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#山尾三省の詩を歩く 5月


       三光鳥
                            
     世界には 不思議な鳥がいるものである
     三光鳥という鳥である
     夜が明けるとすぐ
     ツキ ヒー ホシ ポイポイポイ
     ツキ ヒー ホシ ポイポイポイ
     と啼きだし
     一日中
     森をとおして 日が暮れるまで啼いている
     月 日 星 ポイポイポイ
     月 日 星 ポイポイポイ
     三つの光を 讃えて啼くのだという
     不思議な鳥の啼く森に住んで
     わたくしもまた
     三つの光を讃えることを学ぶ
     学ぶことに いつしか月日も忘れてしまう
     夜になると
     三光鳥は啼かない
     三光鳥の眠る森の空で
     月と星は 不思議の光をその鳥達に与える

山尾三省『五月の風』(野草社)

 五月になり、明け方の森で三光鳥が啼き始めた。
 三光鳥はスズメ目カササギヒタキ科の鳥。雄は紫黒色で、腹は白く尾が極めて長く優美。雌は背面が栗色。山地の暗い林中にすむ夏鳥と広辞苑にはある。初夏に屋久島に飛来して、人里離れた森の中で、産卵し、子育てをする。姿を見ることはめったにできないから、見ることができれば余程強い印象を受けるようだ。
 三省さんがこの詩を書いたのは、おそらく1990年の5月頃だと思う。
 ある日、山の中の我が家を訪ねてきた長井三郎さんと書斎の「愚角庵」で話をしていた。
 三郎さんが帰ったあとに、母屋に戻ってきた三省さんは興奮した様子で
「三光鳥を見たよ」と言った。
「書斎で話をしていたら、さぶが三光鳥だと窓を指さしたんだよ」と。
 なかなか見ることができない鳥を見たのが嬉しくてたまらない様子だった。
 三省さんが三光鳥を見たのはおそらくそれが一回きりだったのではないかと思う。

 私は33年この島に住んで、まだ一度も三光鳥を見たことがない。
 それでも、啼き声を聞くことはできる。「月日星」の部分ははっきり聞き取れないが、「ぽいぽいぽい」は一度耳にすれば忘れることのない特徴的な啼き方で、誰にでもすぐ三光鳥だと知ることができる。
 寝床のまどろみの中で三光鳥の啼き声を聞いていると朝の苦手な私でも幸せな気持ちになれる。そしてこの啼き声を「月、日、星ポイポポイ」と聞きなした人の宇宙観に想いを馳せる。

 三光鳥は三省さんが新しいアニミズムの思想を深めるきっかけになった鳥ではないかと私は思っている。
「美しいもの、喜びを与えてくれるもの、安心を与えてくれるもの、慰めを与えてくれるもの、畏敬の念をおこさせてくれるもの」をカミと呼び、その最たるものとして太陽、月、星を思い描いていたであろう三省さんのアニミズムにおいて、三光鳥はその使者のようなものだったのではないだろうか。
 今年も澄んだ声を森の中に響かせて三光鳥が啼く。
 月と日と星に守られて、一日一日を過ごしていけることに感謝し、この静かな暮らしに爆音を響かせてはならないと思う。
…………
山尾 春美(やまお はるみ)

1956年山形県生まれ。1979年神奈川県の特別支援学校に勤務。子ども達と10年間遊ぶ。1989年山尾三省と結婚、屋久島へ移住。雨の多さに驚きつつ、自然生活を営み、3人の子どもを育てる。2000年から2016年まで屋久島の特別支援学校訪問教育を担当、同時に「屋久の子文庫」を再開し、子ども達に選りすぐりの本を手渡すことに携わる。2001年の三省の死後、エッセイや短歌などに取り組む。三省との共著に『森の時間海の時間』『屋久島だより』(無明舎出版)がある。