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安倍元首相銃殺 怒りの滲む全国紙

 8日、奈良市で安倍元首相が選挙演説中に銃撃を受け、同日中に死亡が確認された。昨年の発砲事件における死者がわずか1人の日本において、著名な首相経験者が公衆の面前で射殺される未曽有の事態。世界中が震撼した。

民主主義への深刻なダメージ

 容疑者の動機について、政治信条に対する恨みが動機ではなく、特定の宗教団体と関わりを持っていると思ったことが動機であると報じられている。政治活動や政策に不満があっての事ではないとしても、要人に対し暴力で訴えた点や、民主主義の根幹である選挙で選出された代議士を射殺した点で、民主主義・法治主義に対する凶行だと言える。選挙演説の最中で起こったという点も深刻だ。

 人の命は等しく重く、「政治家だから殺したらダメ」と言うわけではない。しかし安倍氏は多くの国民の声を背負っていたうえ、数々の功績を積み上げてきた数少ない政治家であり、今まさに日本を支えている与党の重鎮でもあった。安倍氏は様々な問題を受けて批判の声も多かったが、支持者も多く、首相への再登板を期待する声もあった。安倍氏を支持する無数の人々の民意が暴力で奪われたのは事実だ。今後の自民党内の混乱が予想される。

 どのような動機であれ、1人の人間を攻撃したというだけでなく、日本を支える権力を毀損し、民主主義をも破壊したと言うほかない。いくら個人的な恨みがあったとはいえ、犯人の責任は重大だ。

 また安倍氏自身、憲法改正に向けてもまだ道半ばだったと思われ、今回の出来事は本人にとっても大変悔しい出来事なのは間違いない。謹んでお悔やみ申し上げるとともに、心からご冥福をお祈りする。

新聞各紙の報じ方は

 今回の大事件に対し、新聞各紙は8日に号外を発行したほか、紙面で非常に大きく報じた。今回見比べた9日の朝刊を見ると、全国紙5紙はいずれも1面で黒地に白字の見出し(カット見出し)で「安倍元首相 撃たれ死亡」と表記。ただし毎日新聞のみ「安倍元首相 銃撃され死亡」だ(撃たれ死亡、という表記の版もあるようだ)。この見出しは5紙いずれも1~2段分の高さで、幅は右端から左端までぶち抜いており、全国紙が揃ってこの規模で報じるのは11年前の震災以来かもしれない。

全国紙5紙の7月9日朝刊の見出し。上から産経、読売、日経、朝日、毎日。

 また、各紙からは驚きと共に民主主義を否定する蛮行への怒りも感じられる。各紙は大きな見出しで事件の衝撃を伝えると共に、コラムや社説で総じて犯人を強く非難している。各紙がどのような非難の言葉を並べているかを、新聞社の主張が記される社説やコラムを中心に一部紹介する。

読売新聞 強い怒りを感じさせる

 業界最大手の読売新聞は、1面の左に編集局長の前木理一郎氏の意見を掲載。「卑劣な言論封殺 許されぬ」と題し、文中で「絶対に許されない」「テロ行為は断固として許してはならない」「議会制民主主義の全面的な牌行為だ」と、何度も強い言葉で非難している。末尾では「素顔の安倍元首相は心優しく……」と書き、「卑劣な蛮行を心から憎む。許せない」と締め括っており、個人的に強い怒りを持っている事を感じさせる。

 警備を担当した警察への苦言も見られる。「一体、警備体制はどうなっていたのか」「国家的失態だ」「関係者に緩みがあったのではないか」と警察を厳しく糾弾しており、警護対象者である安倍氏を死なせてしまった点に怒りを滲ませている。

読売新聞 朝刊 7月9日 大阪本社 13版 1面より

 1面左下のコラム「編集手帳」では、執筆者の印象や思いが端的に記述されていた。「ご冥福をお祈りしたい。民主主義を脅かす蛮行に負けまいと」と締め括っている。

 3面の社説でも、見出しに大きく「卑劣な凶行に怒り禁じ得ない」と掲載。文中では「卑劣極まりない蛮行であり、断じて許せない」「容認してはならない」と重ねて犯人を強く糾弾している。また、やはり警察への非難も止まらない。見出しに「要人警護の体制不備は重大だ」と記し、文中でも「対応に不備があったのは明らかだ」「治安当局の責任は重大である」と強く非難している。

 言論封殺への非難と共に、安倍氏の死亡に対する怒りを非常に強く表出させている。安倍氏の心優しい人柄を紹介したり、五輪を乗り切った功績などを併せて紹介しているなど、安倍氏に親しい政治的傾向が見て取れる。

 なお1面では、安倍氏が搬送されている様子を写した写真を掲載している。26面には、1頁のおよそ半分の面積を使って、安倍氏がストレッチャーで搬送されている写真を非常に大きく掲載している。読売新聞に掲載された事件直後の安倍氏の写真は、他紙と比べて鮮明さに欠け、血液は一切映っていない。なお、犯人が捕らえられる様子の撮影にも成功しており、連続写真が掲載されていた。

デジタル版記事はこちら
卑劣な言論封殺 許されぬ編集局長 前木理一郎(有料)
7月9日 編集手帳(有料)
社説:安倍元首相銃撃 卑劣な凶行に怒り禁じ得ない要人警護の体制不備は重大だ

朝日新聞 民主主義の重要性を強調

 朝日新聞は安倍政権に否定的だったが、当然今回の犯行を批判している。

 1面の左の社説では、「民主主義の破壊許さぬ」と題し、「銃弾が打ち砕いたのは民主主義の根幹である」とし、「全身の怒りをもって、この凶行を非難する」と怒りをあらわにしている。政治家への批判はあっても「生身の肉体をもって裁かれるいわれはまったくない」と記し、また、安倍氏に「心から哀悼の意を表する」と記している。

朝日新聞 朝刊 7月9日 大阪本社 13版 1面より

 1面下部のコラムの「天声人語」でも、政治家への暴力に対し「何度非難しても非難し足りることはない」と強く糾弾している。選挙の場で凶行に及んだ犯人を非難すると共に、文中では民主主義の手続きの重要性を強調している。社説の末尾でも「民主主義を何としても立て直す」「その覚悟を一人ひとりが固める時である」と読者に訴えかけている。

 ところで、2面の見出しでも大きく「民主主義へ銃口」と記載し、民主主義への凶行を非難する姿勢を改めて強調している。

朝日新聞 朝刊 7月9日 大阪本社 13版 2面より

 社説では、安倍氏が財政赤字を拡大させた点など、政策に対する批判も展開している。しかし民主主義のプロセスを重視し、今回の凶行は許されざるものであるという考えを明確にしていると共に、故人を悼む箇所もみられた。

 なお、裏表紙(裏一面)の裏となる32~33面では、1面を上回る2段分のカット見出しで大きく「聴衆の眼前 凶弾」「元首相標的 憤り」と掲載。32面では警備体制についての記事も掲載している。朝日新聞は犯人が捕らえられる様子を鮮明に撮影する事に成功しており、30面に連続写真を大きく掲載している。同面では安倍氏が倒れ込んでいる写真も掲載されている。

デジタル版記事はこちら
(社説)民主主義の破壊許さぬ
(天声人語)選挙期間中の凶弾(有料)
(時時刻刻)民主主義へ銃口 閣僚ら遊説取りやめ 「暴力に屈しない」最終日は再開も 安倍氏死亡(有料)

毎日新聞 朝日同様に民主主義を重視

 安倍政権に対してはかなり批判的な姿勢だった毎日新聞。しかし今回の行為は厳しく非難している。

 1面の左には主筆の前田浩智氏の意見が掲載された。「民主主義への愚劣な挑戦」と題し、文中で「断じて認めるわけにはいかない」「暴力で言論を葬り去る行為に理はない」と犯人を厳しく非難した。

毎日新聞 朝刊 7月9日 大阪本社 12版 1面より

 1面下部のコラム「余禄」では、戦前の政治家に対するテロを挙げ、「戦前テロの連鎖をメディアは食い止めることができなかった」とし、「政治活動や言論を封殺する暴力を決して許してはならない」と、メディアとしての決意を記している。

 5面の社説でも、見出しに「民主主義の破壊許さない」と記し、民主主義を重視した姿勢を強調している。文中では犯人に対し「強い憤りをもって非難する」と怒りをあらわにした。「とりわけ深刻なのは、民主主義を支える選挙運動のさなかに起きたことだ」と記し、民主主義の破壊に繋がる凶行だという点で強く糾弾している。また、警察に対し「警備に隙はなかったか」と記し、疑問を呈している。

 朝日新聞と同様に、安倍氏に批判的な立場であっても民主主義への脅威は断じて認めないという強い姿勢を明確にしている。

 社説では、政治が社会の不満をすくって政治に反映させるという使命を果たしていないとし、現在の政治家に対する批判も展開されていた。また、1面では安倍氏が出血して倒れこんでいる写真を掲載。血液にはモザイク処理がなされているとはいえ、全国紙の中でも特に鮮明な写真をトップに掲示しているため、SNSでは批判的な意見も投稿されている。28面でも、1頁の3分の1ほどの面積を使って、安倍氏が倒れている写真を非常に大きく掲載している。

デジタル版記事はこちら
安倍元首相銃撃 民主主義への愚劣な挑戦=主筆・前田浩智(有料)
余禄:戦前の「銀行王」といわれた安田財閥創設者
社説:安倍元首相撃たれ死去 民主主義の破壊許さない

産経新聞 社として最大の非難

 全国紙5紙の中で最も大きい見出しで報じたのは産経新聞だ。カット見出しは2段丸ごと使い、左右にぶち抜いている。産経新聞は政治的にも安倍氏を支持している事が多く、フジサンケイグループの日枝久会長は安倍氏と親しい。

産経新聞 7月9日 朝刊 大阪本社 13版 1面より

 主張の内容はかなり強い。1面の左下に掲載された社説「主張」は、「卑劣なテロを糾弾する」との見出しで、かなり大きな面積をとっている。文中では民主主義に対する攻撃を強く非難しており、「このような卑劣極まりない犯行があってよいものか」「産経新聞社は蛮行を最大限の言葉で糾弾する」「短絡的で身勝手、粗暴な発想には身の毛がよだつ思いがする」と、他紙と比べても強い言葉が並んでいる。

 警備に対しても「警備体制にどのような問題があったのか、検証が必要」と軽く指摘している。安倍氏個人については、見出しに「計り知れぬ大きな損失だ」とあり、文中で「大きな治績を残した政治家であることは強調してもしきれない」と称え、全文の半分ほどを使って功績を紹介し、最後は「日本にとって大きな政治的損失である」と締め括っている。安倍氏への功績を大きく取り上げている印象だ。「志半ばで倒れた安倍氏を心より追悼する」と、追悼の言葉も忘れなかった。

産経新聞 7月9日 朝刊 大阪本社 13版 1面より

 1面左下のコラム「産經抄」では、記者が個人的に受けた衝撃の大きさが克明に記されている。狙撃の一報を受け、「『嘘だろ!?』と思わず立ち上がってしまった」「数時間、一行たりとも書くことができなかった」と記し、犯人を非難したところで「失ったものの大きさの埋め合わせはできない」とした。しかし、文末に「言葉は決して暴力に負けない」という決意を記している。

 また、3面では政治部編集委員の阿比留瑠比氏の意見も掲載。「『天職』を持った稀有な政治家」との見出しで安倍氏の功績を多く記し、「人柄は優しく誠実」と人柄についても称えた。また、左派文化人や一部のマスコミについて「安倍氏に対しては何を書いても言ってもいいとばかりに、罵詈雑言を浴びせてきた。憎悪をあおる彼らには、これまでも行きすぎた場面が多々見られた」と批判している。犯行に対しては「民主主義の否定そのものである」と非難した。

 産経新聞は、民主主義への攻撃を非常に厳しく糾弾すると共に、安倍氏を支持してきた産経新聞として、日本の損失も強調している。

 なお1面では、毎日新聞ほど鮮明ではないが、安倍氏が倒れている様子を写した写真を掲載している。警備体制については、後方の26面でも触れている。

デジタル版記事はこちら
【主張】安倍氏の死去 卑劣なテロを糾弾する 計り知れぬ大きな損失だ
【産經抄】7月9日(有料)
安倍氏抜きに語れない日本政治 阿比留瑠比(有料)

日本経済新聞 経済紙だが大きく報じ強く非難

 日経新聞は2段分のカット見出しを掲載し、経済紙でありながら事態の重大性を伝えている。ただし日経新聞は1段が小さいため、見出しの高さは産経新聞より小さい。

 1面では論説フェローの芹川洋一氏の意見を掲載。「許されざる蛮行」との見出しで、「暴力による蛮行は絶対に許すことはできない」と記している。意見の違いに対する寛容さの必要性や、今回の事件が日本の信頼を失墜させた点にも触れている。また、外交などで安倍氏の功績を評価している。

日本経済新聞 7月9日 朝刊 13版 1面より

 1面左下のコラム「春秋」では、「銃弾で命を奪う凶行を許していいはずがない」と犯人を非難し、警察に対しても「警備体制にすき間はなかったか」と疑問を投げかけている。また、自由で安心な社会を守る事が「民主主義の担い手に課せられた責務ではないか」と締め括っている。

 他紙と異なり、2面と、裏一面の手前となる34~35面は、カット見出しではなく黒字の見出しを掲載している。なお、2面では大きく「要人警護に綻び」との見出しで、警護体制への疑問を取り上げている。35面で安倍氏が倒れている写真を掲載している。

 言論に対する暴力を非難すると共に、日本の安全について特に注目している印象を受ける。なお35面では倒れている安倍氏を写した写真が大きく掲載されている。

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許されざる蛮行、安倍元首相が銃撃受け死去(有料)
春秋(79日)(有料)
安倍元首相銃撃、要人警護に綻び 海外より態勢甘く(有料)

一様に批判しているが若干の差

 全国紙を見ると、いずれも犯行を痛烈に非難している。民主主義に対する攻撃だとして各紙一様に非難しているほか、読売新聞からは安倍氏を失った事への怒りを感じ、産経新聞は安倍氏を失ったこと自体が国の損失だとしている。また、安倍氏の功績の取り上げ方などで各紙に差がみられる。

 加えて、1面での扱いについても若干の差がみられた。産経新聞が見出しを最も大きく掲載している。インターネットの記事と異なり、新聞紙は記事の位置や見出しの大きさでニュースの重大性に順位を付けている。この点においてわずかに各紙に掲載方法の差が生まれていた。

スポーツ新聞は

 スポーツ新聞で最も大きく報じていたのは毎日新聞系のスポーツニッポン(スポニチ)で、1面と裏一面の2面をぶち抜いて報じていた。ただし見出しの文字は読売新聞系のスポーツ報知が最も大きい。

9日のスポーツ紙。右上から時計回りにスポニチ、サンスポ、日刊スポーツ、スポーツ報知。

 産経新聞系のサンケイスポーツ(サンスポ)は、安倍氏がヤクルトファンであることから、裏一面で「スポーツを野球を愛した安倍さん」と題した追悼記事を掲載していた。

 なお、全国紙ではない東京スポーツ(東スポ)やデイリースポーツなどは確認していない。デイリースポーツは、安倍氏の事件を1面では大きく扱わなかったようだ。

 タブロイド紙である夕刊フジと日刊ゲンダイの1面は画像の通り。ただし実際の紙面は確認していない。安倍氏に批判的な日刊ゲンダイは、安倍氏が倒れている姿を大きく掲載している。

9日のタブロイド紙2紙。右から夕刊フジ日刊ゲンダイ。いずれもTwitterの公式アカウントより。


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