#照葉樹林の足下で 7月
夕方雨が止むと、夜の森へと出かけます。
スダジイやイスノキの茂る照葉樹の森です。
夕闇に背中を押されながら森の小道を歩いて、いつもの倒木の前で座り込み、すっぽりと闇に包まれるのを待ちます。
息を潜めて、真っ暗な森の奥を見つめていると、闇の中から怪しい光が浮かび上がって来ます。
シイノトモシビタケ。
スダジイの倒木や枯れ枝にポツポツと現れて、強い光を放っています。
一時間ほど暗闇の中にいると目が闇に慣れて、弱々しく光るスズメタケなどにも気がつくようになります。
そして、うっすらと樹間までもが見えてきて、真っ暗闇の世界の中に紛れていた匂いや音までもが、聴き分けられるような気になります。
この枯れ枝の形に光っているスズメタケは、一ヶ月ほど光り続けているので、何度も足を運んで、見入ってしまいました。
夜の森を散策している時に雨が降って来ても、もう帰ろうかななんて思ってはいけません。
ヌナワタケの仲間やアヤヒカリタケなど、粘液や胞子が光るキノコは、雨が降っている夜こそ、美しく怪しく光って、見つけられるのを待っているのですから。
この日の夜は、川の縁まで歩いて行きました。
マタケの間をガサガサとかき分けて進んでいると、かなり離れたところに、ヤコウタケがついていました。
このキノコは島の発光性キノコの中でも、三本の指に入るくらいの強い光を放ちます。
竹やサツマサンキライの枯れた場所によくついて光っています。
闇の中で腰を下ろし、這い上っているヤマヒルをつまんでは投げながら、目の前に光るキノコを見ていると、ナメクジやカタツムリなどがきています。
発光するその理由が、食べられることなのだと聞いたことがありますが、
食べられることで胞子を運んでもらっているのでしょうか。
シイノトモシビタケなど大きめの発光性キノコは、大抵、夜明けまでには喰われてボロボロになっているので、次の夜にまた、喰われていないキノコを探すところから散策は始まります。
ヤクノヒカリタケとヤクノアワユキタケは仮の名称ですが、ほぼ真っ白い傘を持つヤクノヒカリタケの発光力は、ヤコウタケにも負けないくらい強く、ヤクノアワユキタケは、かすかな光でスダジイの根元を覆い尽くしています。
季節の中で、一番早く出てくる光るキノコはヒメホタルタケ。
三月の木の芽流しの頃には、ハマニンドウの枯れた蔓にたくさん現れて、
ああ今年も夜の森歩きが始まるな、と私には季節の到来を告げるキノコになっています。
我が家の周りでも、アミヒカリタケと共によく光っています。
夕闇が迫ると、夜の森に行きたいと心が騒ぎ、いつの間にか、森の闇に食べられている自分に気がつきました。
夜の森には昼間の森とはまた違った、光るキノコを通して教えられる森の命の深さを感じます。
一本の木を覆い尽くして光るギンガタケの根元に寝転がり、頭上に広がる宇宙の銀河と森の中の銀河と、そして背中に広がる落ち葉の銀河に包まれて、
森とつながっている自分を想像する。
豊かさの源がここにもあるなと思った瞬間です。
暮らしのすぐ側に、豊かさを教えてくれる森がある。
伐られて狭い場所しか残っていないけど、身支度整えてまた夜の森へ。
光るキノコが森においでと呼んでいます。
…………
山下大明/やました ひろあき
1955年鹿児島県生まれ。中央大学経済学部卒業。
小学生の頃から山歩きを楽しみ、大学卒業前後より屋久島の魅力にとりつかれる。
36歳で屋久島に移住。
文化出版局『銀花』の特集を多く手がけ、キヤノンカレンダーなど作成。
現在、低地照葉樹林を残すべく、「屋久島照葉樹林ネッワーク」のメンバーとなり、希少種調査などを行ないつつ、菌従属栄養植物の撮影を続けている。
写真集『樹よ。』『月の森』(野草社)、『水の果実』(NTT出版)、
写文集『森の中の小さなテント』(野草社)、水が流れている(文・山尾三省、野草社)、
写真絵本『水は。』(福音館書店)、『時間の森』(そうえん社)などがある。
日本写真家協会会員