自慢の妻の、自慢のスコーン。
栞日の製造所には(そういえば、これまで一度も世間に出したことがなかったけれど)名前があって、〈栞日焼菓子研究所〉という(読みはそのまま「シオリビ・ヤキガシ・ケンキュウジョ」)。保健所にもこの名称で申請書類を出しているし、栞日オンラインストアからお届けするスコーン(さっきようやくリリースできた)の成分表示ラベルにも「製造所」としてちゃんとこの名前が載っている。
ちょっと長くて大袈裟な名前かもしれないけれど、名付け親(もちろん僕)としては、もちろん大真面目で、この研究所の生真面目な所長の顔を思い浮かべながら命名した。所長とは、云わずもがな「のぞみん」こと、菊地希美。僕の妻だ。
どちらかといえば、おっとりふんわりマイペースで、料理に関しては(店のメニューも家のごはんもほんとにむちゃくちゃおいしいのに)いつも自信なさげで、「私のお菓子なんて」「私の料理なんて」が口癖の彼女は、確かに調理師免許も持っていないし、その手の専門学校も出ていないし、飲食店でのキッチン経験もほぼ皆無だから、いわば素人なわけだけれど、その分(その自覚がある分)ひといち倍、負けず嫌いで、研究熱心で、努力家で、日々真剣に台所に立っていることを、誰よりも僕は知っている(彼女が市立図書館で毎週のように借りてくる料理本の冊数とバリエーションは、いつも僕を驚かせる)。僕からすれば、彼女の料理も焼菓子も、とうに素人の域を超えていて、それ(「私なんて…」)を云われたら、書店員の経験ゼロで本屋を始めて、ディレクター/エディター/ライターの経験ゼロで「企画・編集・執筆」を名乗り始めた、僕の立場がなくなるから、勘弁してほしい(まぁ、どちらも素人スタートの似たもの夫婦、あるいは凸凹コンビであることは、互いに認め合うところ)。
きょうオンラインストアに初めてリリースした彼女の焼菓子は、いまや栞日の看板商品となった(と僕が勝手に決めつけている)スコーン。僕ら夫婦には、イメージを共有できる「理想のスコーン」が幾つかある(それはもちろん〈SHOZO〉のスコーンであり〈歩粉〉のスコーンだ)。いまのぞみんがたどり着いてる栞日のスコーンは、そのどれとも違ったベクトルと個性を持っているわけだけど、いまだに僕は食べる度に「よくぞここまで」と唸ってしまう。「理想のスコーン」がもうひとつ加わった感覚だ。
もともと動物性の食材に苦手意識があった(いや、いまもきっとある)彼女は、当初、植物性100%のスコーンをつくっていた。それがある日「もっと珈琲に合うスコーンを」と言い出して、バターを贅沢に使ったスコーンをつくり始めた。そうしたら、それが彼女にとっても、どうもしっくり来たらしい(それ以来、スコーンに限らず、自分の「おいしい」に素直な焼菓子をつくるために、素材を選ぶようになったと思う)。いまの栞日のスコーンは、発酵バターをふんだんに練り込んだ生地を、繰り返しボウルの中で折りたたんで層をつくり、型抜きして焼成している(それでも牛乳ではなく豆乳を使うあたりが、とてものぞみんらしい)。食べるまえにオーブンでリベイクすると、表面はカリッと仕上がり、幾つもの層をサクサクッと砕いていく歯ごたえがあり、中心に到達すると不思議としっとりしている(初めて食べたとき、それまでのスコーンという焼菓子の概念を軽やかに覆されて、さすがにちょっと驚いた)。
そんな自慢の妻の、自慢のスコーンだ(研究所長としては、まだまだ納得できないポイントがあるのかもしれないけれど、試食専任の僕としては、既に充分な自信作)。ぜひ一度、ご賞味いただけたら、嬉しい(この投稿に、のぞみんの笑顔の写真を添えないのはウソだと思うけれど、彼女の写真ギライもよく知っているので、スコーンの写真でご堪忍)。
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[ 追伸 -ご遠方のみなさま- ]
なかなか諸手をあげて「どうぞ栞日にいらしてくださーい!」と云えない状況が続いていて(むしろ「まだまだ来ないでくださーい!」というアナウンスばかり続けていて)、本当に心苦しく思っています。申し訳ありません。そのくせオンラインストアを充実させることも怠ったままで、それこそ申し訳ない限りです。すこしだけ、掲載アイテムが増えました。が、肝心の本がまったく増えておりません。これはもう言い逃れようもなく、僕が自分の仕事をしていない証拠です。反省して、この先(とは云え「1冊ずつ徐々に」となってしまうとは思いますが)しっかり仕事をします。妻の焼菓子も、まずは本命のスコーンからスタートしますが、様子をみながらリクエストに応じて(彼女に無理がないように、本人とよく相談しながら)、じんわり展開していけたら、と考えています。ときどき(ふと栞日のことを思い出していただけたときに)オンラインストアも覗いてみていただけたら、幸いです。https://sioribi.stores.jp/
ー 栞日から日々みなさまの手元に品物を届けてくださっている運送業者のみなさまに、感謝と敬意を表しつつ。
Best regards,
菊地徹 / 栞日