【フェアンヴィ】第22話~2024年創作大賞応募作品~
遭逢
ママと呼ばれている老女の話だと、ルービスは2晩も眠り続けていたとのことだった。
「ありがとうございました。体を休めることができて、感謝します」
ルービスは痛む体をかばいながら起き上った。
老女はできる範囲での事情を話すように促した。決して悪いようにはしないと優しい目をしてルービスを見つめる。ここはつらい目にあってきた女の再出発の場なのだと語った。
ルービスは他の国で女が生きていくのは厳しい、と言っていたディーブやトーマンを思い出した。
最初に声をかけてくれた女も、老女も、男に殴られたのかとしきりに口にしていた。この老女は本当にルービスを助けようとしていたらしい。
チュチタ国で女を殴る男の話など聞いたことがなかった。男は女を守るもの。それが当たり前でない世界を痛感する。
「私は一人旅をしているんです。その途中で強盗にあって。荷物を取られてしまいました」
「強盗?」
老女は目を見開いた。
「いったいどこで? 強盗なんてこの辺りでは聞かないが。一人旅って…」
老女は言いかけてやめた。静かに首を振る。
「まあ、お互いのためにあまり深くは聞かないでおこう。どちらにしろ、身ぐるみはがされ、どうしようもないということだね? ここはダンスバーだ。踊りができれば踊り子として、できなければ雑用として。働けばその分だけ金を渡すよ。そうして自分の資金をためてみんな出ていく。あんたの好きなだけいていいんだよ」
「…私、踊りなら少しできます」
ルービスは老女に一晩の契約を交わした。たった一晩という申し出に老女は驚き、やや疑惑の目を向けたが、それ以上の追及はしてこなかった。先を急ぎたいというルービスの言葉に、いろいろな意味を感じ取ったのかもしれない。
老女が部屋を去った後、ルービスはズボンの下、足に巻きつけた布の下に隠しておいた貨幣を取り出した。トーマンが持たせてくれたものだ。先に必要になる貨幣と通行書は、肌身離さず身に着けておくよう指示されていた。トーマンはこうなることを予想していたのだろうか。
この貨幣がどれだけの価値を持つものかはルービスにはわからないが、これで当面の金の心配はしなくていいはずだと言っていたくらいだから問題はないだろう。
二晩の宿のお礼と言ってはなんだが、ルービスはここで働き、お金はもらわずに出ていくことにした。
踊りには自信があった。チュチタでは女性のたしなみとして舞踊も教育されるため、いろいろな踊りを習得していた。踊りがお金になるのなら、父親に会ったあとはそれで稼いでいけるかもしれない、とルービスは再び楽観的に未来に思いを馳せた。
ダンスバーは賑わっていた。100人くらいは集まっているのではないだろうか、それほど大きな店ではないためすし詰め状態だ。
ルービスはスパンコールが散りばめられた深紅のドレスを借り、化粧もしてもらい控えていた。
「顔がいいっていうのは得だねえ。あなたなら何もしないで立っていても稼げるわよ」
化粧を施してくれて女がため息を漏らす。ルービスは再び鏡の前に行き自分の姿を見つめた。
頭の中でトーマンの声がする。「あなたが客観的に自分の事を判断できるようになるまでは」。鏡をみても、他の女性と大差ないように感じる。確かに少しは美人かもしれないが、そんなに言われるほどだとは思えない。
(私はまだ客観的に判断できていないのだろうか)
ルービスが一人悩んでいるうちに、順番は回ってきた。
壇上の明りが消え、前の女性が壇上から降りていく。ルービスは幕裏からゆっくりと中央に歩み出た。ポーズをとるとスポットライトがルービスを照らし出した。
曲はゆったりとしたバラード調のものにしてもらった。
ビビデのお祭りで女性が披露する踊りを思い出していた。表情は切なく、動きは繊細に女らしく、恋する女性を表現した踊りだ。疲労はとれているものの、節々の痛みはまだ完全に取れてはいない。自分としては満点とはいかないまでも、合格点の舞だ。
曲が終わり、最後にお辞儀をする格好で終了する。
店内は水を打ったように静まり返っていた。そういえば、踊っている最中もやたらに静かだったような気がする。まさか、自分の踊りがひどすぎて、客がいなくなってしまったのではとルービスは顔を上げて店内の様子を見た。
客はいた。変わらずすし詰め状態だ。にも関わらず無音であるのはどうしたことか。
ルービスは幕の方を見た。そこには目を丸くしてこちらを見ている女たちの姿があった。やはり何かがおかしかったのか。ルービスはお辞儀の状態から居直りもう一度店内を見回し、いたたまれず幕裏に戻ることにした。
歩き出すと、地鳴りのような歓声が広がった。驚いて客席を見る。拍手と歓声が入り乱れ、轟音と化している。ルービスがその場に立ち尽くしていると、客席からお金が壇上に投げられ始めた。
遅れて壇上が暗転し、客席が明るくなる。
どうやら自分の踊りは成功だったことを感じ、安堵して客席に視線を移してルービスは愕然とした。
拍手をしてこちらに笑顔を向けている客たちの中、出入り口近くに立っている男が振り上げているものは昨日失くしたルービスの荷物と剣だった。赤毛の大男が荷物と剣を持って振っている。
ルービスが自分を発見したことに気づいた男は、出入り口からするりと外へ出て行った。
ルービスは弾かれたように追いかけた。客席は興奮した客たちによって通れない。ルービスは人を押しのけながら裏口まで走り、そのまま外に出た。
見回すと、遠くの方に赤毛の大男を含めた7人の男たちがいるのがわかる。向こうもこちらを見ている。ルービスはすぐに駆け出した。
ルービスが駆け出すのを見て、男たちも走り出す。ルービスは無我夢中で男たちの姿を追った。少しずつ差が詰まっていく。間が5mほどになったとき、男たちは観念したように立ち止まった。
ルービスも立ち止まる。気が付くと森の中にいた。夢中で追いかけてしまったがこれは罠なのではないか、ルービスが気付いた時、男たちは周囲に散り散りになった。ルービスの前には大男が残っている。
次話 仲間 へ続く…