戸惑う日々を引き摺りながら
豪雨の被害が拡大している。コロナ禍に大雨まで重なった福岡をはじめ、九州各地の被災地に対して、かける言葉も見当たらない。友人たちの無事をSNSの投稿で確認する度に、ホッと胸を撫でおろす。今朝、松本地域にも大雨特別警報が発令された。結果的に午前中のうちには青空が広がり、警報も夕方には解除されたが、昨秋の台風19号のとき、市街地を流れる女鳥羽川の水位が氾濫目前まで上がったことが脳裏をよぎった。千曲川の決壊を目の当たりにした北信・東信のことを想うと、どうか早く過ぎ去ってほしい、と願うほかなかった。山国信州では、山や川が身近な分、土砂崩れや河川氾濫のリスクとは、常に背中合わせだ。いま「山国信州では」と書いたが、これはこの国全体に云えることかもしれない。東日本大震災にせよ、御嶽山の噴火にせよ、近年毎年のように起こる台風や豪雨の被害にせよ、従来の地殻構造に加え、異常気象が恒常化した現代において、天災を免れることができる土地など、日本全土にひとつもないのかもしれない。人間はちっぽけで無力な生き物だから、どれだけ技術が進歩しても、こういうときにできることは、いま僕がしていることと、太古の昔からきっと一寸も変わらない。被害が広がらないことを、ただ天に祈るのみ。
ここまで書きながら思い出していたのは、4.15[水]に信濃毎日新聞に掲載された、まつもと市民芸術館の芸術監督で俳優・演出家、串田和美さんのインタビュー記事だ。県内各地で市中感染が広がっていた約3ヶ月前、串田さんは僕らが「きちんと絶望する」必要を説いていた。「大自然の中に人間がいるという大本を忘れていたら大間違いになるんじゃないだろうか」「人間はこれまでの危機でいつも懲りず、ちゃんと絶望せず、忘れていくことを繰り返してきた」「(3月に文化庁長官が『明けない夜はない』と発言したことを引いて)夜が明ける前に考えておかなければ、もっと恐ろしい時代になるかもしれない」と。そして、こうも云っていた。「自分の言葉で問い直すことがとても大切」「それぞれの言葉が共存する世界のために、絶望の中から新たな力や本質を見つけて、自分の言葉で考え続けるしかない」。
6.19[金]に政府が都道府県を跨ぐ移動を全国で全面解除してから、2週間が経った。7.2[木]以降、都内では新規感染者数が100名を超える日が続き、全国でも200名を超える日が多い。都知事は「いまは検査数が増えているから感染確認数も増えている」と弁明するが、それは裏返せば「これまでは検査数が少なかったから感染確認数も少なかった」と明言しているようなもので、さらにいえば「検査数も少なくて感染確認数も不確かだったけれど、緊急事態措置も休業要請も解除してきた」と告白しているようなものだ。日付ありき、科学的論拠よりも経済活動再開が最優先、という前のめりな姿勢が、ここにきて浮き彫りになっている。
「きっとこれが最後のチャンス」と口を揃える友人が、僕の周囲には幸い多い。串田さんが鳴らした警鐘に耳を傾け、呼応するために、自らの言葉で問い直し、いまこの機を逃すことなく世界を変える術を真剣に考え続けている仲間たちだ。一方で、この2週間、週末を中心に、恐らくこうした場で僕が綴ってきた言葉たちが届くことなく、平然と栞日を訪れるあからさまな旅行者がどれだけ多かったことか。もちろん「お客さま」だし、その皆さまが支払ってくださる「お金」で、栞日は成り立っている。感謝しなければならない。頭では解っている。それに、そもそも「自粛!」「ステイホーム!」と云われれば、自発的に外出を控え、休業を選び、さらには同調圧力を発動させてしまう国民性で、それを巧みに利用して「日本モデル!」と胸を張っているのが、この国の首相で、現政権だ。政府が「解除!」「経済活動再開!」と云ったらそれを理由に「右向け右!」で一斉に動き出すことの方が、この国においては恐らく「自然」で「圧倒的多数派」だろう。だから、この2週間で遠方から栞日を訪ねてくださった方々は、むしろ「応援」の心意気で栞日にご来店くださったのだろうから、そのこと自体を「店主」として僕が拒否、非難することは絶対にできない。どうしたって一方では、間違いなく「有難い」ことなのだ。その自己矛盾を抱えていることを自覚しながら、それでも、どうしても、戸惑ってしまう僕がいる。「この期間、やっぱり大変でしたか?」「お客さん、もう戻ってきましたか?」と訊かれる度に。どうして「過去形」にできるのだろう。まるで終わったことかのように。あるいは、まるでなかったことかのように。僕にとっては、いまこそ、考え、実践する、そのときなのだ。終わったことにされてしまったら、もとどおりの世界を望む国家の思惑どおりに、この世界は流されてしまう。どうか、お願いだから、終わったことにだけはしないでほしい。
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6.19[金]の時点で、僕は「きょうの移動制限解除の影響は、少なくとも 7.4[土]5[日]の週末を過ぎたあたりまで経過観察しないと(今回のウイルスの特性上)評価できない」として、「僕がその在り方を考えたい、これからの『親密で持続可能な地域経済』を模索していくために、街場の商店として、これから栞日が講ずる『経済活動再開』あるいは『段階的緩和』の方針」を幾つか列挙して記しつつ、その実施可否については、本日 7.8[水]判断して公表する、と約束した。が、大変申し訳ないけれど、この「戸惑い」を引き摺りながら、僕は栞日をいま以上に「開く」ことはできない。もう暫く、現在の営業方針を継続させてください。どうか、お願いします。
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【 運営方針 】2020.7.9[木]以降[無期限]
▼ 栞日STORE|通常営業[7:00-20:00 / 水曜定休]
▼ 栞日INN|休業[無期限]
▼ 栞日分室|常設展「栞日の日用品」継続開催[無期限]
※ 松本広域連合構成市村[松本市/塩尻市/安曇野市/麻績村/生坂村/山形村/朝日村/筑北村]以外の地域からのご来店は、誠に恐れ入りますが、お控えください。
※ 同圏内ご在住のみなさんも、いまのご自身の生活において、栞日という「書店あるいは喫茶店」の空間で過ごす時間が「必要」なときに限って、ご来店いただけましたら、幸いです。
※ 特に喫茶の店内利用に関しては、できる限り、おひとりさま(多くてもおふたりさままで)で、お願いいたします。