Yくん の母親
Yくんは父、母、兄2人の5人家族で育った。
父と3人兄弟という4人の男たちの中で唯一の女性が母親だった。
このような環境の女性は、二つのパターンに分かれると聞いたことがある。
一つ目が、男性との違いがクローズアップされるパターンで、男たちが力仕事を進んで引き受けるような形。
二つ目が、男性に負けないパワフルなパターンで、男たち以上になんでもこなしてしまうような形。
Yくんの母は後者であった。
男ばかり3人を育てたYくんの母は、農家の長女で、高校卒業後に他県の短大を出て就職した人だった。3番目の子どものYくんに至っては一歳になる前から保育園に預けて働いており、仕事にプライドを持っていた。
Yくんの母は買い物の仕方も豪快で、普通のスーパーで一度に2万円を買うようなことも多くあった。ある時Yくんは、チラシを見たり特売商品を買ったりする方がいいのではないかと尋ねたことがあった。その時、母は「お母さんは時間を買っているの」と答えた。かっこいいとYくんは思った。
だから、母が買い物に行く時は、Yくんはできる限りついて行くようにしていた。しかし、ある年齢になると母親と買い物に行くのは恥ずかしいもので、買い物の間は車の中で待っておいて、袋に詰め始めたのを見ると車から降りて行き、荷物を車に運ぶようになった。お店で一番大きなビニール袋が5、6個になるので、Yくんはできる限りを持つように心がけていた。
そんな買い物の仕方だから、Yくんの家の台所には冷蔵庫が二台置かれるようになった。二台の冷蔵庫は常にフル稼働で、いつもお腹を空かせた3人兄弟を飢えから救ってくれた。
しかし、時には二台の冷蔵庫には母からの罠が仕掛けられているのだった。賞味期限切れの牛乳やいつ食べたのかも思い出せない汁気たっぷりの皿にラップが掛けられたもの、そもそも食べ物ではない何か・・・。牛乳に至っては、カビが生えていたのものを口にしたことさえ、何度かある。
台所のシンクも人様にお見せできない状態が常である。食べ終わった食器はシンクに入れられ、それが洗われるのは、次に食器を使う時。必要な食器を見つけ出して手早く洗い、水の滴る食器にできたばかりの食事をよそって、家族がそれを口に運ぶ。いつもそうだった。
Yくんは母がかわいそうだった。父と同じようにフルタイムで働き、なおかつ子どもの世話を焼きながら食事の準備も一手に引き受ける。不公平に感じたYくんは、父にもう少し協力すべきではないか、と訴えたことがある。しかし、父からの協力は得られなかった。
それでも、母は文句を言うことはなかった。
ただ、食事が終わると食器をシンクに、残った皿にラップを掛けて冷蔵庫に詰め込んで、風呂に入る。風呂から出ると、さっき冷蔵庫に詰めた皿を二つばかり出してきてビールを片手にテレビを見る。父も同じ部屋で寝ているが、音量を小さくし、部屋の電気は消してビールを毎日飲み続ける。
Yくんは、奥さんに働いていて欲しいと思っている。仕事にプライドを持っているのがかっこいいと思っているからだ。
しかし、Yくんの母のようになって欲しくはない。Yくんは、家事も一緒に担うのが本来のあり方だと信じている。
一緒にお酒を飲む家族でありたいと思っている。
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