柚葉さんの「ゆっくり茶番劇」商標登録問題 経緯と問題点(7/24更新)
東方Projectの二次創作コンテンツ「ゆっくり茶番劇」の動画を投稿している「柚葉」(ゆずは)さんが、「ゆっくり茶番劇」の文言を商標登録した。5月15日にTwitter上で公表した。多数の投稿者によって自由に使用されてきた語句に制限を設け、さらに他の投稿者に使用料を求めたため、批判の声が上がった。その後の柚葉さんの態度を批判する声もある。なお、後に使用料なしに変更され、その後、登録抹消を申請したという。
出願の内容
今回の登録商標の出願番号は商願2021-114070で、登録番号は第6518338号だ。出願日は2021年9月13日で、登録日は2022年2月24日。
今回出願されたのは、文字だけで構成される文字商標だ。ゆっくり茶番劇でよく用いられているような形態の動画、素材などを制限するのではなく、「ゆっくり茶番劇」という文字列の使用が制限される。
商標登録は、サービスの内容を指定する必要がある。今回の登録は、動画のネット配信など、文化や娯楽の提供を含む第41類に区分されている。(参考)
第41類に絡む商標登録であるため、あらゆる商品・コンテンツすべてに商標権の効力が及ぶわけではない。例えば動画をネット配信する時は、「ゆっくり茶番劇」という文字列を無許可で使えない場合がある。
問題の経緯
大まかな流れは次の通り。
①5月14日、柚葉さんが商標の登録を公表。即日炎上し、所属コミュニティのCoyu.Liveが柚葉さんへ警告。
②5月16日、柚葉さんが使用料を不要とする事を公表。
③5月20日、ドワンゴとZUNさんが、セーフとなるケースを説明。
④5月25日ごろ、柚葉さんが登録の抹消を申請。
⑤6月2日ごろ、柚葉さんがTwitterアカウントを削除。
商標登録の出願から登録まで
昨年9月13日、柚葉さんが「ゆっくり茶番劇」との文字商標の登録を出願。
今年2月24日、商標が登録された。ここから2ヶ月間、登録異議の申立ての期間に入った。
5月15日 午前7時42分、柚葉さんは「ゆっくり茶番劇」の商標が登録された事をTwitter上で報告した。当該商標を商用利用する場合はライセンス契約を必要とし、その利用料を10万円(税別)と公表。詳細をYouTubeの動画で説明。この発表は同日中に大きな騒動となった。この時点で、異議申し立て期間は既に終了していた。(アーカイブ)
炎上し関係各所が対応
同日18時、「東方Project」の製作者である博麗神主さん(ZUNさん)が「ゆっくり茶番劇の話は耳に入りましたよー。法律に詳しい方に確認しますね」とTwitterに投稿。
同日19時、柚葉さんが所属する配信者コミュニティの「Coyu.Live」が、柚葉さんについて「警告処分」とした事をTwitter上で報告した。
5月16日、商標の出願を代行した海特許事務所が本件について公式ウェブページで文面を掲載。「皆様に愛されている商標であることを存じておらず、ご迷惑をおかけ致したこと申し分けございませんでした」と謝罪する一方、今回の登録の経緯について「周知商標(全国的に広く知られている)とはなっていないと判断しています」と説明し、出願の正当性を主張した。詳細は後述。
同日、柚葉さんはライセンス契約と使用料の支払いを不要と定めた事をTwitter上で公表した。(アーカイブ)
5月17日、Coyu.Liveは「柚葉より事前連絡等ありませんでした」とTwitter上で説明し、今回の商標登録にCoyu.Liveが関与していなかった事を明らかにした。また同日、柚葉さんに対して、商標の使用料の無償化などを同日午前7時ごろに要請した事も明かした。
5月20日未明、Coyu.LiveがTwitterで、柚葉さんへ商標権の放棄を指示したと報告した。また、「現状の対応に誠実さがみられない」という。
同日、「ニコニコ動画」を運営するドワンゴが今回の件についての見解を公式ウェブサイトに掲載。ニコニコ動画には「ゆっくり茶番劇」の動画が多数投稿されている。商標権の侵害にならないケースについて、カテゴリーとしての表示や、「ゆっくり劇場」との語句は、侵害にならないとの見解を示した。詳細は後述。
同日、神主さんもTwitterに「法律事務所の先生方と相談したところ、『東方Project』の二次創作として『ゆっくり茶番劇』をコンテンツとする動画について『ゆっくり茶番劇』を使用する行為について、商標権の効力は及ばない、との事でした」と投稿。動画の投稿者はライセンス契約が不要との見解を示した。また、他の対応についてはドワンゴが行っていくとも報告した。
また、同日夜、柚葉さんが所属していたCoyu.Liveが、柚葉さんを「無期限の会員資格停止処分」とした事を公式サイトおよびTwitter上で公表した。Coyu.Liveの公式Twitterアカウントによると、同日中に、Coyu.Liveを展開している「匿名クラブ」の理事会に懲罰処分案が提出され、可決されたという。
5月21日、Coyu.LiveがTwitter上で、柚葉さんから「月曜日から放棄手続きを開始する」と報告を受けたと投稿した。なお「月曜日」の指す日にちについて、5月23日でない場合はCoyu.Live側から指導を行うという。
5月23日、ドワンゴが記者会見を行った。公式ウェブサイト上にも、記者会見での発表内容を説明した「『ゆっくり茶番劇』商標登録に対する弊社のアクションについて」との文面を掲載した。
ドワンゴが示した今後の方針は、下記の4点。
① 柚葉さんと商標権の放棄を交渉。
② 交渉に応じてもらえない場合、商標権の無効審判を請求。
③ 権利者や権利者になりすましたい人物から商標使用料を求められた場合に備え、警察などの窓口を紹介する無償の相談窓口を設置。
④ 独占防止のためドワンゴがゆっくり関連商標の登録を出願。
なお、このアクションは神主さんも了承済みであるという。
5月24日、東方Projectの制作者である「上海アリス幻樂団」が公式ウェブサイトに「ゆっくり茶番劇に対する上海アリス幻樂団の見解について」との文書を掲載した。以前の神主さんの投稿と同様、「『東方Project』の二次創作として『ゆっくり茶番劇』をコンテンツとする動画について『ゆっくり茶番劇』を使用する行為について、商標権の効力は及ばない」としている。
同文書内では、法律事務所からの意見書も添付されている。要約すると、「ゆっくり茶番劇」との語句は自分と他者の識別に使われている語句ではないので、商標法第26条に基づいて、動画などへ登録商標の効力は及ばないとしている。
登録抹消へ
同日、柚葉さんはTwitter上で、登録抹消の申請を行った事を公表した。理由は「関係者等に対する誹謗中傷及び名誉棄損・虚偽・捏造された情報の流布により本来の目的を全うすることが困難となった為」だという。(アーカイブ)
投稿文には「放棄による商標権抹消登録申請書」の画像が添付されている。ただし、実際に申請されたかどうかは確認できていない。
同日、ベストライセンス社が「茶番劇」の商標登録を出願した事が明らかになった。なお、同社は以前から大量の出願を行っていることで知られている。
5月25日、抹消登録申請書の情報が特許庁に登録された。特許庁の特許情報プラットフォームの当該ページで「経過情報」のリンクを押すと確認できる。
6月1日、Coyu.Liveが抹消申請書の登録を確認したとTwitterで報告。Coyu.Liveの対応を終了することも報告した。
同日、ドワンゴが「ゆっくり実況」「ゆっくり解説」「ゆっくり劇場」の商標登録を5月24日に出願していた事が明らかになった。登録されない可能性が高いが、その場合、誰も登録できないことの証明になる。ニコニコ動画の公式ウェブサイトにもその概要が追記されている。
6月2日時点で柚葉さんのTwitterアカウントが削除されている事が確認された。
同日、ドワンゴは、特許庁が「ゆっくり茶番劇」の商標権抹消登録申請書を受理したことを確認したと公表。ニコニコ動画の公式ウェブサイトにもその概要が追記されている。商標権の放棄交渉は中止するが、無効審判は請求する方針だという。理由について「商標権が放棄された場合でも、商標が登録されたという事実が消滅するわけではありません」「商標として登録されるべきではなかったということを明らかにするため」としている。
商標登録の無効判決 騒動完結
ニコニコ動画側は無効審判を請求。そして7月24日、同月12日付で無効判決が出された事が公表された。商標登録そのものが無かったこととなり、一連の騒動は法的には完結した。
論点・問題点
今回の騒動について、いくつか問題点が挙げられる。
自由なコンテンツに制限をかけた
東方Projectについては、創作者側が、二次創作は「常識の範囲内で基本的に自由」としている。今回の「ゆっくり茶番劇」は東方Projectから派生したものであり、少なくとも東方Projectのキャラクターの使用については創作者によって公認されていた。
今回の商標登録により、少なくとも商用利用には多大な制限がかけられてしまう。つまり、「ゆっくり茶番劇」との文言を使用した動画で利益を得る活動は、個人のクリエイターにとっては難しくなった。
インターネット上には著作権法に抵触するようなコンテンツが多い中、創作者から公認されているコンテンツがこのように制限されるのは、創作活動を衰退させる危険がある。クリエイターの反発は必至だった。
異議申し立て期間の終了後に公表した
異議申し立て期間の終了後に登録の事実を公表したため、意図的に異議申し立てを回避したのではないかという疑念が湧く。この期間中は、利害関係人でない人も異議の申し立てが可能だった。
ただし、異議申し立て期間の終了後も、利害関係人は商標法第46条に基づいて「商標登録無効審判」が可能だ。仮に無効となれば、この商標は無効となる(初めから無かった事にされる)。
なお、「利害関係人」とは、ケースバイケースだが、おおむね今回の商標登録により不利益を受けたりする人を指す。
なぜ登録できたのか
今回、柚葉さんだけでなく複数の人が使用しているコンテンツを、いきなり柚葉さん個人が独り占めした。こんな事が可能なのだろうか。
商標登録は発案者以外も出願が可能だ。なので東方Projectの発案者に無断で出願することは可能だし、柚葉さん側の手続きは法的には問題ない。また、登録商標の制度は「先願主義」をとるので、言わば早い者勝ちと言える。
ただし、登録されるかどうかは特許庁が判断する。出願しても必ず認められるという訳ではなく、不適切な出願は通らない。また、一定の条件を満たした場合、商標権の効力が及ばなくなる事もある。今回のケースは、既に他の人が使っている文言であるのに、それを自分のものとして登録できてしまうのか、などの疑問がある。
登録が認められないケースについて、詳細は後述する。
「ゆっくり茶番劇」以外も制限?
柚葉さんは、公式ウェブページ上で「当該商標『ゆっくり茶番劇』及び類似語句を使用する場合は、当社の許可が必要になる場合が御座います」と解説していた。
「類似語句」について、ゆっくり界隈で特に大きなジャンルである「ゆっくり実況」や「ゆっくり解説」への影響を心配してしまう。
これについて柚葉さんは、Twitter上で「類似商標に『ゆっくり実況』や『ゆっくり解説』などは含まれません。(そもそも効力が及びません)」と説明している。いずれも類似語句なのかもしれないが、少なくとも現時点では、柚葉さん側は「ゆっくり実況」「ゆっくり解説」を類似語句とは捉えていないことが分かる。
なお、「ゆっくり茶番劇」のほか、表記揺れ的に「ゆっくり茶番」という語句を使った動画もあ?。柚葉さんは最初、今回の商標登録について「ゆっくり茶番 投稿者各位」に向けて公表しているので、「ゆっくり茶番」は類似語句に含まれると考えられる。一般常識的にも、「ゆっくり茶番」は類似語句だと思える。
ただ、これらはあくまでも現時点での判断です。「ゆっくり実況」が類似語句に含まれると今後判断される可能性はゼロではない。
他への波及の可能性
「ゆっくり実況」「ゆっくり解説」は現時点では「ゆっくり茶番劇」の類似語句には含まれなさそうですが、今後類似語句に含まれてしまう可能性がある。
また、「ゆっくり実況」などの文言も、何者かによって商標登録とされてしまう可能性もある。今回の出願が認められた事は、こういったリスクが存在する事を示しているだろう。
目的は何か
今回の商標登録について、突然高額な使用料を要求した事から、独占使用や金儲けの意図が強く感じられた。
目的について、柚葉さんは「『ゆっくり茶番劇を投稿して運営している複数チャンネルの動画の保護』が目的です。(他社に商標を取られ動画を削除されない為)」「権利を含め売買目的では一切ございません」と説明した。(アーカイブ)
確かに、他人に先に商標登録されたら自身の動画を削除する必要が出てくる恐れがある。そういうリスクを防ぎ、自身の投稿する動画を保護するための措置だと説明している。
しかし、他者の商標登録を防ぐためには自らが商標登録すればよく、高額の使用料を要求する必要はない。柚葉さんの説明に創作者サイドから反発する声が出るのは当然だろう。
攻撃の過激化
今回の騒動に関連し、柚葉さんへの不満の声は高まっている。例えば、謎解き分野で人気のインフルエンサーの松丸亮吾さんの「人が作ったものを自分のものにする人とはちょっと仲良くなれない」という投稿には、現時点で22万を超える「いいね」が付いている。
ただ、柚葉さんによると、関係者への犯行予告なども行われているという。柚葉さんは「全ての案件で被害届を出すことで進めております」としている。海特許事務所も公式ウェブページの文面で、爆破予告について「直ちに通報致しました」と記載している。
いくら柚葉さんのやり方が気に食わないからといっても、違法行為は正当化されない。法的には無効審判などの対抗手段が提供されているため、まずはこちらを利用する事が先決だろう。また、誤った情報にも注意したい。
誤情報の拡散
柚葉さんがTwitterのプロフィール欄に「UUUM CREAS所属」と記載していたため、YouTuberのプロデュースを行っている「UUUM」に所属しているとする意見もあったが、これは誤りだ。「UUUM CREAS」はクリエイターをサポートするプラットフォームであり、UUUM CREASの加入者は厳密にはUUUMに所属する配信者ではない。
このほか、「本当の真の敵は〇〇」と言って、柚葉さんとは別の動画投稿者の名前が挙げられた例もある。柚葉さんは否定し、情報を拡散した人も「デマの可能性がある」と言って投稿を削除した。
今回の騒動に関連し、様々な人が真偽不明の情報を投稿している。中には騒動に便乗し、閲覧数を目当てに不確かな情報を安易に掲載している人もいるかもしれない。
煽るような投稿
柚葉さんが他者を煽るような書き込みを行なっているとの指摘がある。Coyu.Liveは柚葉さんに対し「煽るようなツイート」の削除を要請している。
例えば、今回の騒動が大きくなるのに伴い、Twitterでは「ゆっくり茶番劇」がトレンド入りしたようだが、これを受けて柚葉さんはTwitterのプロフィール欄に「祝! #Twitterトレンド 掲載」と掲載していた(参考:アーカイブ)。これも「煽り」と捉えている意見が存在する。
このほか、柚葉さんを批判する動画を柚葉さんが自ら引用して「『ポケカメン様(@GC5R5OGIKgV0yvz )チャンネル登録者数38万人』が取上げて下さいました!!」とTwitterに投稿している。
今回の騒動において、柚葉さんの一連の行動が火に油を注いだように思われる。
商標登録が認められないケースとは
商標法で商標登録について色々と定められており、出願しても場合によっては登録が認められない。
普通名称
「自己と他人の商品・役務(サービス)とを区別することができないもの」は登録が認められない。例えば、「動画」という文言のような「普通名称」は使えないのだ。分かりやすい例として、「柿の種」は今は普通名称と化している(参考)。
ただ、今回の「ゆっくり茶番劇」は一般的に広く使われている言葉とは思えないので、普通名称ではないだろう。
慣用商標
普通商標でなくとも、「慣用されている商標」(慣用商標)である場合、登録は認められない。慣用商標とは、同業者が普通に使用し、他人と商品・サービスの区別をつけられない商標をいう。特許庁は、清酒業界における「正宗」という語句を例に挙げている。
「ゆっくり茶番劇」との文言も、複数の同業者(動画投稿者)が使用している。柚葉さんが「ゆっくり茶番劇」との文言を使用しても、他の投稿者との差別化は図れないため、慣用商標と言えるかもしれない。
周知商標
「周知・著名商標等と紛らわしいもの」も登録が認められない。全国的に、またはある一地方で周知されているレベルの商標は「周知商標」とされ、周知商標は登録できない。
周知のレベルについて、裁判所は「商標法4条1項10号にいう『広く認識されている』とは,業務に係る商品等とこれと競合する商品等とを合わせた市場において,その需要者又は取引者として想定される者に対して,当該業務に係る商品等の出所が周知されていること」「周知の程度は,全国的に知られているまでの必要性はないものの,通常,一地方,すなわち,一県の全域及び隣接の数県を含む程度の地理的範囲で知られている必要があると解される」としている。(参考:平成27年12月24日 知財高裁)
「ゆっくり茶番劇」は複数の投稿者がいて、さまざまな動画が存在する。再生回数の多い動画も多数ある。ただ、主にニコニコ動画やYouTubeに限定されているし、「ゆっくり実況」などよりも周知されていないというのが実情ではないだろうか。実際、あの「ラーメン二郎」も周知商標ではないと判断されている(参考)。
出願を代理した海特許事務所は、事前の調査で、「ゆっくり茶番劇」は周知商標ではないと判断して出願したという。確かに、何百万もの人が知っている言葉ではないのかもしれない。インターネット上のコンテンツであるので、どれほど周知されているか簡単には特定できず、「周知」の判断は難しい。
商標権の効力
商標法第26条第1項第6号によると、「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標」は、商標権の効力が及ばないとしている。
「ゆっくり茶番劇」の語句は、一定の動画内容を示すものとして複数の人に使用されている。したがって、自分と他者の動画とを識別するために使われていないから商標権の効力が及ばないとの見解がある。(参考)
各所の見解
今回の騒動が大きくなる中、関係者など各所が見解を公表している。
登録を代理した特許事務所の見解
今回の登録を代行した海特許事務所は5月16日、「「ゆっくり茶番劇」について」との文面を公式ウェブページに掲載した。
この中で海特許事務所は、まず「皆様に愛されている商標であることを存じておらず、ご迷惑をおかけ致したこと申し分けございませんでした」と謝罪した。
登録を出願するにあたり、当該語句の使用状況を調査し、「使用されている事例は見うけられましたが、周知商標(全国的に広く知られている)とはなっていないと判断しています」「よくご存じの方にとってはこれだけ使用されているのにと思われるかもしれませんが、当時のインターネット検索でワードを限定して検索しても件数的には数万件程度であり、周知と呼べるレベルではないと判断しています」と釈明した。
また、制度上、登録されるべきでない人物による登録の可能性があることについて、「情報提供、異議申立、無効審判という制度が設けられています」「法治国家ですから法律に基づいて対応していけばよいことになります」と述べている。今後、無効審判が行われる場合、どのように争われるかについて、「全国的な周知性がなかったとしても、一地域で周知商標であったことを主張する(同項第10号)、混同を生じる可能性(同項第15号)、不正の目的(同項第19号)で争われるのではないかと予想されます」とした。
「重要な商標は登録しておかれる方がコスト的にも安く負担も小さいでしょう」との私見も述べている。
ニコニコ動画の見解
5月20日、ニコニコ動画を運営するドワンゴが「文字商標『ゆっくり茶番劇』に関する弊社の見解について」とのプレスリリースを公式サイトに掲載した。ニコニコ動画には「ゆっくり茶番劇」に関わる動画が多数投稿されており、騒動の当初から強い関心を持っていたと思われる。
ドワンゴは、法律事務所と相談の上、「『【ゆっくり茶番劇】<動画タイトル>』のように、「ゆっくり茶番劇」という文字列を動画のジャンル・カテゴリーの表示として使用しニコニコに動画を投稿することは、当該商標権の侵害ではないと考えます」とした。例として、タイトルを「【ゆっくり茶番劇】私のモーニングルーティーン」としたり、ニコニコ動画にあるような動画へのタグ付け機能で、動画に「ゆっくり茶番劇」というタグを付けたりするのは問題がないという考えのようだ。
また、「ゆっくり劇場」などの語句は「商標権の効力が及ばないものだと考えます」とした。ただし、今回検討を行った365種の文字列のうち、「ゆっくり茶番」「ゆっくり茶番?」「ゆっくり茶番劇場」との語句は「商標を構成する多くの文字列が共通することから、類似と主張される可能性は否定できません」としている。
加えて、商標登録そのものについては「そもそも「ゆっくり茶番劇」は動画のジャンルやカテゴリー、動画の内容を示す表示として広く一般に使用されている文字列であるという認識であり、特定の企業や個人が独占すべき文字列ではない」との見解を述べた。
ニコニコ動画のウェブサイトでも「文字商標『ゆっくり茶番劇』に関するドワンゴの見解と対応について」詳細が掲載された。
ここでは「非類似にあたる文字列」として「ゆっくり実況」「ゆっくり解説」「ゆっくり劇場」「ゆっくり朗読」など362種が例示されている。
また、Q&Aにおいて「『ゆっくり茶番劇』『ゆっくり茶番』『ゆっくり茶番劇場』という文字列だけを動画タイトルにしている場合は、動画タイトルの変更をおすすめします」とした。
アトム法律事務所の解説
YouTubeで法律問題を解説する動画を投稿していることで有名な岡野タケシ弁護士が、本件にも触れている。岡野弁護士が所属するアトム法律事務所に、本件についてのQ&Aを掲載している。
今回の出願について、「手続き的には合法です。但し、内容の是非については、争いがあるところです。『ゆっくり茶番劇』の商標登録に納得がいかない利害関係者は、後述の方法で商標登録の無効を主張することが可能です」と解説している。
本件とは別に、「ゆっくり実況」や「ゆっくり解説」の商標を取ることができるかどうかについて、「商標の出願自体は誰でも可能です。但し、出願後の審査に落ちる可能性が高いです」としている。「元特許庁審査官の専門弁理士にも確認したところ、『今回の騒動で特許庁がセンシティブになっている可能性もあり、その場合、ゆっくり実況やゆっくり解説の商標登録が認められる可能性は、1割以下ではないか』との回答を得ています」(一部中略)との事。
上海アリス幻樂団側の見解
東方Projectの制作者である上海アリス幻樂団が、法律事務所から弁護士らの「意見書」を受け取っている。
意見書によると、「動画等における『ゆっくり茶番劇』の語句は、著作物たる『東方 Project』の二次創作 として制作される動画の内、概ね一定の特徴を有する動画一般を指す語句として、ニコニコ動画を中心にある範囲で定着、使用されています。このような状況に照らせば、本動画等における『ゆっくり茶番劇』との語句は、専らその創作物としての内容を表示するための名称として、普通に用いられる方法で表示されていると認識されるべきものであり、自他商品等の識別標識としての機能を果たす態様で用いられていないことから、本商標の禁止権は本動画等に及ばないものと考えられます」としている。商標法第26条第1項を根拠に、柚葉さんの商標権の効力を否定している。
なお、商標が慣用商標や周知商標であれば登録ができなくなるが、これについて、「商標は、絶対的拒絶理由(商標法第 3 条第 1 項各号)又は相対的拒絶理由(同法第 4 条第 1 項各号)のいずれかに該当しない限り、商標登録を受けることができるのが原則であるところ(同法第 16 条)、本商標について、いずれかの拒絶理由に相当程度の確度を以て該当すると思われる事由は、不見当である様に思われます」と記載している。慣用商標や周知商標に該当する根拠は見当たらないとしている。
対応・解決法
今回の騒動にどう対抗し、どう解決すればいいのか。
先使用権を主張する
柚葉さんは、もともと「ゆっくり茶番劇」の動画を投稿していた人は「先使用権」を主張できるとしてある。(アーカイブ)
先使用権とは、もともと同じ商標を使用していた人が、不利益を被らないように、その商標を使い続けられるようにするものだ。今回も適用可能に思われる。
ただし、今から新規参入する人に先使用権は認められないし、先使用権を主張すると柚葉さんの権利を認めてしまう事になるので悩ましい。
商標権の放棄や譲渡
柚葉さん側が商標権を放棄し、登録を抹消するという方法もある。周囲の説得が不可欠になる。現在この動きがあるようだ。
ただしこの方法だと、他人がまた登録してしまう可能性もある。仮にまた申請があっても特許庁は認めないのではないか、という見方もあるが、登録される可能性はゼロではない。
商標権を譲渡(移転)するという手もある。これだと他者の登録を防げるかもしれない。
無効審判
ゆっくり茶番劇の投稿者や、名称の発案者など、利害関係人は「無効審判」を請求する事が可能だろう。ただし再審査の結果、無効とはならない可能性がある。また、無効審判は商標登録から5年以内に行わなければならない。
どのように無効を主張するかが問題だ。考えられるのは、「ゆっくり茶番劇」が慣用商標や周知商標であると主張する事だ。周知性を根拠にする場合、周知商標である事を説明しなければならない。しかし、一般的には有名ではない分野であるため、納得のいく説明は難しいかもしれない。
ドワンゴが今後、商標権の放棄を求め、応じない場合は無効審判を請求するという。ドワンゴが法律上の利害関係人にあたるかは分からない。どのような理屈で請求するかが注目される。
(7/24追記)ニコニコ側が無効審判を請求し、無効判決が下った。
おわりに
今回の騒動は、クリエイターの視点に立てば、創作活動に制限をかけた柚葉さんが悪いと言える。ただ、法的な手続きには問題がないし、今回のような事が起こるリスクは常に存在していた(以前にも類似の事案があったという)。ネットの自由はかなり脆いものだと認識させられた。
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