【フェアンヴィ】第11話~2024年創作大賞応募作品~
覚悟
ディーブは王子として身につけた微笑を作った。自分の立場を意識をしないと間近でみるルービスの美しさに魅入られてしまう。
(彼女をこれ以上好きになってはいけない)
さきほど部屋に入った時もそうだった。ドアを開けた先にいた、ノックの音も気づかず物思いにふけるルービスの後ろ姿に、ディーブは魂を奪われたように釘付けになってしまったのだ。
「右手はどう? もうだいぶいいの?」
握った手を見つめながらディーブは尋ねた。ルービスはこくりとうなずき右手をプラプラと振って見せる。
「それは良かった」
ディーブは懐からおそらく銀装飾であろう重厚に輝く腕輪を取り出し、ルービスに渡した。プレゼントかと気軽に受け取ったルービスの手は、その重みに沈む。
「これは?」
驚くルービスに答えず、さらに上に3つ重なる。
「手足につけるものだよ。腕・手首・足首につける。これをして過ごせば、さらに強くなれる」
ディーブは満足そうにうなずいた。ルービスは苦笑いするしかない。
「これではまともに動けそうにない」
「弱気なことを言うな。これを一日中つけて訓練もして、そのうちに着けたままで剣を今の速さまで操れるようになるんだ」
あまり乗り気ではないルービスを無視してディーブはルービスの足元に着けはじめた。
「これはトーマンに教えられた」
「トーマン? Dもトーマンに? 彼は変わっているね」
ディーブが見上げると、ルービスは同意を求めるように小さくうなずいて見せた。
「変わってる? 何か過激なことでも?」
「過激?」
「いやいや、なんでもない」
ディーブは椅子に腰を下ろした。隣をルービスに勧めてくる。大した距離ではないのに、すでに動きずらい。
「私にGOOD LUCKって。男の人に励まされたのは初めてだった。あのパズバでの時よ」
「…アイツめ、そんなことを」
ディーブは頬杖をついた。姿勢を崩すレアなディーブの姿にルービスは嬉しくなる。
「トーマンはもともとこの国の人間ではないんだ。私の世話役になってから口癖のようにこう言っていた。『なんて国風だ! 褒められたものではありませんな、女性の中にも能力のある人はいるはずなのに。それを潰してしまいます』」
ディーブの口調がトーマンにそっくりだったので、ルービスは手を打ってはじけるように笑った。ディーブもつられて破顔する。
「だからきっと嬉しかったんだろうな、君のような女性が出てきて」
「…Dも彼の影響を受けたの?」
「それもあるかもしれない。もしトーマンに出会っていなかったら、眉間にしわを寄せて君を追い払っていたかもしれないね」
「…あの…。…パズバの審査に来たのは、その、あれは役人級の仕事だと聞いたわ。…もしかして私のために?」
ルービスは躊躇した後、おずおずと質問した。自分の事が好きなのかと聞いているようには思われないかとドキドキしながら。それに対してディーブの答えは素早く明快だった。
「そうだよ」
頬杖をついたまままっすぐに見るディーブに耐えきれず、ルービスは顔をそらした。
「もしかして新兵の行進も?」
ディーブはゆっくりと首を横に振った。ルービスは少し残念に思う。
「いや、それは違う。新兵の行進はここ数年私が同行している。確かに役人が連れていた時期もあったようだが、王族が同行することの方が多いんだ。行進は島の国々を回るから、王族としての視察や挨拶も兼ねている。まあもちろん、役人でも十分なんだけど…ね」
ディーブは自嘲気味に話しだした。
「…私は三人目でね。上に二人の兄がいる。この二人がまた素晴らしい人物で私の出る幕はないんだ。政治関係は二人が行っている。…私はその他の仕事を引き受けている」
そこまで言って、ディーブは天井を仰いだ。
「加えて政治関係は私には向かない。王や兄たちは領土を広げようと模索しているが、私には騙し取るようで気が進まない」
「だまし取るって?」
「戦争だよ。どうしても私の性には合わないんだ」
ルービスは黙ってうつむいた。兵を作っているのだから国王が戦争を視野にいれていることも当たり前のはずなのに、平穏なこの国にあって、そんな可能性があるとは夢にも思っていなかった。
「この話はよそう。つまらない事を言ってまた君の顔を曇らせてしまった。それよりも今後の事を説明しておこう」
ディーブはたたずまいを直し、ルービスに向き直った。
「今はトーマンに人払いをしてさせている。だが人払いをするのは今日までだ」
人払いをしていると言いながらも、ディーブは声をひそめた。普段ドアの外は、ルービスがいる時には一人以上の付き人が、ディーブが加わると10数名に膨れ上がる。
「前に話したけど、君には『新兵の行進』に紛れて脱出してもらう。だが本当に困難なのは、『女』である君が気づかれることなくここから消えることだ」
もっともなことだ。ルービスは深くうなずいた。この国は女の移動に関しては厳しく管理がされる。ましてやこの国の中枢である王宮で一人の女が消えることなど考えにくい。
「トーマンの機転で我々は今後午後の時間が自由に使える。そこを利用していく。そんな難しいことをするわけではない。毎日規則正しい日課を周りに刷り込むんだ」
ルービスはディーブの作戦を聞き漏らさないよう、必死に耳を傾けた。ディーブの言うとおり、それ自体は特別大変なことではなかった。ただ、時間と行動に細心の注意を払うだけだ。
「わかっているとは思うが、脱出した後、もう君は二度とこの国には戻れない。それは大丈夫なんだね?」
「すべてを捨てる覚悟はできている」
ルービスは世話になった人々の顔を思い出した。誰にも何も言い残すことができなかったことが心残りだ。準備をすることもかなわず故郷を後にしてしまった。だがこの機を逃せば、国外への道は絶たれる。
ルービスの意志を必死に読み取ろうと顔を覗き込むディーブに気づき、ルービスは力強く笑った。そこに不安や後悔の色はなかった。
次話 恋 に続く…