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『ボクたちはみんな大人になれなかった』 #映画感想文
映画『ボクたちはみんな大人になれなかった』を観てきた。NETFLIX と映画館での同時公開である。
僕の twitter のタイムラインには原作者の燃え殻さん周辺の人が多くて、この映画に関しても頻りに呟かれていたのだけれど、なんとなく内輪で褒めている感じがして、実はあまり観る気はなかった。
でも、伊藤沙莉が出るのであれば観たいなと思ったのは確かだし、何よりも高田亮が脚本を書いているというのが決め手になった。
冒頭、ゴミ置き場に倒れ込んだボク/佐藤(森山未來)と七瀬(篠原篤)をかなり上から捉えたカメラがスルスルッと降りてくる。とても面白い構図。
この映画、他でもボクと彩花(片山萌美)が東京タワーが見えるホテルの窓際にいるところを斜め上から狙ったり、カラオケでデュエットするスー(SUMIRE)とボクをちょっと下からあおったり、アパートの廊下の先で公衆電話をかけているボクにカメラがゆっくりゆっくり寄って行ったり、結構頑張ったカメラワークをしている。
監督は森義仁。日本映画学校を出て阪本順治、犬童一心、林海象らの助監督を務めたあと、MV や CM の世界に転じ、たくさんの賞を獲っている人で、映画監督はこれが初めてとのこと。そのキャリアを聞くと、この映画の画作りに納得が行く。
映画は 2020年から 1993年まで時代を遡って行く(しかも、その順番で撮って行ったらしい)。この構成は森監督と高田亮が議論を重ねて組み立てたものだそうだ。このアイデアは秀逸だった。
テロップやフリップなどを制作するデザイン/CGの会社に務めてちゃんと食えるようにはなってきたが、思いとしては今もって何者にもなれていない現在のボクを先に観客に見せておいて、そこからその少し前の時代、少し前の時代と逆に辿って行く。
これはなかなか痛々しい。希望や楽観を持ってストーリーを追うことができないのだ。
そして、あるシーンで今イチ意味が分からなかった台詞や謂われが、次のシーンで明かされ、そこで分からなかったことがそのまた次のシーンで明かされ、という具合に繋がって行く。
だから、例えば2015年に facebook の「知り合いかも?」で現在のかおり(伊藤沙莉)を見つけたボクが言う「普通だね」という言葉が、時代を遡るごとに意味が塗り重ねられてどんどん痛々しくなってくる。
「キミは大丈夫だよ」も同じである。ものすごく巧い脚本だ。
この映画のメインの部分はボクが生まれて初めて「自分より好きになった」女の子・かおりへの断ち切れぬ思いを描いている。が、かおりが登場する場面が来るまで、それはあまり伝わって来ない。
1999年のラブホテルでのかおりとのシーンを経て、1995年のかおりと初めて会ったシーンで、ボクの思いも観客の思いも爆発する。伊藤沙莉のなんと可愛いこと! こんな娘が現れたら一発でやられてしまう。
かおりが一体どんな女の子で、何を考え何を目指していたのかは映画ではあまり語られていないし、原作小説にもあまり書き込まれていないらしい。
燃え殻は言っている:
いや、なんだろう…あの子のことがわからない、っていうことを書いているんですよね。わかったら、たぶん一緒にいられたんだけど。
パンフレットに解説を書いている映画評論家の川口敦子はうまいことを言っている:
フツーが嫌いなフツーのふたりをみごとに体現する森山未來と伊藤沙莉の素敵は改めてここで述べる必要もないだろう。
原作では小説内に溢れるサブカル的なワードばかりが注目を浴びたようだが、これはそういう作品ではない。むしろそういう表面に囚われてばかりだった自分へのうっすらとした嫌悪感さえ感じさせる。
リアリティは細部に宿るとよく言われるが、ここで言う細部は懐かしいサブカル的要素のことではないのである。
僕はこの映画では、紙焼きテロップをバイクで輸送中に転倒したボクがヤクザのチンピラ(奥野瑛太)に助けられるシーンが、妙に、そしてものすごく印象に残っている。リアリティはこういう脇道に宿るのかもしれない。
46歳から21歳までをひとりで演じきった森山未來もすごいが、伊藤沙莉のファンにもこれはたまらない映画になったと思う。
切ないとか、ほろ苦いとか、エモいとか、そういう一語で語ってはいけない映画だと思った。
(この映画評は昨年11月に自分のブログに掲載したものを、今回のお題募集に応じて少しだけ筆を入れたものです)
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