ちっちゃいお爺さん教習所へ行く。
年長の隣人が言う。
今年から試験場へ行って実地試験を受けなきゃいけないのよねぇ。
なんでも75歳以上になると運転免許更新の際、高齢者運転技能検査なるものを受ける義務があるのだそうだ。たいへんねぇ。
で、その友人が高齢者運転技能検査を受けに行った時のこと、ものすご〜くちっちゃいお爺さんがいたのだそうだ。身長140cmくらい?腰も曲がっていてとにかくものすご〜く小さいのよ、その人!と彼女は言う。
このちっちゃいお爺さん、腰は曲がっているが、日に焼けて引き締まった腕が、長期にわたる農業従事者であることを物語っていたという。
試験官が、書類をめくりながら「おいおい、爺さん、90歳かい、すげえな!」と言ったので、周りにいた試験待ちシニアの視線が一斉にそのちっちゃいお爺さんに集まるという事態発生。
で、ちっちゃいお爺さんが、教習車であるセダンに乗り込んだところ、あまりにも小柄であるがために全然前が見えないじゃん!事件発生。
すると、試験官が「爺さん、ちょっと待ってろ!」と走り出し、座布団を小脇に挟んで帰ってきた。その布団をちっちゃい爺さんのお尻の下に二つ折りにして挟みこみ「おい、爺さん、これで見えるかい?」と聞いた。
ちっちゃいお爺さんはニッコリ笑ってハンドルを握った。
こんなふうに、一同が凝視する中、お爺さんの実地試験が始まった。一時停止や右左折、信号通過などは軽くクリアーしたのだが、何度やってもクランクで乗り上げてしまう。お爺さんが3回目に乗り上げた時、試験官は言った。
「まあ、あれだ。こんな道、実際には無いよな?行って良し!」
「でも、うんと気をつけて運転するんだよ?爺さん!」
試験官氏にはわかっていたのだ。このお爺さんには何がなんでも車に乗る必要があることを。それにお爺さんが走るのは、もう何十年も走ってきた田舎の道なのだということも。我が事のように凝視していたシニア達は、なんだかほっこりして胸を撫で下ろしたのだという。
ちなみに高齢者運転技能検査の内容は以下のごとし。ちっちゃいお爺さんは一種免許の合格ライン70点をクリアしたものと思われる。
あの痛ましい池袋の事件以来、免許証を返納するシニアが増えたらしいが、ど田舎に暮らしている人間にとっては
車=足
なのだ。車がなければ田んぼにも畑にも農協にも役場にも病院にも買い物にも床屋にも友人宅にも行けない。都会とは必要度がまるで違う。田舎の場合、公共交通機関はほぼ無いに等しいからだ。田舎の名誉のために言っておくと、もちろんあることはある。
が、シニアの身になって考えてほしい。
だってさー、1日に2本しかないバスで買い物行くんだよ?
次のバスまで何時間も待つんだよ?
万が一、そのバスに乗り遅れたら帰れなくなっちゃうんだよ?
しかも重い荷物を持って家までテクテク歩かなきゃいけないんだよ?
シニアが?
持病だってあるかもしれないのに?
もう一つ言うならば、田舎の民はわかっている。前を走る軽トラのドライバーがどこの誰で何歳なのか?を。私はIターンだけど、それでもわかっている。
ウィンカーを出さずに曲がる車がかなりの確率で存在することや、唐突に車を止めて道端の知り合いと会話を始める場合があったりとか、ごく稀には荷台から藁や野菜が落ちてきたりするハプニングも起こり得るとか、の田舎ならではの諸事情を。
けれども、誰も文句は言わない。年寄りはそういうものだと思ってみんな運転しているし、周りがごく自然に気をつけている。私だってめっちゃ車間距離を空けて走っている。
ましてや煽ったりなんか絶対しない。
ごく当たり前にコミュニティ全体で守っている感がある。
ギスギス度ゼロ♪
イライラ度もゼロ♪
そのゆったり感が田舎のいいところだなぁと思う。
というわけで
ちっちゃいお婆さん予備軍の私は、今日も田舎道をポコポコと走っている。
あのちっちゃいお爺さんに幸あれと祈りながら。
追記
もしかして、都会の人には理解しにくい内容かとも思いましたが、田舎住まいの人間による田舎目線の文章という事で!