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三ツ石山 馬蹄形縦走
13日から16日まで4連休をとっていたわけだが、14日から16日が天気が悪いところばかり。ということで、日帰りできる山を探していたところ、3年前に松川温泉から裏岩手縦走をした際に登った三ツ石山に、馬蹄形縦走路があるのを思い出した。日帰りで縦走できるとは、素晴らしい。3年前は紅葉が始まって、綺麗すぎて感動した思い出がある。今年は紅葉はまだ1割にも満たないとの情報だが、行ってみることにした。
朝5:30に家を出、7:30から登頂開始。松川温泉から源太ヶ岳、大深岳を経由して三ツ石に至る反時計回りのルートをとる。登山口に、台風による登山道崩落のお知らせが貼ってあった。最近通っている人のレポもあったし、行ってみて無理そうだったら戻ろうと思い、出発する。
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稜線に出るまで、急登らしい急登もなく、身体の声に耳を傾けながらゆっくり登る。
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登山道が丸森川という小川と交差する少し先に水場があった。すかさず汲んで飲んでみると少し甘くてすごく美味しい。ボトルいっぱいに恵みを頂いてありがてー!とつぶやいた。
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時折樹上を抜ける風がビュオオオオと鳴っている。樹林帯を汗ばみながら登る身は熱を持って、ふぁーっと冷やしてくれる風が気持ち良いのだが、稜線の事を思うと少し心配になる。途中でその風にいちいち歓声を上げながら登るおじさんに追い越される。今回の山行はこのおじさんとの思い出といっても過言ではない。ファーストコンタクトではふたことみこと会話をして、おじさんが先行して行った。
花の時期は終わり、木々がさまざまな色や形の実をつけている。私が実を食べる動物だったらよだれを垂らして喜ぶだろうなというくらいたくさん生えたり落ちたりしていた。
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樹林帯が開けると、登山口に貼ってあった土砂崩れのエリアに入った。大深山荘と源太ヶ岳との分岐を過ぎ、
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崩れた核心部に来たが、大雪の旭岳のあの怖すぎた砂の斜面を経験しているので行けると判断できた。しかも崩れた後につけられたであろうピンテがたくさんあり、それに沿って進めば問題は無かった。整備してくれる方々に感謝しながら登る。足を止めて振り返れば、どっしりとした岩手山の麓から頂上まで全部が見え、その周りの空にはいくつもの吊るし雲(強風のサイン)が浮かんでいる。
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源太ヶ岳の下に到達すると、相当速かったのではるか先に行ったと思っていた先ほどの歓声おじさんの歓声が聞こえる。おじさんと入れ替わりで小さな山頂に立つと、ものすごい強風!この風に歓声を上げていたらしい。なんとか写真だけ撮り、
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稜線に出る。半袖では体が冷えてきてシャツを1枚はおる。この体温の奪われ方は山で経験しないと分からない感覚の1つだと思う。ハイマツが胸あたりまである場所は少し風の影響が小さくなり、これから歩いていく稜線を見渡して気持ちを高める。後ろを振り返れば今歩いてきた稜線がくねくねと伸びている。田中陽希さんは、自分が歩いてきた道を一望するのが好きだと言っていたが、私はこれから歩いて行く道が見えるのがより好きだ。
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展望のいい大深岳のピークを過ぎると八幡平方面と三ツ石山との分岐にでる。ここから先は、3年前に歩いた道を反対側に辿ることになる。
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この辺で感動してわーっと声をあげたなぁなどと朧げな記憶と共に歩いていると、200mを一気に下る斜面に出た。目の前の小畚山を通って行くということは一気に降りてまた130mほど登り返すということである。3年前はその逆をやったはずだが、そんな辛い記憶は全くない。やはり山で苦しかった記憶を消すタイプのようだ。ここは無心で乗り切る。一歩一歩進んでいけば絶対に辿り着くというのも山で身体で学んだことの1つだ。精神論的な話ではない。言葉そのもののフィジカルな意味で、だ。
どうにか小畚山に着くと、またしても歓声おじさんだ。今日3人くらいしかスライドしてないのになんでずっと一緒なの!と思わず心の中でため息をついてしまう。登り返しがきつかったですね〜と言葉を交わし、おじさんがまた先に行くと、強風の中またなんとか写真を撮り、
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遅れて三ツ石山に向かっていく。お腹あたりまでのハイマツと、秋に色づくたくさんの植物に優しく囲まれながらこのルート1番の稜線を歩く。北東北的なたおやかな美しさだ。ちょうど1週間あとに歩いた3年前はピーク直前の真っ赤な紅葉に大感動した覚えがあるが、今日は1割にも満たない色付きで、まだ秋の入り口に入ったばかりといった雰囲気だ。だけど確実に秋の色あいと空気があって、季節が今まさに移り変わっていく繊細さを肌で感じられて良かった。
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三ツ石硯標ノ台も見晴らしはいいが強風すぎてサッと通過し、また少し下りと登りを経て三ツ石山に着く。お察しの通り、強風の山頂にはおじさんがいた。
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山頂看板に近づくと、おじさんが写真を撮りましょうか?と言ってくれたので、お言葉に甘えてお願いした。
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奥に大きな岩があって、あそこに登るなら撮りますよ!とまで言ってくれる。私はいやーあの岩はすごいですねーとかなんとか言葉を濁して風がなさそうな岩陰に引っ込んでしまった。そう、私はこの山行中、ずっとお腹が空いていて、硯標ノ台あたりからとうとうシャリバテになっていたのである。バタバタと決めて朝準備して登ったために朝ご飯と行動食が少なかったのと、強風で休めず昼ご飯が12時になってしまったからだ。(朝食を満腹食べても、朝から登っていれば11時にはお腹が空いてくる)
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岩陰でご飯を食べながら人心地ついた時、おじさんに対して猛烈に申し訳ない気持ちが襲ってきた。何よりも今回初めて三ツ石に来て、とても良かったとニコニコ話してくれたおじさんの写真を撮ってあげなかったこと!強風に歓声を上げて身体全体で山を楽しみ、小畚から三ツ石までの稜線が1番良かったと私と似た感性を持つおじさんともう少し話せなかったこと!おじさん本当にごめんなさい。普段だったら写真を撮ってくれた人にこちらも撮りましょうか?と言わない訳はなく、物を口にしてからそのことに思い至ったとき、シャリバテの恐ろしさを思い知った。普段から空腹に弱く、今までシャリバテになったこともないし人一倍気をつけてきたつもりだったが、おじさんのおかげで強烈に刻まれることになった。
お腹を満たし、どうせならと岩に登って自撮りを試みてから、下山を開始する。
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少し下ると、パトロールでーすと言いながら男性が登ってきた。感謝の意を込めてお疲れ様ですと言うと、「白いリンドウは見つけましたか?」と言う。見てないと答えると「山頂まであと200mと書いてある看板のすぐ近くにありますよ!」と教えてくれたので探しながら下る。看板を見つけ、周りを探したがなぜか見つからなかった。そこから先もリンドウロードだったため、下山の半分くらいの時間リンドウの生態について考える羽目になった。(しかし白いのは一輪も無かった)
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下りていくと管理団体の方たちが木道を修理していた。百名山でもないのにかなり整備されて歩きやすい山なので心から感謝の意を伝えようと、そこを通りすぎる時に勇気を出して「整備ありがとうございます」と言ったが、威勢のいいお姉様の「ここ通っちゃっていいからねー!」の声にかき消されたのであった。下りはほぼずっと緩やかで、木漏れ日が美しい道を行く。
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途中いい道だなあと思ったところで立ち止まると、やはりそこはブナ林だった。ブナ林の心地良さは不思議で、登山で樹林帯を歩くときはまあ大体気持ちはいいのだが、その気持ち良さを区切るように、「ああなんだか気持ちがいいな」と深呼吸したくなるような別の心地良さを感じる瞬間がある。しかも、初めて歩くような場所ではいつも感覚が先にきて、周りを眺めるとブナに囲まれているのに気づくのである。自分の身体感覚を誇らしく思う瞬間でもある。
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松川温泉の三ツ石山登山口には14:50に到着した。
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下界はいつまでも暑く、紅葉が遅れたり色づきがまずまずだったとしても、木の実はたわわに生り、風は涼しくて山は確実に秋になっていた。新緑や梅雨前の花の時期、紅葉と、季節ごとのピークが素晴らしいのは言わずもがな、そこに向かっていく季節の変わり目は登山者も少なく、これからのピークに静かに思いを馳せるという楽しみ方ができた。