戯曲「メリーゴーランド」

 
●舞台は図書館の閲覧室。1人田中一郎が机に借りた本を並べてひと心地。そこに突然、権野川銀三が音もなく現れる。
 
銀蔵「借りる本は決まったようですね。ほぉ~なかなかのラインナップですな」
一郎「はぁ? あなた誰ですか?………」
銀蔵「失礼しました。初めましてこんにちは、当図書館のコンダクターであります」
一郎「コンダクター? あぁ図書館司書の方ですか?」
銀蔵「司書というよりは旅行の添乗員もしくはガイドかシェルパといったところでしょうか。貴方の魂に踏み込んだ、役割を担っています。まあここがたまたま図書館ということですから、便宜上図書館司書と考えていただいてもけっこうですけど」
●といいながら一郎の借りた本のタイトルを口に出しながら机の順番に並べていく
 
銀蔵「(山我流兵法・戦国の真実)
(遊園地ウンチク完全ガイド・メリーゴーランド編)
(お笑い芸人を目指す君に贈る~プロが教えるお笑い指南~)
(ある出征兵士~父母への手紙~)
けっこう借りてらっしゃいますね。全部で4冊。4は良い数字です。かのギリシャの哲人ピタっゴラスの弟子達が集いしピタっゴラス学派では、(4)は公正と秩序の数字として重きを置いていました。地球上では東西南北(4)つの方位が人間の座標を特定するのに必要です。ユニークさを表す(1)という数字。対極性を表す(2)。さらにハーモニーを表す(3)。そして空間と物体を表すこの(4)。それらを全部足すと宇宙全体を表す(10)という数字となります。かつてピタっゴラスは、弟子たちに向かって厳格な日課を課していました。(朝起きてすぐ、その日を迎えるその日に、なすべき行為を挙げよ)また夜には、こう唱えることになっていました。(目を閉じて眠りに就いてはならぬ、その日おまえのした行為を三度振り返るまでは、何がうまくでき何を失敗し、何をまだしていないのか?)とさらに…」。
一郎「あの!」
銀蔵「はぁ? 失礼しました。つい私としたことがついピタっゴラスの話しに熱が入ってしまいました。がそれほどあなたの選ばれた4冊という数字がいかにスバラシイかをお伝えしようと思いまして。さてそれでどれからお読みになりますか?あなたがなぜこれらの本を選んだのか、あなたはお解りにならないと思いますが、その理由は今は解らなくともそのうちお解りになります。では一応あなたの読みたい順番を聞いておきましょう」
一郎「さっきからなんですかあなた?! 突然すっと横に来て、ピタノザウルスとかなんかワケのわからない恐竜の話しをして」
銀蔵「ピタっゴラスです恐竜ではありません、哲学の巨人です」
一郎「恐竜でも巨人でも楽天でもなんでもいいんですよ。なんで貴方に読む順番をいちいち言われないといけないんですか。そんなことまでお世話頂かなくてもけっこうですから」
銀蔵「あっ~やっぱり、あ~おっ! あなたもそうですか。読む順番を自分で決めることのできない迷える子羊ですか」
一郎「子羊って、失礼な私はあんなわけのわからない羊毛もくもくアニマルジンギスカンと一緒にしないでください。私は人間です」
銀蔵「もくもくではありません、それも言うならモコモコです。もはや、あなたと羽毛な議論をしている時間はありません」
一郎「羽毛?!(笑) それもいうなら不毛でしょ。羽毛はふわふわしてて掛け布団の中に入ってるやつですよ」
銀蔵「はい羽毛でいいのです。ふわふわした地に足がついていない軽い議論を比喩しているまでです」
一郎「それややこしいなダジャレだし。あなたとくだらないやり合いしてるほど暇じゃないんですよ。それこそ不毛ですよ」
銀蔵「ではしかたないですね。私の独断で決めさせていただきます」
一郎「ちょっと待ってください‥・解らない人だな。こんなけ言ってるのに。それはあなたの勝ってな思い込みだし横暴だよ、暴力だ!」
銀蔵「……おいおらっ! さっきから聞いてたら初心者のクセにやかましいわ! なにも知らんくせに、ああでもないこうでもないって、お前の為にわざわざ朝の早から出て来たってんねんや! ええ加減にせんかい!ワシが選ぶ言うたら選ぶんじゃい!」
 
●突然のガラの悪い関西弁にたじろぐ一郎
 
一郎「はい!お願いします」
銀三「ありがとうございます。比較的話しが早い方だったのですね。資料によれば、よく言えばコダワリを持っていらっしゃる、悪く言えば頑固者の変態。その変態のあなたの思いをもう一度確認しつつ、再度あなたが納得のいくように私が務めさせていただきます。では最初はこれにしましょうか(山我流兵法・戦国の真実)あなたは武将として戦国時代を生きる魂の季節がありましたね」
一郎「魂の季節だなんてなんだが照れちゃうな」
銀蔵「ありがとうございます。なんだが2人の話が段々かみ合ってきましたね」
一郎「でも私は変態じゃありませんから」
銀蔵「あっすいません変態な方じゃなくて、大変な方でした」
一郎「それ意味が違いますよ」
銀蔵「田中さん、斎藤利三というお名前に記憶はありませんか?」
一郎「私の知り合いに斎藤って名前の人は…あっ!」
 
 
●突然首の痛みを覚えてのたうちまわる。しばらく痛がった後に静かになり片隅にうずくまり必死の形相の一郎。ほら貝の音とともに戦国合戦の雄叫び
 
銀蔵「天正10年(1582年)。明智光秀殿はかの本能寺の織田信長殿をお討ちになられた。しかし備中高松城の水攻めに功を収めた羽柴秀吉殿の軍が、敵を討つべく大返しで戻られると、摂津国と山城国の境に位置する山崎において光秀殿の軍勢と激突、後にいう山崎の戦いとなりました。
一郎「だが、我が殿は討死した」
銀蔵「後に三日天下と揶揄されるようになるのであります」
一郎「なんと申した? もう一度言ってみ」
銀蔵「3日天下」
一郎「なんと情けないことよの」
銀蔵「その戦いで先鋒を務められたお方が明智方の重臣である斎藤利三殿であります。利三殿は戦に敗れ、敗走するも秀吉殿の執拗な捜索により捕縛され、残念ながら六条河原にて斬首。享年49歳の生涯でありました。その利三殿とはあなたの前世の姿ですね」
一郎「返す返すも残念であるのは、信長殿を本能寺で打ち取った後、間髪いれずして大阪へ攻めのぼらなかったこと。さすれば我が軍にも勝機はあったはず。もっと強く殿に、命にかえても進言すべきであった。真にもって残念でたまらん!」
銀蔵「京と滋賀を手中に収めた光秀殿はその守りを固めることに専念し、自の軍の高揚する戦闘意欲を結果鈍らせることになってしまいました。今風に言うならモチベーションを下げた。解りやすく例えるなら、ローラーゲームでいうならデフェンスがジャマーの邪魔をしないで、スイスイ特典を重ねるのを指をくわえて見ていた」
一郎「それはちと解りにくうござる」
銀蔵「いずにしても430年もの間あなたの残念はくすぶり続けていたのでございます。スモッグドチーズが山ほどできるほどに」
一郎「チーズ? とにかくあぁ~死んでも死にきれん」
銀蔵「当時大阪には織田軍の主力が2万いたものの、信長死すの知らせが届くと、その半分は逃げ散ったと言います、光秀様に天下を取る勝機は充分あったのであります」
一郎「あぁあ~なんということじゃ」
銀蔵「とここまでは表向きの史実。安心めされ、光秀殿はあの山崎の戦いでは死んではおりません。光秀どは家康殿の元、大僧正になられ徳川の世に長く権勢を誇られていました。ついでにいうなら信長様もお亡くなりにはなっておりません」
一郎「それは真か?」
銀蔵「バテレンの船で森蘭丸さまと欧州へ渡りヴァチカンに庇護され枢機卿になられています」
一郎「なんと、それで」
銀蔵「しかも光秀殿は家康殿の亡き後の日光東照宮も造営され、徳川の世を長らえる裏支えをされておりました」
一郎「我が殿が生き長らえていたと!」
銀蔵「斎藤殿の進言を聞き入れず、後に山我流兵法の定石とは違う戦法をお取りになったと思われたのも、実はこれすべて信長殿と家康殿との打ち合わせ通りであります。斎藤殿の進言を聞き入れ無かったことも、豊臣方を騙すのに一役買ったといえるのです。ですから、残念がることはまったくありません。安心して忘れてください」
一郎「そうであったか。そうであっか。なるほど、殿、ちとお人が悪うございますぞ。アハハハハ殿は生き延びられたアハハハハ…」
銀蔵「はっきりいって斎藤殿の勘違いです」
一郎「アハハハハかたじけない。そうであったか」
銀蔵「まあまあまあま」
一郎「もうこれで思い残すことはなくなった」
銀蔵「おめでとうございます。
銀蔵一郎「エイエイオ! ―エイエイオ! ―そちも一緒にほら!」
 
●暗転、暗転開け図書館に場面が戻っているのに相変わらず歓喜に沸く一郎
 
一郎「エイエイオ! 目出度いおぉ!酒じゃ酒じゃ酒を持て!」
銀蔵「当図書館での飲食は堅く禁止されております」
一郎「もう戻ったんですか」
 
●戸惑う一郎を尻目に
 
銀蔵「いやいや最初からすっきりいきましたね。こんなに上手いくとは、さい先がいいですね。これでご理解いただけましたか。この調子でいくと、残り3冊も速読並に読み終えるかもしれませんね。じゃあさっそく次へ行きますかと、言いたいところですが、ここで失礼ながら貴男が当図書館を利用するのに本当に相応しい方なのかをある方法で念のため確認しておこうと思いますがよろしいですか? そうですかよろしいですか」
一郎「まだ何も言ってませんよ。その確認ってなんですか?」
銀蔵「はい、読書感想文を書いていただきます」
一郎「読書感想文!?」
銀蔵「はい、今月の課題図書の候補はえっ~と
●台帳をめくりながら。
「そうだ、「相田みつお詩集」と「アンシュタイン相対性理論について」
一郎「それって全然本の種類がちがいますね。難しすぎますよ」
銀蔵「そうですか、じゃあアンシュタインですね」
一郎「そうじゃなくて、相田さんで」
銀蔵「やっぱりそうか、“人間だもの”ですか。ではまずは読んでいただきましょう。時間は108秒」
一郎「ちょとまってくださいそれは短すぎますよ」
銀蔵「大丈夫ですこの図書館ではみんな魂の速読で読みますから」
一郎「さっきからなんでもかんでも頭に魂を付ければいいって思ってませんか」
銀蔵「そんなことはないですよ、大丈夫ですよ魂だもの」
一郎「わかましたよ」
銀蔵「ではまずはお読みになってください」
 
●机に座り用意された相田みつおの詩集を読み出す一郎。フェードダウン暗転。開けると一人一郎が机に顔を埋め寝ている。そこに銀蔵が登場。
 
銀蔵「どうですか、読みましたか?」
一郎「はいでもどういう風に感想文にすればいいのか……ちょっと」
銀蔵「もし感想文が書けないのなら、即刻当図書館から退出していただけねばなりません」
一郎「困ったな、むずかしいんですよ感想は私のここ(胸を叩いて)にあるんですが、それが言葉になって出てこない」
銀蔵「判りました。ならばその感想を躰で表現してください」
一郎「躰で!?どうやって?」
銀蔵「あなたならできるはずです頭は固いが躰は柔らかそうですから」
一郎「それって遠回しにバカって言ってませんか」
銀蔵「違いますよ、貴男はどうしてもひがみっぽくなりがちですね。あなたの魂の傾向性を拝見すると仕方ないことかもしれませんが。とにかく躰で表現していただきます」
 
●一郎のパフォーマンスが始まり。
 
銀蔵「お見事ですね。人は見かけによらないとはよく言ってものだ。素晴らしいパファーマンスでした。ところであのダンスどんな意味だったんですか?」
一郎「解ってたんじゃないんですか?相田みつおさんの世界を表現したんですけど」
銀蔵「解ってますよ、貴男の魂のレベルが今のパファオーマンスでよく解りました。よおこそ図書館に改めて歓迎いたします。ではひき続き貴男のコンダクターを務めされていただきます。改めまして権野川銀蔵であります」
一郎「そんなスゴイ名前だったんですか」
銀蔵「では次なる本を選びましょう。えっとこれこれ(お笑い芸人を目指す君に贈る~元漫才師が教えるお笑い人生指南~)あなたは漫才師を目指していた魂の季節がありましたね」
一郎「さっきから魂の季節ってフレーズ好きですね。なんだか飽きて来たんですけど。それから、本のタイトルなんですけど、自分で借りててなんですが、その本の副題にある、元漫才師ってのがひっかかるんですけど、現役の方がいいんじゃないかと思って」
銀蔵「アハハハハハッ…ゴホンゴホン、ガァ~ピィ! シロートはやはりそんなことが気になるんですねハハハハ」
一郎「………シロートで悪かったですね」
銀蔵「いやいや失礼しました。お気を悪くなさらないでください。あっもうとっくに悪くしている。ああ失礼しました。そんなつもりじゃありませんので」
一郎「でもなんだか上から目線でちょっとさっきから不愉快な感じですね」
銀蔵「上から? そんなつもりじゃ…」
一郎「わかりましたよ続けて下さい」
銀蔵「あなたもそのうち悟るとは思いますが、現役だから真実のすべてを解明しているというわけではないのですよ、すべてが解る、今回のような場合は自分の腹の中にストンと落ちているような人は、現役をいや人生を退いた方、いわゆる魂の季節を過ぎているような方の方がいいのです。……じゃあそういうことで、慌てずゆっくりと本を開いていってください。今度は佐藤一郎という名前に見覚えはありませんか……」
 
●といいながらフェードダウンで消えていく銀蔵、、
 
●暗転明け、場面変わって、夜の街の公園の一角、漫才の稽古に先について待つ一郎、そこへ相方の銀蔵がやってくる。
 
銀蔵「遅れて悪い悪い。バイトで交代するやつが遅刻してねゴメンゴメン。とうとうできたよ」
 
●駆け寄りながらプリントされた漫才原稿を渡す銀蔵、むさぼるようにして読む一郎。
 
一郎「面白いよ佐藤君! ここはどういう言い方?」
銀蔵「そんなのワイルドだろ」
一郎「これは?」
銀蔵「当たり前田のクラッカー体操」
一郎「なんだか聞いたことあるようなないような」
銀蔵「気のせいだよ、これはみんなオリジンなの、ホットもっとだよ。ふと頭に浮かんだんだ、神が降りて来たともいうけどね」
一郎「この、ごめんなは?」
銀蔵「違うよ、ごめんね! ごめんね! ガチョン!」
一郎「ギャグ満載。お笑いの天才だ、ヨッ! キングオブコメディー」
銀蔵「よしやるぞ、稽古だ」
一郎「いよいよ明日は新人漫才コンクールだね。頑張ろうね」
 
●2人板付きのまま場面変わって漫才の本番舞台、万才のお囃子がながれ漫才が始まる。観客のざわつきや笑い声。
 
銀蔵「どうも今日も2人で漫才させてもらいたいと思いますけど」
一郎「漫才する前に2人の名前をまずは憶えてもらおうよ」
銀蔵「そうやな、名前、まず私の名前が複雑で難しい名前で恥ずかしいんですけど佐藤一郎いうです」
一郎「どこが複雑や、すぅーと右の耳から入ったら左の耳へ知らん間に抜けていくは。ま普通の名前や」
銀蔵「まあ、そしてこいつが田中一郎いういたってシンプルな名前ですねん、二人合わしてW二郎って言いますねん。子供のころからね、漫才師に憧れてとうとうこうして恥ずかしい舞台に立ってます。
一郎「恥ずかしいってどういう意味よ。本当にね、有り難いことで、今日は死ぬ気でやらんといかんわな」
銀蔵「死んだら漫才できません」
一郎「当たり前だよ、例え話ってやつだよ。本当に死ぬわけじゃないんだから」
銀蔵「死ぬ気もないのに死を持ち出すはゲスの極み」
一郎「それどっかで聞いたことあるような」
銀蔵「ゲッツ! そんなの関係ない!」
一郎「もういいよ、あんたとはやってられない、今日限りでコンビ解散だ」
 
■2人舞台を捌けて暗転。暗転明け元の図書館に戻る2人。
 
銀蔵「ちょうど70年前、漫才師になることがあなたの夢でしたね。小学校5年生のころ」
一郎「そうでした。そのことに今気がつきました」
銀蔵「あなたは当時クラスの親友佐藤君と一緒に漫才をしてクラスの人気者になった。だがあなたはその後、結果として漫才師になることを人生の途中で諦めた」
一郎「大学2年のころでした。両親に反対された。公務員になれ、お父さんと同じ町の役場で働けって…」
銀蔵「ご存知かと思いますが、当時相方だった佐藤君は自分の夢を実現させ、その後お笑い界を席巻しています。あの伝説となった漫才コンビの「W一郎」の相方として売れっ子になって人生をえっと…(台帳を見て確認)ついこの間締めくくられています。臨終のベッドには多くのお弟子さんが看取り、「ワシは幸せな人生だった」と言い残して旅だって行かれました」
一郎「あなたはあの時父親の反対を押し切ってお笑いの世界に入っていれば良かった。とここでもまた、スモッグドベーコンを大量に作れるほどの残念をくすぶらせ続けてきました」
一郎「あのその薫製に例えるの止めてくれませんか。私、タバコも吸わないし、なんか煙たい感じになるんで、それにやっぱりバカにされてるみたいですよね」
銀蔵「バカにだなんて、そんなことは無いですよ。でもすいません解りました。では今度から焼き芋に…」
一郎「だから何も例えなくていいですから!」
銀蔵「解りました。本題に話しを戻しますと、その佐藤君を将来漫才師として世に送り出すためにあなたがコンビを組んだのです。これは魂の必然。宇宙の思し召しなんです」
一郎「宇宙?」
銀蔵「そう宇宙へ飛び出すロケットの第一エンジンといえばいいでしょうか」
一郎「第一エンジン?」
銀蔵「そう、成層圏にロケットを送り出して切り離され燃え尽き海の藻屑となるあの第一エンジンです」
一郎「……」
銀蔵「さっき疑似体験した漫才を見ても解ると思いますが、ハッキリ言ってあなたにお笑いの才能が無いことは明白です」
一郎「さっきから言いにくいことをハッキリいいますよね」
銀蔵「ありがとうございます」
一郎「褒めてませんから」
銀蔵「貴方の魂の誤解を解くにはハッキリ言った方がいいと思いますからゲッツ!」
一郎「ゲッツ!はもういいですから。だからなんですか? 私が子供のころに諦めた漫才師の夢は、諦めて正解だったということなんですか?」
銀蔵「そういうことです」
一郎「どうも納得がいかないな」
銀蔵「例えあなたがあの魂の時代に諦めていなかったとしても、今度は第2エンジンとなって佐藤君と運命の残酷な別れを体験し宇宙の藻屑となって彷徨っているはずでした」
一郎「またロケットだ。しかも今度はゴミ! 残酷な別れって何ですか?」
銀蔵「それは当図書館の規則で申し上げるわけにはいかないことになっています」
一郎「規則? いいじゃないですか? もうそこまで言っておいて」
銀蔵「選ばれなかったあなたのイメージは別の時代の誰かのものですから」
一郎「いや気になるな」
銀蔵「そのうちストンと腹におさまりますよ」
一郎「なんかスッキリいかないな。じゃあ最後に聞いていいですか、もしそのまま佐藤君と漫才をしていたとしたら私はどんなギャグを考えていたんですかね? あったら冥土の土産に知っておきたいのですけど」
銀蔵「それはあります」
一郎「ありますか!教えてくださいよ」
銀蔵「そうですか、それほどいうなら特別ですよ。貴方がそのまま佐藤さんと漫才をしていれば生み出されていたであろう珠玉のギャグをお教えしましょう」
一郎「はい、お願いします」
銀蔵「いきますよ」
一郎「はいどうぞ」
銀蔵「いきますからね」
一郎「はい」
銀蔵「感激だぴょん!」
一郎「………聞かなきゃ良かった。解りました次へ行きましょう」
 
■暗転再び図書館。
 
銀蔵「かくすれば、かくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。わかっちちゃいるけど辞められない。これはかの吉田松陰が四十七士の眠る泉岳寺の門前を駕籠に護送されながら通った時に読まれた句だとされています。この句に記憶はありませんか? あなたが今手にしている本のタイトルはなんですか?」
一郎「ある出征兵士~父母への手紙~…」
銀蔵「ここまで来てひょっとしてお気付きかもしれませんが、あなたの魂は常に戦いの場に自己の価値を求めようとする魂の癖ありました。そしてその各時代において残念をくすぶらせておりますね、山口正一さん」
一郎「はっ!お母さん!」
 
■フェードダウン暗転、空襲の音の中ナレーションが流れる
 
 
ナレーション「母さん、この度の親不幸をお許しください。父さんが早くより病死し、女で一人で妹と自分をここまで育てていただき感謝のしようもありません。特に幼少より病弱な私を育てあげていただいた並大抵ではない苦労を想うとき、その思いはひとしおであります。その上決して頭脳明晰でもない私を、一人前にも大学にまで行かせていただき、誠にありがとうございました。それだけに、戦時下とはいえ学業半ばにて辞することについて、母さんには申し訳ない気持ちでこの胸が張り裂けそうです。まだ親孝行もその百万分の一も実行せぬまま、こうして出征することは断腸の思いです。お察しください。ご存知の通りわが帝国日本は、存亡の危機に頻しております。とうとう私のような若輩にまで順番が回って来たのかと、その深刻な状況を考えずにはいられません。しかし、我々が立ちあがり最善を尽くすことになんの躊躇があるでしょうか。もはや愛するものたちを守る覚悟は自分なりにできています。母さん、怒らないで聞いてください。もし私が死んだとしても決して犬死だとは思わないでください。強がりを言っているのではありません。我々若造がこうしてこの時代に生き、わが国をいつくしむ気持ちは、時空を超え、必ずや未来の日本人の心に届き、繁栄の礎となるものと確信しています。愛するわが国を守るためそして愛する人々の日常を守るため、私は喜んでこの命をささげます。だから母さん、どうか自分の息子を誇りに思ってください。また逢える日を楽しみにしております。なにとぞお体ご自愛くださいませ。
オトリシユウイチ
尾鳥士 雄一(オトリシ ユウイチ) 
 
一郎「お母さん!」
●膝立ちで叫ぶ一郎
銀蔵「あなたの残念は祖国日本の行く末とお母様と妹さんのことでしたね」
一郎「我が国日本は? 母は妹は?」
銀蔵「結果からいえば日本は戦争に負けました。アメリカを中心とする連合国にです。国中の都市という都市は空爆され、広島と長崎には当時としては最新の原子爆弾も落とされ、もう日本が二度と立ち直らないようにと完膚無きまでに叩きのめされました。もうかれこれ200年も前のことですが」
一郎「なんだと、もう一度言ってみろ!」
銀蔵「日本は当時の敵であったアメリカの過剰なまでの本土攻撃にあい国中をほぼ焦土と化して、負けたんです」
一郎「なんだと!、日本が負けた!」
銀蔵「でも心配はいりません。妹さんとお母様は戦後もしっかりと生き、お母様は天寿を全うされました。しかも妹さんも結婚されお子さんも設けられ幸せに暮らして、最後はお孫さんに囲まれ静かに人生を全うされました」
一郎「そうですか。でも日本は負けたんですね」
銀蔵「確かに日本は負けました。でも私が言うのもなんですが当時戦争に負けることは宇宙の計画通り、織り込み済みでした。もともと日本という国は使命がありましたから日本が滅びることは絶対にありません。実際戦後は戦争に勝った国々が唱える正義の矛盾をさらけ出させながらじわじわと、日本は復権し人類始まっていらいの繁栄を築き、魂と宇宙の時代に入った現在では新しい人類の目標となっています」
一郎「そうですか、繁栄しているのですね。よかった。よかった」
銀蔵「だから思い残しや残念はキレイさっぱり忘れさってください」
一郎「そうですか、よかった。バンザイ! バンザイ! バンザイ! あなたもほら」
 
●銀蔵もバンザイをうながされ一緒にバンザイ三唱する
 
2人「バンザイ! バンザイ! バンザイ!」
 
■暗転、暗転明け図書館引き続きバンザイをする一郎
 
銀蔵「静かにしてください! 図書館では静粛に!騒がないでください。静かにしていただきますか」
一郎「さっきまで一緒にやってたじゃないですか」
銀蔵「まあまあ、何事も切り替えが大切ですから。うれしい時はある程度はね。魂の興奮冷めやらぬところですが、クールに次にいってもいいでしょうか」
一郎「わかりました。こうなったらさっさといきましょう。これで最後ですから」
 
●と本を取り上げる一郎。
 
一郎「遊園地ウンチク完全ガイド・・・」
銀蔵「メリーゴーランドはお好きですか?」
 
●何かを思い出したような驚きの一郎
 
■暗転、暗転明け
 
●場面は変わって遊園地の楽しげな音、メリーゴーランドのそばにあるベンチに一郎が座ってメリーゴーランドの回るさまを眺めている。そこに銀蔵が近ずく。
 
銀蔵「あの・・・これは世界で一番古いんですよ」
一郎「・・・・」
銀蔵「いやぁね、このメリーゴーランドのことですよ。これは150年前に確かイギリスで作られて、ヨーロッパを巡った後にアメリカのコニーアイランドにあったのをここの遊園地が買い取ったんですよ」
一郎「よくご存じですね」
銀蔵「まあ、でもあなたも随分とこれが気になるようですね」
一郎「良くわかりますね。これを見ているとなぜか落ち着くっていうか、原点に戻ろうと考えるときは、毎日ここに来てゆっくり一人でこいつの廻るの見てるんですよ」
銀蔵「毎日ですか、お仕事は?・・あぁ遊園地の方ですか・・」
一郎「そうじゃなくて、ここの年間パスを持ってましてね。・・・仕事は昨日辞めました、てっいうか、正確には止めさせられたんですけどね、いまは休職中です」
銀蔵「休職中って、そのキュウは求める求なのか、それとも休む休ですか?」
銀蔵「どっちですかね?」
一郎「どっちがいいですかね」
銀蔵「どっちって、そうですね、アルファベットのQでいいじゃないですかQで」
2人「アハハハハハQですか」
 
●2人笑うが銀蔵だけが一郎を独り残して笑いが止まらい。
 
一郎「そんなに面白いですか? 人が失業したのが」
銀蔵「失礼」
一郎「私は嫌な事を忘れる時はよく雲を仰ぎ見てすっきりするようにしてるんです。ほら見て下さいあそこの大きいヤツ」
銀蔵「あぁはいはい」
一郎「アレは何に見えますかね?」
銀蔵「あれはやっぱり雲ですよね」
一郎「そうじゃなくて」
銀蔵「あっ! 動物とか。えっあれはドラゴンとか…」
一郎「あれはね、新潟県ですね」
銀蔵「新潟県! 動物じゃないんですか?」
一郎「ちょうど上の所に佐渡島もあるし」
銀蔵「じゃあそのあれはどうですか。隣の大きいやつ、あれは大阪とかじゃないですか」
一郎「あれはアラブ首長国連邦ですね」
銀蔵「UAE、今度は外国ですか」
一郎「そう言えばまだお互いの名前を…」
銀蔵「失礼しました。なんだか昔からの知り合いみたいな感じがしてしまって」
一郎「それはオタクが勝手に思っているだけですから・・・アハハハハ(笑)申し遅れました。私はこういうものです」
 
●と名刺をさしだす一郎
 
銀蔵「えっ! スゴイ変わったお名前ですね」
一郎「そうですか !?」
銀蔵「デンチュウヒトロウ」
一郎「えっ? 違います。たなかいちろうです」
銀蔵「スイマセン~マダニホンに来て日にちがたっていないモノでゴザイマシタカラ」
一郎「なんで急に外国人になるんですよ」
銀蔵「すいません。つい悪いクセで」
一郎「どんなクセですか?」
銀蔵「アイムソーリーバウト、ゲェツ!」
一郎「ゲェツはもういいですから」
銀蔵「すいませんでした。確かに雲いいですね」
一郎「そうでしょう! 雲ってのは都会で体感する唯一の雄大な自然なんですよね」
銀蔵「なるほど、まったくだ。メリーゴーランドが唯一、回転する木馬だっていうのと同じですね」
一郎「それとは違うような気がしますけど」
銀蔵「あっははは確かに」(笑)
一郎「でそちらのお名前は?」
銀蔵「名乗るほどのモノでもありませんから」
一郎「そうじゃなくて、せっかく知り合ったんだからいいじゃないですか。名乗らないのなら勝手にメリーさんにしちゃいますからね。そしてわざと遠くから大きな声でメリーさん!って呼んじゃいますよ」
銀蔵「メリーさんは止めてくださいよ、そんな目立っちゃうじゃないですか。はずかしい」
一郎「じゃあ教えてくださいよ」
銀蔵「わかりましたよ、あんまり平凡すぎて笑われるかもしれませんけど」
一郎「笑いませんよ。平凡っていったら私の名前だって田中一郎なんですから」
銀蔵「わかりました。じゃあ耳を塞いでててください」
一郎「塞いだら聞こえないじゃないですか」
銀蔵「バレちゃった。やっぱり恥ずかしいから。わかりました。いいます。申し遅れました権野川銀三です」
一郎「ゴンノガワギンゾウ! 全然平凡じゃないですからその名前は、むしろ遠くで呼びかけたらメリーさんより恥ずかしいですから」
銀蔵「わかってます」
一郎「けっこう面倒くさい人ですね。げんのがわ銀三さんは」
銀蔵「ゲンじゃ無くてゴン野川です」
一郎「わかりましたよ。面白いお人だ。権野川さんは」
銀蔵「褒めていただいて有難うございます」
一郎「しかしこのメリーゴーランドってやっぱり変ですよね。改めて見るといやねぇさっきから同じところをグルグル回ってると思ってなんだか(笑)」
銀蔵「みんな自分のメリーゴーランドに乗ろうとしないで、他人のメリーゴーランドに乗ろうとするんですよ」
一郎「えっ! 自分のメリーゴーランドを持つ。なかなかお金もちじゃないと無理ですよね、メンテナンスも大変そうだし、機械油も相当使いそうですね」
銀蔵「じゃなくて」
一郎「えっ?」
銀蔵「みなさん心の中にそれぞれメリーゴーランドを持っているんですよ」
一郎「はあ」
銀蔵「なのに自分のメリーゴーランドは廻さずに、人のメリーゴーランドに乗ろうとする人が多い。みんな自分の中にこんなに楽しいのがグルグル回っているのに」
一郎「自分の中にですか? メリーゴーランドが?」
銀蔵「自分は自分が思っている以上にワクワクする存在だってことですよ。大概みんなそのことに気づかないまま人生を終わらせている」
一郎「はあ、なんだか解ったような解らないような話しですけど、私はこう見えても・・・」
銀蔵「こう見えてもって、どう見えても?」
一郎「えっ!? いやなにも考えていないように見えるかもしれませんけど、けっこう考えてる人間だってことですよ」
銀蔵「それは解っています。むしろクヨクヨと残念がって過ぎたことをいつまでもああでだもないこうでもないと考えすぎるぐらいです」
 
●2人急に話題が途切れたように沈黙。口火を切る一郎。
 
一郎「クヨクヨって言わないでくださいよ。・・・・・・うちの息子はここの遊園地が好きでした。特にこのメリーゴーランドが好きでね。その息子がある時言うんですよ。メリーゴーランドに乗っていっぱい回転すれば天国に行けるんじゃないかって。いやね、うちの子は天才じゃないかって思う時が時々あってね。・・・・・・そんな息子が本当に天国に行ってしまうんなんて」
銀蔵「確か、自動車事故でしたね」
一郎「なんで知ってるんですか」
銀蔵「4トントラックでしたね。運転手は真面目な青年でした。新婚で妻のお腹には赤ちゃんがいた。自分たちのマイホームを手に入れようと、毎日一生懸命夜勤続きで働いた結果の居眠り運転でした」
一郎「あの子は本当に天国に逝ってしまったんでしょか? まだあの回転木馬にまたがってこっちに向かって手を振っているんじゃないかって、こうして探している自分がいるんです」
銀蔵「それを(残念)といいます。」
一郎「(残念)・・・仕事、仕事といってあの子の寝顔だけしか見ることがなかった。せめてあの子の好きなこのメリーゴーランドに一緒に乗って何周でもしたかった。ただそのことだけが思い残っているんです」
銀蔵「わかっています」
一郎「そういえば事故の後、しばらくしてあの子が夢に出てきたんです。遊園地のメリーゴーランドに乗ろうとして列に並んでいるんですよ、そして私に言うんです。パパ108回廻れば天国にいけるよって。子供って大人よりもピュアっていうか、除夜の鐘じゃないんですから、108回なんか廻りすぎですよね、いくらなんでも。いやね、子供の発想ですから、でもけっこううちの子は天才じゃないかって思う時が時々あって、それにもう人間じゃないですし、その辺はやっぱり悟ってるっていうか、仏っていうか、試してみるのもいいかなって思うんですよ。もう一回あのメリーゴーランドみたいにぐるっと廻ったら生まれ変われるかもしれませんしね」
銀蔵「あなたのその息子さんに対する残念が息子さんをメリーゴーランドに乗ることを邪魔しています。これまでの様々な魂の季節の中でくすぶらせていた残念の中でもとびきり大きな残念がこれでした」。
一郎「一番大好きな愛する宝物が奪われたんですよ!」
銀蔵「でもあなたはそういいながら、うすうす気がつき始めたんじゃないですか? 全てはイメージだということを」
一郎「イメージ?」
銀蔵「残念だと思えば残念なんです。魂が納得し忘れることがいかに大切かそのためにイメージする事が重要になってきます。ワクワクするイメージをしてください。貴方の魂は過去から開放されました」
一郎「明日もここで会えますか? いやあ、なんだかもっと話しがしたくなって、あなたとね」
銀蔵「…もう会えません。いや会う必要がありません」
一郎「ところで銀三さんはあのメリーゴーランドには乗らないんですか?」
銀蔵「メリーゴーランドは自分が乗るんじゃなくて、誰かを乗せるものです。私は遠慮しておきます。それよりもほらご覧なさい。息子さんが乗ってるでしょ。あの時の子供のままだ、お父さんしてあげなさい。貴方はこれで家族のところへ帰れます。あなたのイメージ通りの家族の元へね」
一郎「そうですか、なんだが悔しさや寂しさが消えて、なんて言うか胸につかえていたものがすっーと無くなったような気分です。ありがとうございました」
銀蔵「ほらごらんなさい。みんな乗ってますよ。貴方がこの瞬間に寛大にも乗ってもいいと言ったものだから、みんな安心して乗ってますよ。藤田さんなんか鎧姿だからさすがによく似合う。ほら山口さんも凛々しくこちらに敬礼してますよ。佐藤さんもニコニコして隣りの藤田さんに突っ込みいれたりしていますよ。息子さんもほら……一緒に乗ってあげたらどうですか」
一郎「はい、そうします。もう行ちゃうんですか? あっそうだ! 今度こそ本当に漫才しませんか。一生懸命ギャグ考えますから」
 
■暗転フェードイン一郎が図書館で居眠りしている。
 
銀蔵「すいません図書館で居眠りはやめていただきますか」
一郎「はい、すいません」
銀蔵「読み終わった本はもとの棚に返却していただきますか? そして早く裏庭の方へ行っていって下さい」
一郎「裏庭?」
銀蔵「裏庭ですよ。長靴だってはいてるじゃないですかもう」
一郎「長靴?! いつのまに」
銀蔵「もうそろそろ川を渡る時間ですからね」
一郎「川って?」
銀蔵「貴方が選んだんでしょう。洞窟にするか山にするかそれとも川にするか。早く渡ってくださいよ」
 
 
 
 
 
夢相花:円ひろしの歌が流れてエンディングで流れる。
 
 
 

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