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WHOが「ミュー株」を「注目すべき変異株(VOI)」に指定 時事通信が不正確報道

9/1公開 9/2修正・追記

 WHOはB.1.621系統の変異株を「注目すべき変異株(Variant of Interest、VOI)」に指定した。この系統の変異株は「ミュー株(Mu)」と命名されている。

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VOIの一覧。赤枠がミュー株(WHOより引用、赤枠は筆者追加)

ミュー株とは

 ミュー株は今年1月にコロンビアで確認された。ベータ株やガンマ株と同じ「E484K」「N501Y」といった変異がスパイクたんぱく質でみられる。E484K変異は抗体の効果を低下させるとされ、N501Y変異は感染力を強めるとされる。またこのほか、シータ株(現在はVOIリストから外れている)で見られる「P681H」といった変異も確認されている。(参考:欧州疾病予防管理センター

 ベータ株やガンマ株はVOIより上位の「懸念される変異株(Variant od Concern、VOC)」に指定されている。ミュー株はVOC指定の変異株と同等の危険性を持つと見るべきだ。

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ミュー株でみられる変異(outbrake.infoより引用)

 新型コロナウイルスのゲノムデータを収集・公開しているGISAIDによれば、ミュー株(B.1.621.1系統も含む)は9月1日現在、42の国・地域で計4726件検出されている。

 報道によると、世界的には減りつつあるようだが、コロンビアでは有病率が39%に達しているという。

ミュー株の警戒状況

 日経新聞によると、B.1.621系統がVOIに指定され「ミュー株」と命名されたのは8月30日。それまではVOIより下位の「警戒(Alerts)」リストに位置付けられ、名前は与えられていなかった。なお、Internet Archiveで確認したところ、WHOは日本時間で7月6日の夜にこの警戒リストのウェブページへの掲載を開始しており、公開時からB.1.621系統がリスト入りしている。

 9月2日現在、VOCには4つ(アルファ・ベータ・ガンマ・デルタ)、VOIには5つ(イータ・イオタ・カッパ・ラムダ・ミュー)、Alertsには10個(以前VOIだったイプシロンを含む)の系統が指定されている。日本も独自にVOC・VOIのリストを設けているが、検出数の少ない変異株は監視対象としておらず、厚生労働省の9月1日の資料によると、国立感染症研究所はVOCとして4つ(WHOと同様)、VOIには1つ(カッパ)だけを指定している。したがって、言わば日本式のVOC・VOIのリストでは、現時点でラムダ株やミュー株は集計対象となっていない。

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日本のVOC・VOI指定状況(厚生労働省ウェブページより)

日本でも検出例

 GISAIDによれば、ミュー株は日本からも2件の検出報告がある。最新のものは7月5日の報告だ。現時点で日本国内では拡大していないと思われる。

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日本と世界のミュー株の検出状況(GISAIDより引用)

 厚生労働省によると、2件はいずれも空港検疫での検出であり、UAEとイギリスから到着した2名だという。

時事通信の報道に違和感

 厚生労働省の発表を受けて、時事通信社が「『ミュー株』国内初確認 空港検疫で2例 厚労省・新型コロナ」と題した記事を配信した。

 この記事にはいくつか問題点があるように思われる。まず、「国内での感染確認は初めて」と記述している点だ。これだと、以前から監視対象となっていたものが遂に検出されたと誤解される可能性がある。その上で「6月と7月に(中略)女性2人から、変異した『ミュー株』が検出されたと発表した」とも書いている。これだと、厚労省が2~3ヶ月もこの件を黙っていたと誤解されるのではないか。

 改めて説明するが、実際は8月30日にWHOがB.1.621系統の変異株を要注意リストに入れた事を受けて、改めてマスコミ用に公表したのである(B.1.621系統変異株の検出情報は検出直後にGISAIDに報告され、GISAID上で公表もされていた)。日経新聞によると「世界保健機関(WHO)が8月30日に注目すべき変異型(VOI)と位置づけてミュー株と命名した」との事なので、6~7月に検出された段階では「ミュー株」という名前すら与えられていなかった。その時点では従来株と同様の扱いであり、公表されていないのは当然だ。こういった経緯を正確に報じなければ誤解を与える。

 当該記事をトップに置いてしまったYahoo!ニュースには、明らかに誤解してしまっているコメントに対して「そう思う」ボタンが2万以上も押され、上位コメントとなっていた。

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ヤフコメより引用

 また、非常に細かい話だが「世界保健機関(WHO)が8月末に『注目すべき変異株』に分類した」と記載している点にも違和感を持った。AFP通信は「世界保健機関(WHO)は8月31日、1月にコロンビアで最初に確認された新型コロナウイルス変異株『ミュー株』を注視していると明らかにした」と報じており、VOIに指定されたことがマスコミに明かされたのが8月31日で、VOI指定が報じられたのは9月1日だ。つまり、厚労省は報道当日にはミュー株検出を公表したことになる。だが、今回の発表がWHOのVOI指定を受けてのものであると理解していたとしても、VOI指定が「8月末」だと書いてしまえば、公表まで数日ほど時間がかかったような印象を与える。感染症は時間との勝負である。その事を理解しているはずのマスメディアとは思えない曖昧な記述だ。

 マスコミは正確さこそ命ではないのか。このような曖昧で誤解を与えかねない記事が許されていいのだろうか。


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