栞日の別解
栞日は東アジアにおけるインディー出版文化のハブを目指します/代表の菊地は「企画・編集・執筆」を名乗ります
こんにちは。栞日代表の菊地です。いつも、栞日をご愛顧いただき、ありがとうございます。今回のコロナ禍が本格化して以降、僕はこの場で繰り返し、次のことを訴えてきました。
「常識で正解が導き出せない逆境下で求められているのは、良識が編み出す別解だ。想像力(imagination)と創造力(creativity)。このふたつの武器だけは、決して手放してはならない。考え続けることを、放棄してはならない」
その割これまで、栞日としての「別解」を明示することはできずにいました。口ばかりの臆病者で、ごめんなさい。
そして、ようやくその「別解」を出してきたかと思えば、冒頭のとおり、これは果たして此度の「問」に対する「解」になり得るのか、と首を傾げたくなるような突飛な答えで、申し訳ありません。
ただ、このふたつの方針(栞日を東アジアのインディー出版文化のハブにすること/僕自身が「企画・編集・執筆」を仕事にすること)は、今回のコロナ禍よりずっと以前から、胸中であたためてきた構想でした。前者は、初めて台中のカルチャースペース〈Artqpie(アーキュパイ)〉を訪れた2016年の春に芽生え、栃木のイラストレーターTomomi Takashioさんがソウルのデザインチーム〈The Object〉と作ったzineや、香港のカルチャーマガジン『OBSCURA』を仕入れる中で、枝葉を伸ばしていった想い。後者は、それこそ2013年夏、栞日開業の前後から、ずっと抱いてきた「本(より広く捉えれば「メディア」)を集めて紹介するだけでなく、つくり出すことにもトライしてみたい」という好奇心あるいは野心です。
東アジアにおけるインディー出版文化のハブ
まず、前者。ソウル、香港には、まだ訪れたことすらありませんが、都内の書店や友人経由で幾つかのインディー出版カルチャーシーンを垣間見る機会があり、その熱量の高さに目を見張りました。台湾には、この数年で何度か訪ねる機会に恵まれ、先述の〈Artqpie〉を筆頭に、現地のクリエイターを支えるスペースやキュレーターの存在を、確かに感じることができました。
もちろん各都市の表現には、土地の固有性、気候風土、歴史背景などが色濃く反映される一方、発達した情報社会が生まれたときから「ふつう」の環境で、その中で同じ時代を通過してきた世代の表現には、国や地域のボーダーを超えて、共鳴し合うパッションや信念、価値観を感じることがあります。特に、写真やイラスト、ドローイングといった、言語に拠らない表現はその傾向にあり、地理的にも感覚的にも近い東アジアの各都市で生まれるアートワークには、もはや国境があってないような親密さを覚えることさえあります。これらの表現がさらに自由に交錯すれば、互いに刺激し合って、また次の表現に向かっていくのではないか、という仮説が僕の中にあって、それを実験するためのハブに栞日がなれたら愉しいだろうな、と夢みてきました。
ただ同時に、このプロジェクトに踏み込むときには、もうひとつの「栞日」が必要だと考えてきました。彼の地のクリエイターにも、栞日がセレクトした別の地の表現に、気軽にアクセスしてもらい、触れてもらい、必要とあらば取り寄せてもらうための「店舗空間」。そう、オンラインストアです。
アナログ人間の僕にとっては、あまりに壮大な構想に発展してしまったので、この企画はそこでストップしていました。やるからには最初から理想の姿をお披露目したい、と考えてしまうのは僕のよくない性分で、何年も足踏みを繰り返していた僕の背中を、思いがけず突き飛ばしてくれたのが、このコロナ禍でした。不格好でも、まず「はじめる」という一歩を、今回は踏み出すことにします(当面は、栞日のオリジナル/定番アイテムからスタートさせて、国内の独立系出版物、東アジア各都市の独立系出版物、と順に展開していくイメージです。書籍だけでなく、日用品や食料品も扱っていく予定です)
「『別解』とか云いながら、詰まるところ『オンラインで外貨を稼ぐ』って話じゃないか。つい先日『域内で循環する経済の確立が肝要」って息巻いていたのはどこのどいつだ」という非難はごもっとも。「東アジアのハブ」と「この街の書店兼喫茶」という、スケールが両極端の理想像をどちらも追い求める道は、決してたやすくないはずです。でも、トライします。トライしたいことだから。この急場を凌ぐための杖としてのオンラインストアではなく、栞日の次なるミッションを背負った「もうひとつの店舗」として、オンラインストアをオープンします。
(つづく)