朗読とカクテルと音楽のペアリング~「宿り木の烏たち」を終えて~
東京の錦糸町、そのバーに入ると、カウンターとソファ席に白い衣装の男女がそれぞれ散らばって座っている。彼らは皆、静かに本を開き、そこに視線を落としている。表情は見えない。
店内に流れるジャズミュージックが静かに消え、どこからかオルゴールのような音が聞こえだす。照明は落ちて、カウンター奥に並ぶお酒のボトルを照らすオレンジの照明だけがぼんやりと明るく、それを逆光にバーテンダーがカクテルを作り始める。目の前のグラスにカクテルが注がれたとき、すっとバーテンダーは姿を消し、白い衣装の男がひとり、そっと立ち上がる。
物語は、そこから始まる。
3人の音楽クリエイター
YxOxU
メイン楽曲として「蛙」「灰かぶり」「宿り木」の楽曲を依頼したのは、主宰しみずの昔馴染みでもあるYxOxUさん。バンダイナムコのゲームミュージックも手掛けている音楽クリエイターだ。舞台音楽の作製は普段やっておられないそうで、さらに私も依頼内容をうまく伝えられないがために、かなりご迷惑とお手数をおかけしたのだけれど、私の要望にも応えていただき素晴らしい楽曲を作り上げてくださった。ただ完成した楽曲はエネルギーが強く、当初私は役者が負けてしまうのではないかと心配したのだけれど、役者たちがちゃんと仕上げてきてくれたおかげでとてもいいバランスのシーンが完成した。これぞペアリング。YxOxUさんには感謝の気持ちでいっぱいである。
Nothingさと
ブリッジ音楽と「嘘」を作ってくれたのは劇団員のさと。彼女は持ち前の明るさと向上心で私の無茶な要望にも、いつも元気いっぱいに応えてくれる。まだ若いクリエイターではあるが、自身も17LIVEなどで配信をしたりパフォーマーとしても活動しており、うちの劇団こいろはにはなくてはならな
いムードメーカーだ。彼女のすごいところは私がどれだけNGを出しても決して挫けないところ。覚悟が違うのだ。本当に頼もしい。今回もかなり無茶させてしまったが、きちんと応えてくれて仕上げてくれた。いつもありがとう。
七草がゆ
最後に「本当」の楽曲を願いしたのは、役者として「本当」を朗読する本人でもある、劇団リモリスの七草がゆ。彼女には、この詩を歌いあげてもらうためにメロディをつけてほしいと依頼した。彼女の歌声は一度聴けば忘れられない。絶対に歌ってほしいと思っていた。しかし、彼女が作り上げたメロディは私の作品の解釈とはかなり違っていて、これをどう仕上げていくのか当初は想像つかなかった。この作品を読ませるには彼女は若すぎただろうかと不安もよぎったのだが、完成したものは、私の期待を優に超えた。あまりにも歌声が良かったので、伴奏をなくし、そのあとのブリッジ曲も流さない演出に変えた。それによって、無音の中カクテルを作らなければいけないバーテンダーにとってはかなりプレッシャーがかかったが、彼もまたそのハードルをきちんと超えてくるという連携っぷり。クライマックスにつながる、最高のシナリオが完成した。
劇団員のバーテンダー
渡津悠介
うちの劇団員でもある渡津悠介は、正真正銘のプロのバーテンダーである。これまで数々のカクテルコンペティションに参加し全国大会3度出場、支部大会優勝、準優勝の実績もある。日本ホテルバーメンズ協会HBAバーテンダー、日本シガー教育協会シガーマネージャー、日本ラム協会ラムコンシェルジュの資格も保有している。
今回、5つの詩のペアリングカクテルはすべて彼に考えてもらった。私からの作品イメージに応えるのはもちろん、彼自身も作品を読み込み、このイベントのために特別な材料も用意してくれた。提案してくれたカクテルは素晴らしかった。けれど、彼のすごいところはそれだけではなかった。
カクテルは朗読中に楽しんでいただくために、観客には作品の朗読直前にカクテルを出したかった。そして、演出のための役者のカクテルは、朗読の合間に作って出してほしかった。なのでそのように指示したのだが、それは当日の朝。実は、バーテンダーの稽古は一日もしていない。ぶっつけ本番どころか、演出付けも当日。さすがに彼も予想以上にやることが多くて、ちょっとびっくりしていた。ごめんね(笑)。
けれど、彼は流石だった。役者たちに並んで、バーテンダーにもカクテルを作る姿を観客にしっかりと見てもらう時間を設けていたのだけれど、プレッシャーに負けることなく、宿り木のバーテンダーとしてちゃんとそこに立って仕事をした。彼の所作は本当に美しかったし、音楽にも、朗読にも劣らず、共にその世界を構成する必要不可欠なピースになっていた。
控えめに言って、最高だった。
詩と役者
実は「嘘」と「蛙」と「灰かぶり」は、役者にあてがいて作った。彼らには「読める」と思って書いた。これを読んでる彼らを観たいと思った。
狐野トシノリ「嘘」
私の願望がかなり反映されている。狐野さんにはこうあってほしいと思っているところがあったんだろうなと今は思う。けれど稽古を始めて気が付くのだけれど、狐野さんはやっぱり全然優しいし、穏やかな人だった。だから醜い部分を引き出すのに苦労した。綺麗に読み上げるし、その姿は美しいし、かっこいいし、全然醜くないし、汚くなくて、私は稽古中は狐野さんにかなり無茶苦茶言った。土下座させたし、悪態も付いた。まじ申し訳ない。でも本番を観て、やっぱりこの作品は狐野さん以外にはできないなと思った。お願いして良かった。
近藤ゆうま「蛙」
彼の出演が決まってから詩を書きだしたのだけれど、とりあえず「人間の感情を持ち合わせない天才」の作品が書きたかった。本人がどう思っているかわからないけれど、出来上がった詩をほかのキャストに聞かせたら、爆笑しながらピッタリ!って口々に言われてたのは流石に草だった。でも本人もまんざらでもなさそうで、ただ稽古が始まれば思ったより人間ぽい感じの演技をしてくれるものだから、これもまた稽古中は滅茶苦茶言った。でもゆうまさんは賢い人なので、「共感できなくても理解してくれたらそれでいい」のスタイルで稽古はスムーズに進み、ますます作品が彼にぴったりになっていってこれも草だった。
近藤あずさ「灰かぶり」
詩の一部は先に出来上がっていたので「蛙」と対にするつもりではなかったのだけれど、近藤夫婦をキャスティングした時に絶対に対にしようと思った。あずささんの小柄で華奢なビジュアルや、子供のようなお茶目さがありながらどこか妖艶さのあるミステリアスな雰囲気が、詩にぴったりだと思った。しかし稽古始め、彼女の演技におけるアウトプットがうまくいかず、なかなかに苦労した。というのも、静岡と茨城のオンライン稽古、伝えたいことが伝えられない、観たいものが観れない、で問題になったので、しびれを切らした私は一晩稽古をするためだけに新幹線に乗った。でも本当に行ってよかった。この一発で何かをつかんでくれたのか、本番の彼女は見違えるようだった。衣装もとてもよく似合っていた。えっち。
これが、劇団こいろは
本番当日、みんなが始終なごやかでワイワイキャッキャと楽しんでくれてたのは本当に良かった。ひとり緊張でピリついていたので、これは本当に救われた。本番前の休憩時間、デリバリーでピザを頼んだ時にはちょっと笑ってしまった。終演後もみんな楽しそうで名残惜しそうで、本当にうれしかった。ムードメーカーになってくれたのは近藤夫婦だと思う。それにみんなが乗っかりやすかった。きっとイチニノさんも本番前はこんな雰囲気なのかもしれないなと感じた。やっぱりいい劇団だな、と思った。
私たちも、そういう劇団でありたい。
わたしが一番負担が少ないというのに一番テンパっていたと思う。それをしみずも、渡津もずっと気にかけてフォローしてくれていた。しみずなんて、私が直前に仕事をお願いしたのにもかかわらず、「ちゃんと抱え込まず頼れたのは成長だね」と優しい言葉もくれた。私は助けてもらえた分、落ちついて本番を迎えることが出来た。
うちも負けず、最高の劇団だ。
それぞれのポテンシャルが最大減に活きて完成された。
そしてそれを、沢山の皆様に観て頂けた。
作者として、こんなに嬉しいことはない。
関わってくださったすべての人に
本当にありがとうございました。