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「作品」は歴史に残り、時に人生を変えるという話〜補章:コンテンツの価値を多様にとらえよう

5年前の拙著を引用しながら、この5年間で起きていることの「答え合わせ」と、5年後の展望を考えるコラムにしています。『ビジネスに役立つデジタルコンテンツとエンタメの話』

 本書はビジネスパーソン向けに、エンターテインメントコンテンツを切り口に時代の変化を考えるというテーマなので、当然ですが、ビジネス視点で書かれています。 そこで最後に、コンテンツの価値は、お金だけでは測れないという話をしたいと思います。


コンテンツ「作品」の価値は 経済性だけでは測れない

 エンターテインメントコンテンツは、誰かの「人生を変える」ことがあります。また、「歴史に残る」という価値観があります。
 アカデミー賞8部門を受賞した映画『アマデウス』では、モーツアルトが女好きで 品性下劣に描かれ、音楽の神様にすべてを捧げてストイックに音楽をつくり続けた宮廷音楽家サリエリと対比されています。映画の中では「男の嫉妬」みたいな構図になっていますが、原作である演劇のシナリオでは、サリエリが自分ではなく、下劣なモーツアルトに神の音楽を奏でる才能を与えた神、自分には、それを聞き分ける耳だけを与えた神を恨み、「神様」の子であるモーツアルトを通じて神に復讐するという プロットになっています。
 サリエリは、現世での名声を手に入れ、モーツアルトは社会的な成功は収めないまま夭折します。ところが、死後、歴史に残ったのは、モーツアルトの作品で、サリエリの作品が演奏されることはほとんどありません。結局、サリエリは神様に敗れるという重層構造のシナリオを、サリエリ役の松本幸四郎氏とモーツアルト役の江守徹氏 が、みごとに演じた舞台が素晴らしくて、 20代だった僕は、とても感動したのを覚えています。


誰も知らずに作品を遺して 死んだ「ヘンリー・ダーガー」

「ヘンリー・ダーガー」という芸術家を知っていますか?
 幼いころに感情障害を持つと認定され、結婚もせず、友人もなく、病院の掃除夫をやりながら、一生をかけてつくり続けた、物語と絵画の作品『非現実の王国で』は、 死後25年以上たってから「発見」され、高く評価されました。
 高い教育も絵画の訓練も受けていないヘンリーの作品は、「アウトサイダー・アート」と呼ばれる分野の作品ですが、僕は感銘を受けました。展覧会には「アメリカン・イノセンス」というコピーがつけられていました。
 人間の感情とはなんなのか?
 狂気と正常の間はどこに線が引けるのか?
 彼の妄想はどこから生まれ、どこに向かっていたのか?
さまざまなことを考えさせられました。 そして、その作品から1セントも稼がなかった芸術家ヘンリー・ダーガーは、死後50年近く経っても、僕達に感動を与えてくれます。 この価値はどう測ればよいのでしょう。

音楽が人生を救っても CDアルバムは3000円

 僕自身の体験では、こんなこともあります。1998年から2014年までSIONという男性シンガーソングライターのマネージメントをやっていました。25年以上 のキャリアを持つアーティストで、音楽ファンからはリスペクトされ、日本ロック界 の至宝と目されています。
 福岡にツアーに行ったときのことです。楽屋でSIONやメンバーと話をしていたら、地元のコンサートプロモーターが、どうしても話がしたいといっているファンがいると呼びに来ます。担当マネージャーが手を離せなかったので、僕が話を聞きに外に出ました。彼は、長年トラックの運転手をやっていたのだけれど、交通事故を起こしてしまい、勤めていた会社もクビになり、身体も不自由になり、離婚もしたそうで す。もう死のうと思って、病院のベッドにいたときに、SIONの楽曲をたまたま聴いて「はじめたらはじまりさ。遅すぎることはない」という歌詞に、励まされて、生きていこうと思い直したというのです。リハビリに励み、社会復帰し、恋人もでき、 どうしてもSIONにお礼がいいたくて、鹿児島からライブを観に来たといいます、 横では、恋人と思おぼしき女性が涙ぐんで話を聞いています。普段なら、ファンをアーティストに会わせないようにするのが事務所の役割なのですが、これは特別だと思い、本人と引きあわせました。黙って数秒抱擁して、「頑張れよ」と一言だけ言った SIONは、めちゃくちゃカッコ良かったです。
 その姿に感動しつつも、打ち上げの飲み屋で「人生が救われても、払ったお金は3000円なんですよね」と言ったら、音楽家たちから呆れられました。
でも、そう思いませんか? 握手をする目的でCDを買って一度も聴かなくても、 楽曲を聴いて人生が変わってもCDアルバム1枚は同じ金額なのです。コンテンツの価値が、表面的な経済性だけでは測れないと、しみじみ感じた体験です。
 音楽プロデューサーも、映画プロデューサーも、エンターテインメント作品をプロデュースするときは、みんな、ヒットして高い収益を上げること、誰かの人生に大きな影響を及ぼすような作品にすること、歴史に残る名作になることなど、レイヤーもベクトルも違った目標をあわせ持つものです。この矛盾しがちな異なる欲望を同居させられる器の大きさが、プロデューサーには必要だと僕は思っています。
 文化やアートは、市場経済より何十倍の長い歴史を持っています。コンテンツを四半期の収益性だけで判断する人は、コンテンツの神様に愛されることはないよ、と強くいっておきたいです(余談ですが、八百万の神を信じてきた日本人である僕は音楽プロデューサーとして「音楽の神様に恥ずかしくない仕事をしよう」と折にふれて、 思っています)。
 コンテンツプラットホームサービス事業を行うIT企業がコンテンツのとり扱いで失敗するのは、「作品」でもあるコンテンツに対してリスペクトが薄いことに起因する場合が多いのです。
 本書の趣旨とは全く違うレイヤーで、蛇足のような章ですが、エンターテインメントコンテンツについて考えるときに、絶対に知っておいて欲しい価値観です。(最終章に続く)

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<2020年のPost Script>
 この章については、特に補足することはありません。エンターテイメントコンテンツに関する本質的な話です。一通り書き上げて、校正をしている時に、どうしても書き加えたくなって、編集者にお願いして「補章」としていれてもらったのを思い出しました。
 すべての分野の「作品」が、デジタル上で流通する「コンテンツ」担った時代。そのことはポジティブに受け入れつつも、「作品の価値」についてもきちんと語っていかないといけないですね。クリエイターへのリスペクトは、作品への敬意から始まります。それがコンテンツプラットフォームサービスを成功させるために重要なポイントの一つです。若い起業家にそのことを伝えながら、興行的成功と歴史に残る名作にするという時に相反する目標を同時に実現するコンテンツプロデューサーを支援していきたいと今、改めて思います。

 交通事故で人生を悲観した男の人生を救ったSIONの曲はこれです。
ニューミドルマンコミュは、2014年秋から行った「養成講座」の発展形で作られたコミュニティで、音楽ビジネスの今と未来を実践的に考え、話し合っています、興味のある方はこちらからどうぞ。
「エンターテインメント✕テクノロジー」をテーマに掲げて、起業家育成、新事業創生を行うスタートアップスタジオStudioENTREは、あなたの訪問を待っています。
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山口哲一:エンターテック✕起業
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