魂の半分を浄化、本番初日
ちゃんとした小劇場で1から灯体を吊って配線するという経験は初めてだった。それも、図面も無く、プランを直接2団体の演出家から聞きながらという。
(普段照明もやるといっても、ギャラリーで持ち込みのLEDをセットするだけだった。その中でも色々と実験はできていたが、やはり本格的な吊込は楽しい)
そして役者としての本番。
今回の上演はCTT(Contemporary Theater Training : 現代演劇の訓練)北九州内のもので、とある劇団にお世話になっている。
今回の脚本は正直自分の好みではなく、過剰な台詞が身体に馴染むのには時間がかかり、客観視してしまうと、何故俺(が演じている役)はここまでの言葉を必要とするのかと、我に返ることもあった。
これは本番直前まで続いていて、正直「未完成」なまま舞台に上がり、言葉を言葉として捉え、自分の気持ちに気が付かない状態を追い求めた。
結果、ゲネでは上手くいかなかったものの、本番ではうまい具合にアタマに血が上り、 自分を騙せたとは思う。
ところで、このCTTでは、2団体が立て続けに上演した後に「合評会」がある。
今日の合評会では、僕がこれまで感じてきた作品に対する納得出来ない部分がボロボロと指摘され、やはりそうだったのかと、少しこれまでの期間悩んできたことが浄化されていったように感じた。
ただ、その中で俺は役者として何ができたのか。
今日、脚本に関して、僕には思い付かなかった解釈というか、確かに、男女が集まった時に生じるはずの生々しい現象が一切起こっていないようで、これは俳優としての自分の力不足でもあったと思う。
さて、明日は残り半分の魂は浄化されるだろうか。
今回は、言葉を伴う演技と、身体だけの演技というのを、この順番で連続して行うことで、1つ、俳優として新しい体験をした気がする。
散々言葉を費やした後のシーンだからこそ、身体が正直に動くのだ。
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