夢の11
1と2の違いとは。
理系の彼にそう聞いてみる。
「えぇ?1よりも2のほうが1大きい…とか…?」
そうだよなぁ、とホッとする。前に同じことを聞いたやつは全然意味不明な答えを返してきた。あいつも理系だったはずなんだけどな。
今日は彼がメガネを替えると言うので二人でショッピングモールに来た。モール内はクリスマスの飾り付けで賑やかだ。デートの時も彼はあまりたくさん喋る方じゃないけれど、こちらから話を振るといろいろと面白い話をしてくれる。ラッコが好きだと言うと、
「なんかあるよね、ラッコは一日の半分くらいは餌を取らないとダメ…っていう。本当なのかな?」
へー、知らなかった。結構頑張ってるんだねあんなにフワフワなのに。
「別にフワフワなのは関係ないでしょ。」
えー、そうかなぁ?でもさあ…。
そうして取り留めのない会話をしながら、まずは眼鏡屋さんで新しいメガネを見繕う。普段は四角いフレームだけど、せっかくだからと沢山試着してもらう。丸眼鏡だとなんだか骨董屋の店主みたい。サングラスかけると不審者感あるね。案外ピンクとかいいんじゃない?彼はいつもので良いよとか言いつつはしゃぐわたしに付き合ってくれている。前に来た時はこんなことに付き合ってくれる人とじゃなかったから、新鮮で楽しい。結局ほぼ同じ四角い眼鏡に決まったけれど、写真フォルダは充実した。
夕食までは時間があるということで映画を観ることにした。恋人と映画なんてよく考えると初めてでドキドキする。ベタに恋愛映画なんか観て、ご都合主義な展開に2人で文句をつけたりするのも初めてだ。
「そんなわけないだろ…って。あそこでキスするかぁ~?」
だよね!あれは強引すぎ。
パスタを食べながらの感想戦は続く。楽しいな、ふとそう思った。恋人と食べるご飯なんてもっと味気ないものだと思ってた。少なくともあいつの時はそうだった。そう、あいつは…。その瞬間、あいつの顔が強烈にフラッシュバックして混乱する。目の前の彼の声が遠のいた。
今お付き合いしている彼はとても素敵な人だ。頭が良くて物知りだし、寡黙で落ち着いていて優しい人だ。高身長だし、派手な顔立ちではないけど清潔感がある。くしゃっと笑う顔がかわいい、そんな人だ。あいつとは比べものにならないのだ。あんな頭もくしゃくしゃでいつも同じ服ばっかり着てる、ヒョロヒョロの何も考えていないような男とは違うのだ。とても素敵な、うんと素敵な人生で2人目の恋人なのだ。それなのに。
だってあいつとはあんな会話出来なかった。ラッコのことを話しても『戦時中って毛皮用にラッコ獲りまくってたんだよね。やっぱアイツらあったかいんかな。』って。そんなこと話したいんじゃないのに。いつも空気を読んでくれないし、自分だけ盛り上がって自分の中で完結して。
だってあいつとはあんなにはしゃげなかった。『結構でーす。』ってずっと受け流してまともに相手もしてくれない。付き合いが悪い。ノリが悪い。一緒にいても楽しくない。
あいつとは映画なんて観なかった。興味ある映画を聞いてもよくわからないヒーローものばっかり言ってくる。恋愛ものなんて誘っても『えー、何が面白いのアレw』って。自分の趣味にしか興味がない。こっちのことなんて考えてもくれない。
だってあいつとは楽しく食事なんて出来なかった。いつもほとんど同じものばかり頼む。少食の割に食べるの遅いし、美味しそうな顔なんて見たことない。
…それでも、いや、だからこそ今でもあいつを忘れられずにいる。彼と過ごす時間の中にあいつというカケラが紛れ込む。それほどあいつは、人生で初めての恋人は、わたしの中で大きいのだ。空気の読めない会話が、理解のできない思考回路が、付き合いの無さが、他人への無関心が、別れたあいつの事が、今なお好きなのだという気持ちが恋人と過ごすたび滲み出るのだから。
夕食を済まして、デートはお開きに。今日は楽しかったね、みたいなお決まりのセリフだけ交わして私達はそれぞれの路線のホームへ。多分わたしたちはじきに別れると思う。彼の短く刈りそろえた天然パーマが、もう愛しく思えないから。
白い吐息が漏れて、寒さに気づく。恋人を失った代わりに、今ならあいつの言っていたことが理解できるように思えた。
1と2の違いってなんだと思う?
『あー、1個目の方が2個目より大事だったりするよね。だからさ…』
1と2の違いとは。
数の大きさ、ただそれだけ。
1のほうが2よりもずっとずっと大きい。