【フェアンヴィ】第5話~2024年創作大賞応募作品~
予想外
トーマンは用意されていた馬車にルービスを促した。
「どこへ行くの?」
乗り込みながら、馬車の内装飾のきらびやかさに目を奪われる。どこも金色に輝き、爽やかな香りまで漂う。乗り込んだ瞬間、異空間に来たみたいだ。座面は羽毛のように柔らかく、体が沈み込んで慌ててしまう。だが、座ってしまえば弾力もある。こんな座り心地は初めてだ。布も美しいビロードでできていて、いつまでも触っていたくなる。
ルービスは自分で質問しておきながら、馬車に心を奪われ、トーマンの答えを聞きそびれた。
「なんですって?」
「城ですよ」
トーマンは一言で答え微笑んだ。だが、その言葉はルービスにはのみこめない。
「・・・え? どこって?」
「城ですよ。王宮といったほうがいいかな?」
トーマンはさらに柔らかな表情で答えた。
「あなたはチュチタ国の第三王子 ディーブ・アンドルーの妻となったんだ」
ルービスは絶句してトーマンの浅黒い顔をまじまじと見つめた。
「驚いただろう。嬉しいかい?」
トーマンの質問にルービスは口を開け、しかし言葉は出せず、やはりトーマンを見つめるしかなかった。思考がしばし停止する。
「薬をつけておきましょう。…右手を出してください」
トーマンは固まるルービスの右手を取り、軟膏を塗り、包帯を巻きつける。手際よく手当をしてくれるトーマンを見て、ルービスの心は落ち着いてきた。
「あの…会場にいた人が王子だったということ? いくら世間知らずな私でも、あんな役を王子がするなんてありえないことはわかる。それにディーブ王子…私はそんな王子の名前、聞いたことがない。騙されない」
トーマンの表情を読み取ろうと、ルービスはトーマンを見つめた。
「お願い。本当のことを教えて。私はどうなるの?」
トーマンは道具を片付けると、ゆっくりとルービスに向き直った。
「私も、あの方も、真実しかいいません。よろしいかな、ルービス妃。あなたは今回、一世一代の大勝負に失敗してしまわれた。チャンスは与えられた。与えられたのに」
トーマンは怒っているようにも見えた。
「…なぜ戦いをやめてしまったのです?」
トーマンのまっすぐな眼差しから目をそらし、ルービスは下を向いた。
「まあいいでしょう。終わってしまったことを今さら何を言っても始まりません。…なぜ王子があの場にいたのかは、確かに疑問に感じるでしょう。あれは役人級の仕事です。なぜなのかは私にもはっきりと告げられたことではないので憶測になってしまうので申し上げられない。だが…」
トーマンが言葉が止まったためルービスは顔を上げ、驚いた。トーマンは笑いをかみ殺していた。
「…すみません。あなたは非常にユニークだ」
こらえきれず、という感じでトーマンはついに笑い出した。
「兵士になりたいもそうですが、王子の名前を聞いたことがないって? 王子が知ったらどんな顔をするか…」
「本当に…王子? …なの?」
馬車の内装、トーマンの態度から、これが現実であるという確信に変わり、ルービスは混乱した。
「顔…」
トーマンはルービスの表情をみて、さらに笑う。
「こ…混乱しているのよ。一度にいろんなことが。…そう、私はどんなことがあったって、後悔なんてしない。覚悟はしていたんだから。…ただ、予想外だったのよ」
「人生は予想外なことだらけですよ、ルービス妃」
トーマンは浅黒い顔をルービスに近づけ言った。
馬車は走り続けた。国の中心部に向かっているのだろう。すでに街並みはルービスの馴染みのある景色ではなかった。
次話 第三王子 に続く…