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言葉の音に引っ張られる
言葉の響きに引っ張られて意味を間違えてしまうことってありますよね?
たとえば、「はんなり」「あざとい」「おっとり刀」「可及的速やかに」「すべからく…すべし」「嗚咽」「煮詰まる」などについては、前に note に書いたとおりです。
これらの言葉が本来の意味ではない意味に取り違えられてしまうのは、違う意味の単語に音が似ているからではないか、と私は考えています。
今回は他の例についても書いてみたいと思います。
「手をこまねく」と「手招き」
文化庁が発表した「平成20年度『国語に関する世論調査』の結果について」(平成21年3月調査)の「10.言葉の意味」に「手をこまねく」の意味についての調査結果が載っています。
辞書的な正解は(ア)何もせずに傍観している ですが、(イ)準備して待ち構える の意味だと思っている人のほうが多いと知って大変驚きました。
これは多分「こまねく」 ⇒ 「招く」という連想によるのではないかと思うのです。手招きするんだから待っているんだろう、という。
でも、実際には「こまねく」は「まねく」と音が似ているだけで全く関係のない単語で、漢字では「拱く」と書きます。四字熟語がお好きであれば「拱手傍観」という表現を知っている方もおられるでしょう。「腕組みして傍で見ているだけ」という意味です。
この報告書、他の例もたくさん載っているので、「10.言葉の意味」だけでも読むと面白いかと思います。「破天荒」なんてのは音ではなく字に引っ張られた例ですよね。「破」とか「荒」とかいう漢字を見ていると、そりゃあ「型破り」とか「荒っぽい」という意味だと勘違いしますよね。
「すっとこどっこい」と「ごっつい」
音に引っ張られる例に戻ると、以前会社の同僚に「すっとこどっこいって、おっちょこちょいみたいな意味ですか?」と訊かれたことがあります。これも音が似ていることからの連想なのかなと思いました。
ちなみに、僕が働いていたのは大阪の会社で、社員の多くは関西人でしたが、僕が東京支社の経験が長かったので訊かれたわけです。
僕は「いや、それは違う」と答えて、少し考えてから「むしろ、ドアホとスカタンを足して2で割ったような表現かな」と付け加えたら、語感から想像したのと随分違うと驚いていました。
関西弁絡みでよくあるのは、「ごっつい」です。「ごっつい」は本来は「大きい」「でかい」という意味で、比喩的には「すごい」、副詞的に「ごっつう」という使い方をすれば「とても」という意味になりますが、関西以外の出身の方は、この言葉を聞くとどうやら「ゴツゴツした」というイメージを持ってしまうようですね。
この辺りは前に書いた「はんなり」と同じような構造なのではないでしょうか。
「ゴージャス」と「ファンシー」
あと、外来語にもそういうのはあって、たとえばゴージャスという表現は、日本人は結構「豪華な」みたいな意味で使いがちですが、英英辞典で gorgeous を引くと beautiful; very attractive などと書いてあり、目を瞠るような美しさを表す言葉であって「豪華」とは少しニュアンスが違います。
これも「ゴージャス」が音の似ている「豪華」に引っ張られたからではないかなと私は思っています。
ファンシーも同じですね。日本ではその単語から可愛いぬいぐるみなどを想像してしまうのは、ファンタジーと似ているからではないでしょうか? fanncy にもそれに似た意味はあるにはあるのですが、米国で主に使われるのは「高級な」「豪華な」という意味で、「ちょっと普段はあまり手が出ない」みたいなニュアンスを含みます。
英英辞書を引くと、decorative or complicated とか expensive などと書いてあります。
「やんごとない」と「よんどころない」
音に惑わされて、似た単語の意味を取り違えることもよくあります。
たとえば「やんごとない」と「よんどころない」。「やんごとない」は古文の教科書に載っていた『源氏物語』で初めて目にした方も多いのではないでしょうか。「身分が高い」「高貴な」という意味ですよね。
それに対して「よんどころない」は「拠り所がない」から転じた言葉で、「他にやりようがない」「するしか仕方がない」という意味です。
この2つはしばしば混同されて、「よんどころない用事で」と言うつもりで「やんごとない用事で」などと言っている人がいます。ただ、「やんごとない」は「止むことない」から転じた言葉であり、従って「やむを得ない」という意味もあって、実は「やんごとない用事」は間違いではないのです。
ただし、そこまで分かって使っている人がどれくらいいるかと言うと少し疑問です。
「なおざり」と「おざなり」
あと「なおざり」と「おざなり」もよく混同されます。これも音が似ているからややこしいのだと思います。「この2語は別語である」とわざわざ註記を入れている国語辞典もあります。
「なおざり」は「言われても何もしない」、「おざなり」は「テキトーにやっちゃう」みたいな感じですが、微妙に意味も近いので余計にややこしいですね。
新しい表現に出会ったらできるだけ辞書で確認したほうが良いということですね。音が似ているからと言って思い込みでテキトーに理解してしまうことは避けたいところです。
とは言いながら、大多数の人が間違って使い始めると、やがてその意味は定着してしまいます。そこが言葉というものの厄介なところであり、面白いところでもあると私は思っています。
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