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【自己紹介】自分を変えたくて | 不妊治療奮闘記

はじめまして、yamaと申します。

昨年の2月ごろより夫婦での不妊治療がスタートしました。

結婚から1年経った時、夫に検査を受けてきて欲しいとブライダルチェックを受けるようにお願いしました。

仕事で忙しかったこともあり、まさか自分が原因なわけないという思いもあったのか、予約を取ってくれたのは3ヶ月後の昨年2月でした。

というのも、私の過去の持病によるものもあったのでしょう。


19歳の時に一日中下痢を繰り返す日があり、大学からの帰宅後、悪寒がして冷や汗が止まらず、熱を測ると38度ありました。

翌朝になっても熱が下がらないようであれば病院に行くことになりました。

翌朝、びっしょりの大汗で目覚め、やはり熱は下がっておらず病院へ向かいました。

点滴をし、抗生物質を処方してもらい帰宅しました。

帰宅後、処方された薬を飲んで横になり20分、だんだんと目の周りが痒く、違和感を感じて起きました。

母は私の顔を見て驚き、すぐに病院に行くよと言いました。

私は何のことだか分からず鏡を見て絶句、デメキンのように目がパンパンに腫れ上がっていたのです。

放心状態で病院に着き、すぐさま点滴、緊急入院することになりました。

それから5日は入院していたでしょうか…

下痢していたこともあり下半身のMRIを撮ることになりました。

検査の結果が出て、病室に先生が来ました。

いつもの先生ではなく、婦人科の先生でした。

『検査の結果、白い影があり、おそらく卵巣嚢腫でしょう。』

私は頭が真っ白になりました。

ただこれは不幸中の幸いだったようです。

薬によるアナフィラキシーショックを起こした入院先で全く無自覚だった卵巣腫瘍が見つかりました。

大学病院の紹介状を書いていただき、退院しました。

紹介先の大学病院で再度MRIを撮った結果、正式な病名は『卵巣奇形腫』とのことでした。

既に6センチ台の大きさでこれ以上大きくなるようであれば手術ですと告げられました。

それから3年ほど病院に通い、血液検査と内診で定期観察の日々でした。

大学卒業の時、就職してから捻転を起こして緊急手術だけは避けたいということで手術することにしました。

そのため、私の片方の卵巣は機能が落ちています。

このこともあり、夫も私も不妊の原因があるなら私の方だと思っていました。



本日はここまでです。
最後までご覧いただきありがとうございます。

次回、夫の検査結果、治療するにあたっての葛藤など綴っていきますね。



yama

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