夢の8
大学の学食というのは安い代わりにメニューが少ない。定番のメニューが2、3種と、日替わり定食。今日の日替わりは中華で、なんとなく気分じゃなかったので定番の親子丼にした。トレーを受け取って席を探すと、見知った男がいる。
回鍋肉、美味しい?
「え?ああうん。」
いつものように彼の向かいに座ってお昼を食べる。こいつはわたしの一回生からの友達で、どういうわけか食堂に行くと大抵会うのだ。
「…それで、ネコをえら呼吸にしたいなと思ってて。多分その方が効率が良いんじゃないかな。水中なら…あ、ちょっとごめん電話」
食べながら、他愛もない話をする。彼はいつも日替わり定食を頼む。
「もしもし?うん、7時から。はい、じゃあまた後で。」
今日はどんな子なの?
「えー、なんか授業同じだった人。名前なんて言ったかな…」
よくそんなに毎日人と会えるよね。
「一応、毎日ではないですけどね。」
でも今週毎日でしょ?しかも聞くたび違う人じゃん。
「まあ、楽だから。」
家とか、ほぼヤリ部屋なわけでしょ?
「いや、家には上げないかな。どうせ一晩だけの関係だから。」
え、いつもホテル行ってるの?その頻度だと結構するでしょ。
「まあたまに向こうが払ってくれるからそんなに。」
あっそ。
彼はいつも違う女の子と遊んでいる。それも一晩だけの関係らしい。いったいこの無口でオタクでのっぽのメガネがどうやってそんなに大勢落としているのか知らないが、まあ上手いこと後腐れなくやっているそうだ。女の子のタイプも様々で、黒髪スレンダーから巨乳ギャルまで手広い。そのくせわたしのことは本当に友達としか思っていないらしく、女の子たちとのやりとりを平然とわたしの前でするのだ。…だからわたしは、食堂に通う。せめて友達としてお昼を共にすることだけは譲りたくない。この無口でオタクでのっぽのメガネの、ただ一つだけでいたい。たとえ彼の日替わり定食に並ばなくても。
ある日、突然彼から連絡が来た。前に話した漫画を貸してくれとのこと。それは良いのだが、家まで持って来いとは人遣いが荒い。どうせ1日休みだったので持って行ってやることにした。マンションの部屋の前に着いて、チャイムを鳴らすとすぐに彼が出てきた。
「あ、ありがとうございます。せっかくだから上がって。」
そう言うのでお言葉に甘えて程よく整った部屋へ入った。
結構キレイにしてるじゃん。
「まあ普段あんまり家にいないせいで散らかりようもないから。」
あ、そう。
いつも通りのムダ話をして、なんとなくベッドに腰掛けて自分が持ってきた漫画を読む。
今日はどんな子と会うの?
「いや、別に誰とも」
ふーん、珍しい。今日授業だったんでしょ?誰か引っ掛けてるのかなって思ってた。
「今日は違う気分だったので。」
そっか。
「だから呼んだわけだし。」
…え?
突然、彼の手が肩にかかりベッドに押し倒された。
「いくら友達でも、男の部屋に来たのに無防備すぎる。」
は、え?
どうして今更。なんでこんなに強引に。だっていつもいつもわたしじゃ無かったのに。いろんなことが頭を巡って、抵抗する間も無く、唇を塞がれた。あ…
…親子丼の味。