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沖縄滞在記①

証券会社では全く何もできず、鬱っぽくなった私は、謎の流れから、旅をする事になる。徳島市からスタートしチャリンコで着の身着のままでひたすら南下。そして鹿児島からフェリーに自転車でのる。その頃には少し旅に慣れ、旅の宿を早めに抑えておく重要性を認識していた。

フェリーが夕方頃の那覇に着くので、その前に宿を押さえて置きたいと思い、そこら辺に転がっていた安宿ガイドブックなるものを開き、目にとまったまった宿にとりあえず予約した。まさかその宿に3ヶ月以上留まる事になるとも知らずに。

私が泊まった宿は知る人ぞ知る「月光荘」というゲストハウスだった。

那覇につき、目的地に宿に着くと、そこは今まで泊まった民宿やビジネスホテルとは全く違った空間が広がっていた。

例えて言うならライブハウスの楽屋裏みたいな雰囲気だと思った(行ったことねえすけど)。何かが違う。そう思いながらも、とりあえず基本的に疲労困憊していた私は、値段の安さもあり、しばらく連泊する事にした。

その日から、バッグパッカーで言うところの「沈没」することになる。実は月光荘という宿は元々東大卒のバッグパッカー、現在、月見山 焚き火セントラル,のオーナー雨柊氏が作った、おそらく日本で初めてのゲストハウスだった。だからであろう、そこに集う人も旅人とかヒッピーが多く、そして何故だかそこがめちゃくちや居心地良く感じてしまった。

結果的にゲストハウスの住人の様になってしまったのだ。

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