クレーンとイントレ
「クレーン」と聞いたら何を思い浮かべますか?
よく建築中のビルの上に乗っかってる、重いものを吊るして引き上げるアレですよね? ──訳語で言うと「起重機」。それ、英語で書けます?
はい、英語の綴りは crane です。では、逆に crane を辞書で引いてみてください。
そう、「鶴」なんですよね。あの機械はその形が首の長い鶴に似ていることから crane と呼ばれるようになったのです。
では、何故私たちはクレーンと言われて鶴ではなく起重機を思い出すのでしょう? それは、現代の日本に住んでいれば(と言っても、ま、場所にもよりますが)、鶴よりも起重機を見ることのほうがよほど多いからであるとも言えます。
そして、我々の多くは「鶴」の英訳である crane よりも、「起重機」の英語名であるクレーンのほうを先に知ってしまったから、だからそちらの意味のほうが脳裏にこびりついているのではないでしょうか?
私の場合は、辞書で初めて crane を引いた(教科書に「鶴」の意味で載っていました)時にも、頭の中では全く「起重機」とは結びつかず、何年も後になってから、この2つが同じ単語であることに気がついたのでした。
そういう例って他にもあるでしょうか?
まず思いついたのが「コーン」。と言ってもトウモロコシのコーンではなく、アイスクリームのコーンです。
そう、ソフトクリームやアイスクリームを買った時に、「コーンにしますかカップにしますか?」と訊かれるアレです。日本語では長音も二重母音も同じように棒引きで表して長音にしてしまうのでややこしいのですが、あれは corn ではなく cone なのです。
私は長らくアイスクリームのコーンというのは、あのアイスクリームが乗っかっている、ウェハースの硬いやつみたいな食材の名前だと思っていました。ところが、いつだったか辞書を引いて初めて、あれは cone であり、「円錐」の意味だということを知ったのです。
形状名だったんですね。そう言われれば確かに円錐形の容れ物ではありますが、逆立ちしているので円錐だと思ったことは一度もありませんでした。
そう言えば、工事現場で車止めに使われるプラスティックの円錐もコーンと呼ばれています。何のことはない、日本では ice-cream cone も traffic cone もいっしょくたにコーンと言われていただけのことでした。
そして、もうひとつは「ストロー」。
これはもう説明不要ですね。クレーンに非常に近い例です。最初は本当に麦わらで飲み物を吸っていたのかも知れませんが、今やストローと聞いて真っ先に麦わらを思い浮かべる日本人は皆無に近いでしょう。
さて、さらにそれ以外でとなると、あまり一般的ではありませんが、面白い例があります。
それは「イントレ」です。
イントレというのは映画やテレビの業界用語で、俯瞰撮影するためのカメラの台(足場)です。高さからすると「台」と言うよりも「塔」の感じで、テレビでは金属のパイプを組んで作ることが多く、ゴルフ・トーナメントや野外コンサートの中継などに多用します。
このイントレは何かと言うと、元々は intolerance だったのです! 英語に強い人なら、ナニソレ? intolerance って「不寛容」じゃないの?と言うかも知れません。はい、その通り、その intolerance なのです。何故不寛容がカメラの足場なのか?
それは映画の父と言われる D.W.グリフィス監督の代表作『イントレランス』に因んでいます。この映画は人類の歴史の中で、不寛容のために神の怒りを買って災厄を受けるいくつかの物語を描き、当時のアメリカ社会の不寛容を告発するものであったと言われています。
その中でバビロンの街などの壮大なセットにライトを当てるために組まれた巨大な足場が、後々この映画に因んでそのまま intolerance と呼ばれるようになったのです。
因みに、私はこの映画を観ています。1989年2月27日、日本武道館での特別上映会でした。1916年製作という古い映画であるにもかかわらず、ものすごい大迫力であったことを憶えています。そして、その時にイントレの語源であることを初めて知ったのでした。
なお、イントレランスというのは、映画制作のためには妥協を許さないグリフィス監督の不寛容さを表したものであるという穿った説もあるようです。真実はどうなのか知りませんが。
今、そういう由来を知らないまま、イントレという言葉を使っている業界人が山ほどいます。しかし、だからと言って、それを責めるのではなく、ここは映画の趣旨に沿って、寛容の精神を以て遇しましょう(笑)
そう言えば、テレビの現場では、カメラはイントレの上に載っていることもあれば、クレーンに積まれて動き回っていることもあります。
いずれにしても大所高所から物事を見よということなのかもしれません。