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明けない夜はないとか、止まない雨はないなんて嘘だが、それでも私が生きている理由

私がラクイラの友達に言われたことで、いまも心に引っかかっていることがある。

覚えていてね。どんなに雨が降っても必ず晴れるし、どんなに暗い夜も必ず明けるんだよ。雨が降ったあとには虹がかかるし、寒くて震えていた人にも必ず太陽が照らすのだから。

友達の前では言わなかったが、私はそれは違うと思う。

雨が降っている、その雨の暗さに絶望してしまい、誰かが死を選んだとする。そうしたらその人には永遠に晴天の日は訪れないのだ。
たとえ自殺しなかったとしても、その夜の間に亡くなった人はどうするのだろうか。彼らは暗闇の中で死に、次の日の朝日を見ることはなかった。

このことを考えると、やはり私は思ってしまう。あの夜に死んでいった人たちは、どれだけの絶望を抱えていたのだろう?あの夜に暗く狭い場所で死んでいった人たちは、最後に何を思ったのだろう?

彼女の人生に起きた数多くの悲しいことについて、私は少ししか知らない。少なくとも知っているのは、彼女があの震災の被災者であるということだけだ。

そして彼女が私について知っているのは、私が精神疾患を持っていることだ。

私は彼女を間違っているというつもりはない。おそらく、彼女のそれもまた正解なのだ。というより、そう信じていなければ彼女はあの震災を乗り越えられなかったのだ。

明けない夜はある。

その夜に死んでいった人たちにとって、その最後の夜は決して明けることがない。

止まない雨はある。

その雨の冷たさで心を病んでしまった人たちにとって、その雨は決して止むことはない。

それでも、私はその夜を乗り越えたいと思う。それでも、私はその雨を乗り越えたいと思う。

夜が明けないなら、光を探しにいけばいい。光が見つからなかったら、自分が光になればいい。もし光ることができないなら、太陽ではなく、月になればいい。誰かの光を反射して光る星になればいい。もし光覚さえ失ってしまったなら、心の中にその光を灯らせればいい。決して消えない、自分の光を。

雨が止まないなら、その雨から逃げられる場所を探せばいい。洞窟の中なら雨に濡れることはない。もしも洞窟を見つけられないのなら、自分で傘を買いに行けばいい。傘が使い物にならないほど風が強いのなら、バラックを建てればいい。その家は粗末かもしれないが、同じ雨に打たれている友人を招待することもできるだろう。