分が落ち着いて、心を整理できた。
 そして、一緒に家まで帰った。

盆踊り

 盆踊りの練習会を、婦人会が中心になって開いた。
 当然、実行委員長も顔をだす。
 由佳ちゃんと、お母さんが、振りつけをやってみせた。
 今日は、動きやすいトレーナーと、トレパンだった。
 洋真は、はっぴを着てお祭り感を、かもしだした。
「アツシのドンドコ節か。
 炭鉱夫の動きだったね」
 由佳ちゃんに近づいて、話しかけた。
 するとお母さんが、
「あら、立派な好青年になっちゃって。
 実行委員長さん」
「はは。
 盆踊り、楽しみにしてますよ」
 すると、顔を寄せてきて、
「由佳もね。
 あれで、盆踊りのことで、頭がいっぱいみたいよ。
 リードしてあげてね」
 耳打ちをするように言った。
 由佳ちゃんと、洋真が真ん中で、模範をみせるように促して、みんなは大きな円を作った。
「うん。
 若者がやるのと、ジジババがやるのでは、違うねぇ」
「絵になるよなぁ」
「お似合いだよ。
 ご両人」
 目を閉じると、提灯の明かりの下で、浴衣を着て踊る2人がいた。
 2人は、息がぴったりだった。
 いつまでも踊っていたい。
 心から思った。

 夏祭り当日。
 朝6時に放送をかける。
「おはようございます。
 本日は夏祭り納涼大会にふさわしい、快晴になりました。
 どうぞよろしくお願いいたします」
 すぐに、出店の準備を確認し、神輿を組み立てた。
 お神酒みきで清め、2礼2拍手で、祭り開始を宣言する。
「では。
 今日一日、よろしくお願いいたします」
 深々と頭を下げた。
 由佳も朝から、手伝ってくれることになっていた。
「ねえ。
 カッコイイよ。
 板についてるね」
 由佳に言われると、暑さも吹き飛んだ。
 あとは、各々役割を果たせばいい。
 実行委員長は、詰め所になったコミュニティセンターと、外の本部を行ったり来たりして、お客さんにあいさつするくらいである。
 由佳は片時も離れずに、そばにいた。
「けっこう暇なのね」
「ああ。
 始まっちゃえば、終わったようなものだよ」
 中野食堂の、おじさんがやってきた。
「おお。
 屋志さんとこの。
 いやあ。
 話には聞いたけど、大きくなって、立派になったねぇ」
 洋真に話しかけてくる人は、同じようなことを言う。
 親戚のおじさん、おばさんみたいなものだ。
「たくさん協賛金をいただきまして。
 ありがとうございます」
 立ち上がって、丁寧に礼をする。
 由佳もそれにならった。
「もう、奥さんみたいじゃないか。
 お幸せに」
 なんて言われるものだから、照れてしまった。
 予定通り、お神輿の巡行、出店が終わり、いったん休憩になった。
「さあ。
 忙しくなるぞ」
 まずは公園の半分ほど、ゴザを広げた。
 夕方は、地区のほとんどの人がくる。
 みんなでワイワイ飲食して、近所同士の親睦を深めるのである。
 婦人会のおばさんたちが、テキパキと会場を作り上げた。
「あとは、櫓であいさつするくらいだな」
 もう一度、放送をかける。
「夜の部を6時から、開催いたします。
 万障お繰り合わせの上、ご参加ください」
 本部に戻り、振るまわれたスイカを頬張る。
 ノンアルコールビールを少し飲むと、櫓に向かった。
「私も一緒に上って、いいかしら」
「うん」
 由佳もついてきた。

夜陰の灯

 櫓の上は、下から見上げるよりも、すっと高くて華やかだった。
「こんなの、小学生のときカラオケ歌って以来だな」
「うわあ。
 テンション上がるわね」
 気分は、最高潮になった。
 あいさつは、アドリブでいいと言われていた。
「北富士見町のみなさま。
 いつもありがとうございます。
 ぼくは、小さい頃から、お世話になったからと、実行委員長をお引き受けしました。
 地域の活動の中心に入ってみて、わかったことが、たくさんありました。
 こうして、みんなで集まってお話することも、地域社会を作り上げるために、大切なことです。
 皆さんに支えられて、生きてきたことを実感できました。
 ありがとうございます」
 会場は、しんと静まりかえっていた。
「あれ。
 変なこと言ったかな」
「違うよ。
 みんな心を打たれたんだよ」
 おじさん、おばさんたちが、瓶ノンアルコールビールを持って押し寄せてきた。
「さあ、屋志くん。
 お役目ごくろうさま。
 あとは、飲んで遊んで行ってよ」
 コップか空になる前に、どんどん注ぎ足された。
 枝豆を、たらふく食って、由佳もでき上ってきた。
「ふう。
 すごい人気だね」
「ぼくは、幸せだよ。
 幸せって、こういうことなんだね。
 これから、地域のためにできることを、やっていきたい。
 そんな仕事ができたらいいな」
「私も、そう思うわ」
 アツシのドンドコ節が、流れ始めた。
 浴衣に着替えていた2人は、盆踊りの輪に入っていった。

エピローグ

 洋真は、大学で社会学を学んだ。
 地域密着型の、組合会社に就職し、社会保障や保険、地域の活動を支える活動をしている。
 由佳は、大学で英文学を学んだあと、就職せずに執筆活動をしている。
 在学中は、勉強に専念して、卒業と同時に入籍した。
「洋ちゃん。
 お弁当、忘れずにね」
「ああ。
 行ってくるよ」
 今日も、明るい笑顔で外に出ていった。

この物語はフィクションです。


「利益」をもたらすコンテンツは、すぐに廃れます。 不況、インフレ、円安などの経済不安から、短期的な利益を求める風潮があっても、真実は変わりません。 人の心を動かすのは「物語」以外にありません。 心を打つ物語を発信する。 時代が求めるのは、イノベーティブなブレークスルーです。