見出し画像

【フェアンヴィ】第14話~2024年創作大賞応募作品~

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

脱出

  出立を知らせる鐘が王宮中に鳴り響く中、ルービスは教師を訪ねた。
「ルービス様…。今日はいらっしゃらないかと。城壁までお見送りなさらないのですか?」
「私はまだそのような資格はありません。式の後に挨拶はすませました。いつもの通り、始めてもよいでしょう? これからも同じようにしたいのです。殿下がいた時と同じように、そうすれば気が紛れます」
 ルービスが視線を落とし寂しそうな表情を見せると、教師はあわてて立ち上がった。
「まあ、まあ! もちろんです。そういたしましょう。すぐに用意いたします」
「ありがとうございます・・・! わがままを許してください」
 ルービスは教師の手を握りしめ、見つめた。「とんでもない! わがままだなんて!」と教師も涙目になりながら強く握り返してきた。
 
 
 13時から一人で昼食をとり、14時から18時まで一人での訓練を行う。ディーブが出立した後も同じように訓練を行うことは事前に伝えてあった。18時に大量の汗を流しながら部屋から出てシャワーを浴びに行く姿に、付き人も疑うことはなかった。
 18時半からの夕食を終え、食器が下がった時、ルービスは深呼吸をした。
 ここからが正念場だ。
 
 ルービスは事前に運び込まれていたレコードを動かした。こんな高級な機械は初めて触るものだった。毎日ディーブと食事をとる時に音楽を聴く。これを日課に組み込むことでいつの間にかルービスの部屋に常駐された。

 スピーカーからステップを踏む音と鈴の音が聞こえてくるのを確認して、ルービスはホッと肩をなでおろした。
 この機械の最も注目する点は集音機能も備えてあることだった。
 ルービスは王宮の人間であれば聞きなれた、武術の基礎の動きを訓練する王室の伝統的な鈴の音を、まさに練習の音を、前もって録音していた。この音は、19時半から22時まで流れ、廊下に控える付き人は、いつも通りのルービスの訓練が行われていると考えるはずだ。
 部屋に灯された蝋燭の明りは、22時半に消えるように長さを調整してある。
 ディーブと共に訓練を終えた後は、タオルで体を拭いてそのままディーブと共に就寝する習慣を守っていたため、翌日の朝9時までルービスは時間を稼ぐことができる。

 5日目にわざと用事を作り、トーマンが付き人にこの時間に部屋に声をかけさせるよう仕向け、ディーブとルービスが立腹する芝居まで行っている。ルービスは昔から夜の時間は大切にしていて、ディーブ以外の人間と関わることはしたくないと伝え、王子であるディーブもそれを守るよう命令をするという念の入れようだ。
 よほどの緊急でない限り声がかかることはないはずだ。

 ルービスは窓から身を乗り出して庭を凝視した。時刻は19時40分、予定通りだ。
 庭の奥の木立から2回、光の点滅を確認する。トーマンが城の監視の巡回が裏側に回ったことを知らせる合図を送ってきたのだ。
 ルービスは音を立てないよう細心の注意を払いながら、しかし迅速に、U字フックのついたロープを窓枠にかけ、静かに城壁を下りはじめた。
 窓枠が目線にかかるとき、ルービスは一瞬動きを止めた。
 約20日を過ごした部屋が見渡せる。短い期間とはいえ、ルービスの初恋が凝縮した空間だった。一人暮らしから一転、衣食住のほとんどをここでディーブと過ごした。
(きっと忘れられないのだろうな)
 ルービスは再び集中して下降を始めた。城壁はざらざらとした感触がする煉瓦造りのような見た目だったが、意外ともろい。勢いをつけて下降すると壁が削れてしまいそうだ。巡回が戻ってきたときに、壁の異常に気付かれては台無しだ。ルービスは焦る気持ちを抑え、速度を落とした。

 下まで降りた時には、異常なほどの汗をかいていた。綱を操って窓枠にかけたフックを外す。何度も練習した成果か、一発でフックは手元に戻ってきた。
 周囲を見回し、耳を澄ませる。人の気配は感じられない。
 日は落ちているものの、漆黒には程遠くうっすらと空は光を残している。遠くからでも、目視で確認される危険は高い。ルービスは常に周囲に気を配りながら、木立から木立へ、目標の場所まで移動を繰り返した。
 王宮の中から時折聞こえる人の話し声がだんだんと遠のき、虫の声が周りを包み込んでくる。
 昼間に何度も確認したコースだったが、随分と遠く感じられる。

 トーマンの待つ木立にあと、もう5mといったところで、後ろから笑いながら歩く音が響いてきた。ルービスは木立深くに身を沈め窺った。どうやら巡回の警備が戻ってきたようだ。神経が敏感になっていたため過敏に反応してしまったようで、距離は大分離れている。城壁に沿ってつけられている光源のためにあちらの位置は確認できるものの、暗がりであるこちらの位置は到底発見できるはずはなかった。ルービスは安心して息をついた。
 ルービスの降りてきた城壁近くを通る時には思わず息を止めて見守ってしまったが、まるで介さずに通り過ぎて行った。再び姿が見えなくなるまでそのまま待機することとなる。

 今までかいた汗が時折そよぐ風によって冷やされ心地いい。ルービスはときおりあと5mの位置にある目標の木立をチラチラと確認した。
 朝、ディーブと共に『新兵の行進』に同行したトーマンはタイミングを見計らって抜け出し、ルービスを迎えに再び宮殿内に舞い戻っているはずだった。警備のタイミングや人の出入りを確認して、ルービスに合図を送り、あらかじめ設定していた木立で合流する予定だ。警告やトラブル発生など、約10種類の光による連絡方法に加え、おそらく使用しないであろう鳥などの鳴き声を模した合図まで頭に叩き込まれていた。だが、実際使用されたのはGOサインだけだった。
 巡回する警備の姿が見えなくなってから、ルービスは再び十分な警戒を周囲に行った後、5mの距離を駆け抜けた。
 

次話 疾走 へ続く…


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?