最初はちょっぴり熱量のある話。
約1年半前、登山サークル[ほろがち]に加入した私だが、登山日記を書こうと思いたちnoteを開設した。山登りひよっこが体験した、なんてことない愉快な小話を楽しんでもらいたいわけだが、そもそも「書きたい」という変え難い感情を引き出してくれたのは、他でもないほろがちでの出会いだった。
「人生を変えるのは出会いだ」
使い古された表現だが、使い古されるってことはそれだけみんなが使っている言葉で、イコール事実なのだと思う。
[ほろがち]は、“気の合う仲間を発見し、やってみたいを実現する場を作ること“を使命に、“自分好みの人間関係で有意義な時間を過ごせるようになること“を目標としている。
私は子どもの頃、「好き」から「やりたい」を見つけるのが得意だった。パン屋さん、犬のトリマー、ネイリスト、アパレル店員…たくさんのものに憧れた。だんだんやるべきことや楽しいことが増えて、目の前のことをこなしていくうちに未来の自分を想像することがなくなっていった。
そんな時に大学3年生になり、就職活動を迎えた。自分がしたいこともやりたいことも何もないまま、現実的に考える癖だけはあった。自分の強みもわからなかったから、未来を考えれば考えるほど、就職活動に取り組めば取り組むほど、自分には何もないと思えて言いようもない不安に苛まれた。
履歴書作成もSPI試験も適性検査も辛かったけれど、それを乗り越えられる意欲がないことが一番つらかった。やりたいことがある友人はもちろん、「無難に銀行かな」と言っている友人が羨ましかった。私には無難すらなかった。
それでもなんとか就職できたが、やりたいかもと思う程度の仕事だったから、プライベートを犠牲にしてまで取り組めなかった。仕事は仕事と割り切ろうと転職して2社目に勤めている今も、これでいいのか?と無性にモヤモヤに駆られる時がある。
あの時から感じている「やりたい」を見つけられない虚無感を引きずりつづけ、どこかでコンプレックスになっていた。
そんな私が今、書きたい!と思う気持ちに溢れている。
そう、やっと「やりたい」ことに出会えたのだ。ほろがちのおかげで。
きっかけは、初めてリーダーと一緒になった山行の翌日に届いた1件のメッセージ。
「インスタのナカノヒトに興味ありませんか??」
急な展開に思考回路がパンクして、まずそっとみないフリをした。
山行中にインスタの話をしたわけでもないし、仕事でそういった業務をしているわけではないし、ましてや個人でもインスタをやったことがない登山初心者の私に提案してくる内容なのか?この人は何を言っているんだろうと疑った(今だから正直に言わせてもらう)。
でも、私は楽しそうと思ったら飛び乗るのが性分なので、慎んで引き受けることにした。
ノリのいい性格でもあるので、せっかくやるならと自分が理想とするインスタ運営のプレゼンをした。それをめちゃめちゃ褒めてもらった。その後の登山情報をまとめた投稿ネタも、リーダーはじめインスタ運営チームはみんな面白がって褒めてくれた。周りのメンバーもたくさん、たくさん協力してくれた。これやりたい!こんなのどうだろう?というアイディアも、私が作り出したものも、ほろがちのみんなは心からいいねって言ってくれる。
それがとても嬉しくて楽しくて、素の自分を認めてもらえたようで、安心できた。
あの日の「2ヶ月間とりあえずやってみない?」から、はや1年が経っている(まあ、トライアルといううちの継続業務になるだろうとは思っていた)。
この経験が、私は書くことでみんなに喜んでもらうことが好きだということに、気づかせてくれた。やりたいことがわからない自分への劣等感から抜け出すドアが開いたようだった。
そう、ほろがちで出会えた人たちのおかげで、ずっと探し続けていた「やりたい」をみつけられた。
このnoteが更なる出会いを運んでくれたら素敵だと思いながら、ここから私の[ひよこの山日記]を始める。