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「◯球」──球技の名称についての考察


人気漫画『ハイキュー!!』のタイトルは、言うまでもないですが、バレーボールが昔「排球」と呼ばれていたことを踏まえたものです。

明治以降の日本人は、外国語を訳すときに、それが今まで日本になかった物や概念であった場合、それらしい漢字を当てはめて新しい日本語を作ろうとしました。例えば明治初期に作られた「自由」とか「権利」とか「哲学」などという言葉がその例です。

そして、スポーツの世界でもそれは行われました。多くの球技に「◯球」という訳語があります。

野球

さて、今ではバレーボールやバスケットボールのことを「排球」とか「籠球」なんて言う人はほとんどいませんが、しぶとく残っているのが「野球」です。いまだにベースボールと言わず、野球と言うのが一般的です。

しかし、baseball を何故「野球」と訳したのでしょう?

「野球」だったら fieldball じゃないですか? baseball だったら「塁球」じゃないでしょうか?

「塁」という漢字が難しいから避けたんでしょうかね?

「塁」という字は本来的には軍隊用語で、今では野球以外の場でほとんど目にすることがありません。「堡塁ほうるい」という言葉があるのは知っていますが、日常生活では見たことも聞いたこともありません。

と言うか、なんでまた base に「塁」みたいな滅多に使われない字を充てたのでしょう?

と言うか、なんでまた baseball は baseball と言うのでしょう?

野球をひとことで言うと、投手が投げた球を打者がバットで打つスポーツです。何故 base = 塁をスポーツの名称にしたのか、今イチ合点が行きません。

中国語では野球のことを「棒球」と書くらしいですが、そのほうがよほど野球の特徴を表しているような気もします。

でも、棒で球を叩くスポーツは他にもあって、例えばゴルフがそうです。それを考えると、塁を使うスポーツは他に類を見ない(すみません)ので、やっぱり baseball という名称は他のスポーツとは違う野球の特徴を正しく表しているのかもしれませんね。

ちなみに中国語ではゴルフは「高尔夫球」と書くらしいです。「高尔夫」 は golf の音訳でしょうね。

排球

上にも書いた通り、volleyball には「排球」という文字が充てられました。

volley は元々は「一斉射撃」という意味だったらしいですが、我々に馴染みのあるのはテニスの「ボレー」です。相手のショットをノー・バウンドで返すやつ。確かにバレーボールも相手のショットをノー・バウンドで受けなければなりませんものね。ボールがコートでバウンドした瞬間に失点になるという珍しいスポーツです。

では、逆に「排」はどういう意味でしょう? 我々がよく使うのは「排除」とか「排出」とかいう単語で、つまり「取り除く」とか「押し出す」とかいう意味です。自分たちのコートから相手のコートにボールを押し出すからでしょうか?

あるいは、辞書を見ると「強く突く」という意味も載っています。それを当てはめたのかもしれません。

しかし、それにしても、日本語への音訳ではよくあることですが、テニスの volley はボレーなのに volleyball ではバレーになっているところが面白いですね。

籠球

前述の通り、basketball は「籠球ろうきゅう」です。basket が「かご」なので、これはそのまんまの直訳ですね。

庭球、卓球

tennis の語源が何なのかは知りませんが、これは baseball や basketball みたいな合成語ではないので、直訳ができません。それで「庭球」という造語をしたようです。

なるほど、テニスコートが「庭」だというわけですね。それもどうだろうという気がしないでもありませんが(笑)

じゃあ、もっと狭いところでやる場合は「庭」と言わず「卓」にしましょうかね、なんて感じで「卓球」という言葉ができたんでしょうか?

「卓球」は英語でいうと ping pong ですが、table tennis という言い方もあり、ここでは「卓」と table が符合しています。

蹴球、送球

soccer は足で蹴るから「蹴球しゅうきゅう」というのはまことに納得が行く訳語です。でも、大本の soccer という言葉はどこから来たのでしょう?

これは広く知られていることですが、Association Football から来ています。

協会が作ったルールによるフットボール、みたいな感じでしょうか。その association から soc を抜き出して er をつけたのが soccer です(母音が変化しないように c を重ねています)。

つまり football の一種なんですよね。

イギリスで football と言えばまず サッカーのことですが、アメリカでそれを言う場合は大抵アメリカン・フットボールを指しています。この辺りは人気度の違いですね。

ちなみに、日本では昔サッカーのことを「ア式蹴球」などとも言ったようです。「ア式」などと言うとアメリカン・フットボールのことではないかと思ったりもするのですが、この「ア」は「アメリカン」ではなく「アソシエーション」の「ア」なのだそうです。

ところで、football なのにどうして「足球」ではなく「蹴球」にしたんでしょうね? ま、今となってはそのほうがしっくり来る気はしますが。

同じように handball も「手球」ではなくて「送球」と訳されました。野球だってソフトボールだって「送球」するんですけどね。

ちなみに中国語ではサッカーは「足球」、ハンドボールは「手球」と書くらしいです。

撞球

近年日本では外国から新しい言葉が入ってきても、それを訳そうとはしないで、カナ書きでほったらかしにするのが一般的です。

映画の題名にまでそういう傾向が広がっています(そのことについてはここ ↓ に書きました)。

そういうわけで、日本人にとって比較的最近(と言っても随分幅がありますが)入ってきたスポーツ、例えばゴルフやボウリングやラクロスには「◯球」といった訳語が存在しません。

(と言いながら念のために調べてみると、ゴルフには「打球」「孔球」「芝球」、ボウリングには「十柱戯」という訳語があったと知ってびっくりしました。いずれにしても今では完全に消えてしまった表現ですが)

それを考えると、ビリヤード(billiards)に「玉突き」と並んで「撞球どうきゅう」という訳語があることに驚きます。ビリヤードは早い時期に日本に伝わった、格式の高い競技だったのかもしれません。

ちなみに「撞」は「突く」という意味です。

水球

水球は日本では「水球」以外の呼び方を聞いたことがないので、果たして英語ではどう言うのかと思って調べてみたら、なんと water polo なんだそうです。

polo などと言われるとほとんどの日本人には全く馴染みがないですよね。

しかし、ポロってあれでしょ? 馬に乗ってスティックで球を打つやつ。水球のどこにあれとの共通性を感じたのか不思議でなりません。

闘球、杖球

「闘球」なんて聞いたこともありませんでしたが、調べてみると第2次世界大戦中はラグビーのことをこう呼んだらしいです。 rugby はラグビーフットボール発祥の地とされるラグビー校から来ているので、訳しようがありませんものね。

しかし、それにしても「闘球」とは凄まじい名前をつけたものです。まあ、球技の中でもとりわけ激しいスポーツですから、分からないでもないですが。

また、前述の「ア式蹴球」に対して「ラ式蹴球」ということばもあったらしき(すみません)ことを示す文献もあります。

また、ホッケーには「杖球じょうきゅう」という訳語があったそうで、これもびっくり。これは上級問題ですね(すみません)。

しかし、あれは「杖」なんですか? 杖って体を支えるもんじゃないの? 杖で叩いちゃいかんでしょ。

その他

さて、他にはどんな「◯球」がありましたっけ?

僕らの世代が小学校のときによくやったドッジボールやポートボールにはその手の訳語はありませんよね?

ポートボールは僕が訳すなら「輸球」かな、と思ったりします。

また、ドッジボール(小学生の時はてっきり「ドッチボール」だと思っていたのですが)は、英語では dodge ball で、これに漢字を充てるなら「避球」みたいなことになります。

あれはボールを受けて、投げてつけて、敵に当てるスポーツだと思っていたのですが、投げられたボールを dodge = けることが基本だったんだと認識を新たにしました。

いずれにしても、こういう訳語を洗って行くと、単に興味深いだけではなく、何とかこれをそれらしい日本語にしようと頭をひねった先人たちの努力が忍ばれ、感謝の気持さえ湧いてきます。

先人たちにサンキュー!🐾(←これは肉球)


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山本英治 AKA ほなね爺
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