【フェアンヴィ】第12話~2024年創作大賞応募作品~
恋
「さて、もう時間も遅い。今日はここまで」
ディーブは立ち上がり、剣を壁にかけてベッドに歩み始めた。ルービスは心臓が止まりそうなほどの驚きでディーブの姿を目で追った。ディーブはドアではなくベッドに向かっているからだ。
「今日から私もここで休むことになる」
決定的な言葉を告げながら、上着を脱いでいる。ルービスは呆然とそれを眺めていたが、ズボンに手をかけたのを見て慌てて回れ右をする。
「愛し合っているはずの二人が別々に寝ているのは不自然だ。…実をいうとそう言われて部屋を追い出されてしまってね」
ディーブは「トーマンにね、」と続けた。
ルービスの頭の中はパニックだった。「愛し合う男女」があたまをグルグル回る。経験はないものの知識だけは確かだった。
「どうぞ」と言われて振り返ると、ディーブはすでにローブ姿となっている。手にはルービスのローブを持っている。
ルービスに選択の余地はない。意を決してギクシャクなりながらベッドまで行き、ローブを受け取る。ルービスが着替える間、ディーブは紳士にも反対方向を向いてベッドの端に座り待っていた。衣擦れの音が止んだことでルービスの着替えが終了したことを悟ったのか、ディーブはゆっくりとルービスに向き直った。ローブ姿のディーブを直視することはできない。
ディーブが毛布を大きくめくった。自分は座ったままだ。ルービスに中に入るよう配慮したようだ。ルービスの心臓は早鐘を打った。
(本当に予想外のことばかりよ、トーマン)
なるべくディーブ以外のことを考えようと、ルービスはトーマンの浅黒い顔を思い出しながらベッドにもぐりこんだ。
ルービスが横になると、ディーブもベッドに入りそばへと近づく。
ディーブが動いた分、ルービスもよけるように反対側へと体をずらす。ディーブはなおも近づき、ルービスは再び体をずらして逃げる。何度か同じやりとりを繰り返していると、こらえきれないようにディーブが笑い出した。
「ハハハ、いつか落っこちでしまうぞ!」
ディーブは完全にルービスをからかっていたようだ。
「何もしないから、逃げるな」
ディーブはそういってルービスの体に寄り添い、優しく抱きしめた。
ルービスにとってはすでに「何もしない」から外れた行為であった。心臓が破裂しそうな勢いで鼓動を止めない。しかし抗えない。なんの香だろうか、ディーブからはルービスが嗅いだことのない陽だまりのような香りがした。自分の体をすっぽりと包み込む大きな体のぬくもりを感じ、ルービスは少しずつ落ち着きを取り戻していった。
しばらくすると、ディーブの心臓の鼓動を感じる。ルービスはその鼓動をもっと感じようと頭を胸にうずめた。こんな風に誰かと体を寄せ合ったのはいつぶりだろう、とルービスは考え、14で母親を亡くしてからそのような機会に恵まれていなかったことを思い出した。ゆっくりとディーブの腰に手を回し、抱きしめ返した。ディーブも回した手を深くさせ、左手をルービスの頭に添えた。二人の体はすっかりと密着した。ルービスはこの上なく満ち足りた気分になった。
(この幸せはまやかしだ)
ふと思った。
(Dは私を好きなわけではない)
あくまでルービスの国外脱出への協力をするディーブを思い浮かべた。抱きしめられているのは同じなのに、体の奥底から痛みがじわじわと広がってくるのを感じる。
(気分が高まったかと思えば絶望に転じる。恋とはこんなにつらいものなのか。このまま王宮に留まりたいと言ったら、どうなるんだろう。私は軽蔑され街にもどされるのだろうか。いや、私は白い塔に行くんだ! どうしてこんなことを考えてしまうんだ!)
そうして白い塔への思いを奮い立たせながら、ディーブのぬくもりを感じて再び息苦しさと痛みを繰り返した。
(私は17日も耐えられるだろうか・・・)
奇しくも同じ思いを抱え、ディーブも必死に己と戦っていた。
20歳を迎えるディーブは今までにも恋愛を経験してきた。しかし、これまでの恋がままごとのように感じられるほど、激しくルービスに心を奪われていた。決して今も抱きしめるつもりはなかったのに、衝動を抑えきれなかった。気持ちが強くなればなるほど、ルービスの夢を叶えたいという気持ちが強くなるというのに、それは自分の手の届かないところにルービスが行ってしまうことでもあった。自分が近づくたびに顔を赤らめたり、触れるたびに体を固くさせるルービスを感じて、守りたいと思う反面、全てを奪って自分の欲求を満たしたくなる。
ルービスが自分の体に顔をうずめ、腕を回してきた。
(これは私を受け入れてくれたということなのだろうか…だがこれ以上は自分を抑えきれそうもない。これ以上動けば、私はルービスを離せなくなる)
二人は抱き合ったまま、眠りに落ちた。
次話 出立 に続く…