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【フェアンヴィ】第21話~2024年創作大賞応募作品~

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

宿

 どれくらい走り続けただろうか。もう歩く力も残されていない。ルービスはボロボロになったマントをすっぽりと被りなおした。街の中でも賑わっているところなのか、夜だというのに店に明りがついているところが多く、ほどよく酔いを回した男女の姿があちらこちらに見られる。
 もっと静かな場所を探さなければ、とルービスが周囲を見回すと、ダンスバーと書かれた店の前に立つ女がこちらを注視しているのに気づく。ルービスは顔を隠すように布をさらに巻き付け、その場を去ろうとすると、その女がこちらに小走りにかけてくるのがわかった。
 去らなければと思うのだが、体中が痛くて思うように動けない。すぐに追いつかれてしまった。
「ねえ、あなた。…大丈夫?」
 女は優しく肩に手をおいた。化粧と酒のにおいが漂ってくる。ルービスが顔を背けると、さらに覗き込んできた。
「逃げているの? 殴られたのね?」
 ルービスを上から下まで観察しながら女はルービスの腕をつかんだ。
「私は大丈夫よ。この辺りは危険だから、店に来て」
 女が顔を見ようと布に手をかけてきたため、ルービスは大きく顔を背けた。
「女でしょ? ちょっと顔を見せてよ」
 信用していいものかどうかわからず、ルービスは女の手を払って2,3歩距離を開けた。
 女はそれ以上近づいては来なかった。辺りを見回して、もう一度ルービスを見据える。
「店の裏口に回って。ママには言っとくから。大丈夫よ、かくまってくれるわ。信用して」
 女はそのまま店に戻っていってしまった。

 ルービスは建物の陰に隠れ、逡巡した。時間の経過とともに、いや、秒単位でともいえるほど体の疲労が増してきている。できればこのままここで横になりたいくらいだ。今から安全に休める場所を探すために歩き回れるだろうか。あの女は、店は信用できるのだろうか。体の痛みと疲労から頭がぼんやりしてきて、考えが進まない。ルービスは泣きたくなって空を見上げた。
 またどこかに入って攻撃を受けたらどうしたらいいんだろう、一体なんで私は攻撃を受けたのだろうか。
 ルービスは決心して歩き出した。どちらにしろ、もうあまり動けそうもない。さきほどの店に向かうことにする。すこし立っていただけなのに、動かす足が、腕が、ギシギシと軋むようだ。足をかばうと背中や腹部に鈍痛を感じる。おそろしくノロノロと、時間をかけて店の裏口に回った。
 大量のごみに紛れて小さめのドアが見える。
 勝手に開けていいものか、ノックをするものか、ルービスはしばらく眺めていた。辺りは飲み交わす人々の楽しげな声や食器の重なる音、食べ物や酒の匂いがする。久しぶりに生活感のある音を聞いたと、こんな状況なのにルービスは笑った。まるでビビデの街だ。
 感慨にふけっていると、突然ドアが開いて小柄な老女が姿を現し、トコトコとルービスに近づいた。驚いていると、その外見と歩き方からは想像もつかないほど素早い動きでルービスの顔を隠していた布とフードを乱暴に取った。
「女だね」
 そう言って不敵な笑いを浮かべると、今度はルービスの腕をつかみ、裾をまくった。驚いて動けないでいるルービスに再び笑いかけ、今度はルービスの顎を掴んで顔を左右に振る。
「夫にやられたのかい?」
 ルービスはあわてて首を振った。
「恋人?」
 首を振り続ける。
「でも男だろう」
 ルービスはうなずいた。老女はニヤリとする。
「あんたはべっぴんだからね、こっちも得をできるよ。ここで生活資金をためな。あんたならすぐに稼げるさ。もちろん、みつかっちゃあ悪いからね。住んでたところはここから近いの? 見たところ、随分遠くから逃げてきたんだろ?」
 訳知り顔で、老女は続けた。
「…え? あ、あの…」
「とにかく、今日はそのまま休んでいいからね。病気は持ってないだろうね? 盗み癖もないね? 悪いことをしたら許さないよ、しばらくは個室でカギをかけさせてもらうよ」
 ルービスの返事など待たずに老女は続けてしゃべり続け、ルービスの腕をつかみグイグイと店の中に引っ張っていく。ルービスは抗うこともできずに店の中に引っ張られていった。
「ここで働いている女の大半はあんたと同じだ。だから気にしなくっていいよ、だけどルールは守ってもらうからね。とにかく今日はここで休みな。カギはかけるよ、なにか用があったらドアを叩きな」
 結局有無を言わさず老女はルービスを店の中の小さな部屋に押し込んだ。
「明日になったら話を聞いてあげるからね、今日はゆっくり休むんだよ」
 最後は優しい口調ながら、ドアは乱暴に閉じられ、ガチャガチャと大きな音を立ててカギの閉まる音が追いかけてきた。
 ルービスは改めて部屋を見回した。ゆっくり休めとは言われたものの、部屋には布団らしきものもおろか、ただのがらんどうの部屋で、こじんまりとした格子付きの明かり取りの窓が一つあるだけだ。広さも大人が2人横になったらもう一杯だろう驚きの狭さだ。
 ルービスはそれでもホッとした。とにかく体を横にできるのだ。今はもう何も考えられない。このまま運命に任せよう、ルービスはバタッと倒れてそのまま眠りについた。

次話 遭逢 に続く…


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