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ドウダンツツジと七夕人形

栞日を出たところにドウダンツツジの植え込みがある。店が面する駅前大通りの車道と歩道の境界に設けられた植栽のひとつだ。春には可憐な白い花を鈴なりに咲かせ、秋には燃え盛るように紅葉する。いまの季節は緑の葉が目映く茂り、連日の雨もよく似合う。店の正面にあることで店内からの借景にもひと役かってくれているこの潅木を、これまではほったらかしにしてしまっていたのだが(公道沿いの花木だから市なり県なりが管理してくれるものだと勘違いしていた)、ある日やってきた友人の都市計画家(と書くと驚かれそうだけれど、松本には「都市計画家」が住んでいる。彼は机の前ではなく、だいたい川辺か街場にいて、栞日にもよく訪ねてきてくれる。僕が昨年から参加している〈松本都市デザイン学習会〉のメンバーでもある)が、「菊地くん、これちゃんと剪定してあげたら見栄えいいよ」と教えてくれて(そう、街路樹は近隣住民の手で管理するものだったのだ)、さらには「今度バリカン持ってくるから」と言い残し、その日は颯爽と帰っていった。

そんなこんなで、先日、再びふらりと(でも今度はバリカンとノコギリを携えて)登場した都市計画家の倉澤さんと、店先のドウダンツツジを剪定した。雨あがりの午後の日差しが照りつける中、草のにおいにまみれて手を動かすなんて久しぶりで、僕は作業に没頭した。気がつくと、僕らの足元には刈られた枝葉が山となっていた。これは専用のゴミ袋が必要だなぁ。しまった、それは用意してないや。そんな会話をしていたら、店からのぞみん(妻)がぴょこんと出てきて「三村さんに訊いてみるよ」と云うやいなや、横断歩道の向こう側へと消えていった。しばらくして、のぞみんが戻ってくると、なんと剪定用ゴミ袋の束を抱えた修子さんまでこちらにやってくるではないか(修子さんは、ご主人の隆彦さんと、栞日のすぐ近くで〈ベラミ人形店〉を営んでいて、同じ南源地町会の大先輩だ。僕が不慣れな町会活動のあれこれを、いつも親切に手ほどきしてくださり、つい頼ってしまう。街場の先輩方を訪ねてその話を聴き書きしたzine『masterpiece』にもご登場いただいた)。いやぁスミマセン、助かってしまいます。とゴミ袋を受け取ると、修子さんは「あら、綺麗になったじゃない!いいわね!」といいながら、スーッと片付け作業に加わった。つくづく頭が上がらない。

「ぁ!そうだ、菊地くん!七夕人形をつくれるキットができたの!今度もってきてもいい?」と、帰り際に修子さん。もちろんです!と応えたら、その数日後、さっそく持参してくださった。松本では伝統的に旧暦で(つまり月遅れの8月7日に)七夕を行うが、そのとき各家庭の軒先や縁側には織姫と彦星の「七夕人形」を吊るして飾る。江戸中期から続くとされるこの独特の風習(厄除けなどの意味があるそうだ)は現代にも引き継がれ、夏の風物詩として市民にも広く愛されている。今回〈ベラミ人形店〉がつくったキットは、構想から足掛け3年、同じく南源地在住のイラストレーター、山本香織さんとの共作で、なんとメッセージを添えて郵送することもできる仕様になっている。子どもと一緒に家で工作するもよし、いまは松本を遠く離れて暮らすあの人に、山麓の城下町に吹く夏風をさらりと届けてみるもよし。

例年と同じ夏(すなわち、観光地松本のトップシーズン、伴い、栞日の繁忙期)は、きっと訪れないけれど、あたたかなご近所さんに恵まれて、進みゆく季節をきちんと味わうには、むしろこのくらいが、この街にとっても、僕にとっても、ちょうどいいペースなのかもしれない。と、近頃はそんなことも考えている。

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