夢の10
夏は恋の季節だ。そんなベタな文句をスローガンに、わたしは彼を夏祭りに誘った。
乙女たるもの、片想いを伝えるならロマンチックに。花火大会の最中、色とりどりの光に照らされた彼とわたし。二人の距離は近づいて、そしてついに…
千切れた。下駄の鼻緒がだ。張り切って用意した浴衣の一式が仇になった。あまりにベタな失敗に自分でも驚きを隠せない。なんとか平気なフリをしようとしたが、どうにももう歩けなさそうで。
「えっと、大丈夫?」
彼の心配する声にも苦笑いを返すしかない。心ここに在らずだ。
「あー、とりあえず乗って。」
声に導かれるままにふらふらと動く。気づくと、彼の背中の上だった。
わ!ごめん!
「いえいえ。」
ほんと、ほんとに大丈夫だから!降りる降りる!
「いや、それじゃ歩けないでしょ。いいから大人しくしててください。」
彼になだめられたわたしは、罪悪感と後悔とそしてベタすぎるラッキーに心臓を暴れさせていた。この鼓動が彼に伝わりそうで…なんて考えることまでベタベタだ。
こうしておぶわれていると、彼の肉感が直に伝わる。身体の厚みや肩甲骨の硬さを想うたびあまりの刺激にパンクしそうだ。Tシャツの襟から伸びるしっとりとしたうなじから目を逸らすように、わたしは終盤に差し掛かったであろう花火たちを眺めていた。
「あ、あれよく見たらドラえもんだわ。似てなすぎて面白いな。」
のんきに花火を見る彼とは裏腹に、わたしは決意を決めた。シチュエーションはある意味完璧。禍い転じて福となす、だ。
あ、あのさ、
「あ、そうだ。ちょっと相談したくて」
早々に出鼻をくじかれた。ま、まあ流れと言うものがあるし。
「その、まあちょっとこう…お付き合いを…はじめたんですよね。」
え、
「それで、女友達として…何かアドバイスとか欲しいかなぁと」
一瞬の無音の後、花火の音しか聞こえなくなった。彼が何か言うのに生返事を返す。どうやら戦場に立つ前に負けたらしい。一体いつからだ!?とか、なら女と二人で祭りなんて行くな!とか、いろんな、本当にいろいろな事が頭に浮かんで、消えて、咲いて、散って。
ああ、ベタだなぁ…
そのとき、一際大きい花火がヒュー、と登っていった。
ねえ、
「はい」
わたしは、たった二文字だけ口にした。
ドーン!今年一番の花火が咲いた。色とりどりの、綺麗な花火だった。夏の終わりを告げる、とても綺麗な花火だった。
「ごめん、聞こえなかった。なんて?」
聞き返されて、誤魔化す。
あの言葉は、ありえないほどのベタな言葉は、もう夏と一緒に散ってしまったから。