「ALPS BOOK CAMP」中止とミキタカの「恩返し論」
長い長い梅雨が明けて、一転、暑い暑い日が続いている。でも、それもきっとお盆明けまで。もともと短い信州の夏が、今年は一段と短くなるだろう。例年であれば、儚い夏を逃してなるものか、と週末ごとに各所で各種イベントが開催ラッシュを迎える時期だ。が、この夏その熱気を感じることは、ない。きのう、主催しているブックフェス「ALPS BOOK CAMP」も、今年の開催中止を正式に発表した。
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「恩返し論」という考え方を僕に授けてくれたのは、大学のゼミの先輩で、(店舗は別々だったけれど)スターバックスのアルバイト仲間で、僕がつくばを離れる直前の1年半のあいだ(もうひとりのアルバイト仲間と一緒に)ルームシェアまでした親友、ミキタカだった。彼いわく「暮らしたい土地に暮らそう。その代わり、その土地にポジティブな変化をもたらすことで、恩を返そう」。
この考えに触れたからこそ、僕は(当時から屋号だけは決まっていた)栞日を構えるタイミングは「暮らしたい街が決まったとき」と決めていたし(結果的に、つくばを離れて最初に暮らした松本が「その街」に決まったけれど、つくばを離れるときは幾つかの職と街を転々とした上で「その街」を決めるつもりだった)、この街に栞日を構えるからには、この街にきっちり恩を返そうと決めている。
「ALPS BOOK CAMP」は、その延長線上に位置付けた企画で、「恩返し」の対象を松本というホームタウンから、信州という広域のホームグラウンドに設定したとき生まれたアイデアだ。信州で本屋をやるからには、本が主役のイベントを通じて信州の魅力を県内外に伝えることで、信州に恩を返したい、という僕個人の願望が根底にある。だからこそ、大都市のコンクリートジャングルが熱でうなされる夏の盛りに、北アルプスからの涼風が水面を駆けてくる湖畔のキャンプ場を舞台に開催することを選んだし、本だけでなく信州の手仕事や食の豊さにも触れられるように幾つものカルチャーが交差するマーケットのスタイルを選んだ。
それゆえ、僕にとって「ALPS BOOK CAMP」は、あの季節のあの湖畔に県内外からさまざまな属性の人たちが集い、ひとつの場(リアルな空間)を共有することで、初めてその価値が成り立つ企画で、その風景をつくるためには、もちろん大いに移動を伴うし、場内は大いに「密」になる。週末2日間で、県内外(多くは関東甲信越・東海・関西方面)から、およそ3,000人があの湖畔を訪ねる「ALPS BOOK CAMP」は、どれだけ運営に注意を払っても、どれだけ来場に注意を促しても、会場での罹患者発生リスクをゼロすることは到底できない。最悪のシナリオを想定した場合、真っ先に、そして誰よりも僕が迷惑をかけてしまう先は、2014年の初開催以来、この企画の意図に理解を示し、全面的に協力してくださってきた、会場主(キャンプ場のオーナーさん)であり、地域住民のみなさんであり、大町市の職員さんたちだ。その人たちの顔をひとりずつ思い浮かべたとき、僕は「恩を返すべき相手に仇を返すことだけは絶対に避けなければならない」と強く思った。
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「恩返し論」という良識であり判断基準を僕に授けてくれたミキタカに心から感謝。ありがとう。これからも大切な行動指針として心根に据えていきたい(ちなみにミキタカ自身は「つくばに恩がある」と云って市役所職員になり、つくばで家庭を築いた。毎年の「ALPS BOOK CAMP」に、奥さんとふたりの愛娘を連れて遊びに来てくれていた。ミキタカ、この夏はあの湖畔で会えなくて、ごめん。来年も、まだどうなるかわからないけれど、そのうち、またきっと、木崎湖で再会の握手をしよう)。
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photo_Yukihiro Shinohara