＃私のこと好き？

「ねえ、私のこと好き？」
　妻が唐突に尋ねた。
　俺は息を飲む。
　逆光の月明かりを顔に受け、顔の前面は青く沈む。
　硬く遠くを見据える眼と、強く引き結んだ口元。
　美しい均整の取れた顔が、まるで蝋ろう人形のように表情を失くしていた。
「お前 ───」
　何かを決意している。
　俺も、明日をも知れぬ闘いに身を置いている。
　だから妻の表情が示す意味がわかる。
「敵は私を指名したのよ。
　30分経っても戻らなかったら来てちょうだい。
　きっとその時には ───」
　　妻は身体にすっかり馴染んだ防弾チョッキを身につけ、さっきから感触　を確かめていたベレッタを、ホルスターに収めた。
　俺は彼女を止めることができない。
　黙って頷うなづくだけだった。
「Good rack」
　彼女の背中につぶやいた。
　そして死の街、ファベーラへと、妻は消えていった。