あなたの利用規約の専属的合意管轄裁判所の書き方、無効かもよという話
はじめに
3Dモデルやイラストなどのデジタル商品が不正利用された場合、利用規約に基づいて著作権法は(教育目的利用その他除外規定の及ばない限りにおいて)使用許諾に基づかない使用を禁止することができますから、損害賠償をや使用差し止めを請求していくことで、被害を回復していくことになります。
そのための民事訴訟という手続きなのですが、利用規約の書き方次第で落とし穴にハマるかもしれないという話をさせていただきます。
1. 実は本人訴訟大国ニッポン
日本には、47都道府県に50の地方裁判所があり、またそれぞれに支部および簡易裁判所が置かれています。遠方だと当事者本人や弁護士の移動負担が大きいですし、なるべくなら自分の土地管轄の裁判所でやりたいところなんですが、日本人は釧路から那覇までいろんなところに住んでいて、デジタル商品の販売とかやってると思わぬ遠方の相手方とトラブルを抱えてしまうことはよくよくあると思います。
日本って本人訴訟大国で、弁護士なら嫌がるようなつまらないイチャモンレベルでも訴えを提起することができちゃうので、わざわざ弁護士立てなくても勝てるレベルの裁判でも遠方で訴訟を提起されてしまったらそれだけ負担になります。
地裁に提起される訴訟の約7割、簡裁はそれ以上が、弁護士をつけていない本人訴訟といわれています。これは世界でも類を見ないくらい多いです。
まあ、本人訴訟じゃなくて弁護士代理人つけて訴訟ふっかけてきたときのほうがもっと血の気がひくと思いますけどね。
でたらめな訴訟でもちゃんと応訴しないと負けて支払命令が降ってしまうかもしれませんから、極力自分の土地管轄に移送して応訴したいところですが、訴えが提起された裁判所が不服である場合は、被告側は移送申立署と、移送却下された場合の予備的防御方法を記載した答弁書を書いて提出することになると思います。
そんな遠方から訴えられる覚えないという怒りを鎮めて、まずは冷静に移送を申し立ててください。
手続きでわからなければ裁判所に電話かけて聞いてみてください。
最寄りの裁判所に行けば用紙ももらえますしね。
2. 転ばぬ先の杖としての契約
移送にも根拠が必要です。有効な合意書ないんですか?あらかじめ作っておきましょうよ。
訴訟になったときに慌てないために守りの契約って大事なんです。
今回の(プログラム以外の)著作権訴訟、その他の民事訴訟では、契約不履行責任(民法415条)もしくは不法行為責任(同709条)に基づく損害賠償請求、および著作物の使用ににかかる差止請求(著作権法112条)を行なっていくことになります。
販売者たる権利者としては、販売にあたっては逆に訴えられるリスクを十分警戒し、景品表示法や電子商取引関連法に対する違反がないかを精査する必要があるでしょう。
デジタル商品トラブルにかかる訴訟の法廷管轄
特許・商標等、あるいは著作権法に規定する「プログラムの著作権」にかかる紛争は東京地方裁判所と大阪地方裁判所の知財部が専門的に扱うことができます。デジタルの3Dモデルやイラストはプログラムに組み込むことはできますが、直ちにプログラムの著作権適用対象となるわけではないので、特段の事情がない限り、全国の地方裁判所もしくは簡易裁判所が第一審の管轄になることができます。
どこの裁判所に係属するかは事案によりますが、管轄適格を有すると思われる裁判所の中で最適と思われる裁判所を、裁判所自身が迅速に判断することになります。
1. 被告地主義(もしくは原告地主義)
著作権訴訟に限らず、民事訴訟全般においては、特段の事情のない限りにおいて訴えを受ける被告地の裁判所で行うのが原則です。
少額訴訟の場合は、被告地管轄の簡易裁判所が排他的専属管轄(管轄合意は無効)となります。特に60万円以下の賠償金額を利用規約に提示(民法420条の賠償予定契約)している場合は、相手が争わない限りほぼ一回の期日で完結しますので、賠償金回収の現実的な選択となります。
その他、商品の瑕疵を理由に消費者側が販売者を訴えるケースでは、消費者保護の観点から原告地主義が採用されています(これは専属的合意管轄よりも優先されます)。
2. 契約地主義(契約不履行責任を問う場合)
売買契約の締結をもって使用許諾契約の締結とする利用規約としていた場合、インターネットサービス提供者の所在地という考え方もできるでしょう。
たとえば販売委託先がBOOTH(pixiv)などであれば東京地方裁判所が管轄となります。原告が地方在住者である場合はいずれにも負担となります。
3. 行為地主義(不法行為責任を問う場合)
インターネットを経由しての遠隔での不法行為の場合、行為地はアクセス元かアクセス先かでも説は分かれるかと思いますが、日本の裁判所で取り扱うにあたっては、海外のVRChatなどの海外のサービスで不正利用していた場合などは、日本のインターネットにアクセスしていた元の場所(多くの場合は被告地と同定できる)が行為地とみなされると思われます。clusterやVirtualCastは東京の会社が運営していますから議論の余地があります。
司法上は被告地と同定されるようです(野間小百合・広島大学准教授の論文)
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_10314610_po_27_noma.pdf?contentNo=1&alternativeNo=
専属的合意管轄裁判所の書き方の良い例・悪い例
1. 満点回答な書き方
法定管轄によらないで当事者同士で第一審裁判所を決めておこう、というのが、民事訴訟法11条に規定する専属的合意管轄裁判所です。法令によって優先される専属管轄の規定に反しない限り日本国内のいずれの第一審裁判所を記載する。
知財訴訟の場合は東京地裁もしくは大阪地裁の管轄として、通常訴訟の裁判所とは別に併記することもあるでしょう(逆にそこ以外の地裁は管轄違反です)。
地方裁判所と、同じ土地管轄の簡易裁判所を併記する例もよくありますが、訴訟物の金額によって管内で事件を振り分けるのは裁判所の基本的なルールですから、不合理な事情(別の土地管轄の地裁と簡裁が併記されてるなど)がない限り、特に疑問の余地はありません。
もっとも、合意管轄が有効であることに争いがなくとも一方当事者や証人の負担を考慮して、またはその他の事情申立もしくは職権で移送(17条移送)する場合もありますし、合意が無効とみなされ専属的管轄権が否認される場合は、16条に基づき相当の法定管轄裁判所への移送になると考えられます。
2. 「甲の所在地を管轄する裁判所」というよくない書き方
先日Twitterで議論にもなったのですが、甲の所在地が別文書にも明示されていない状況下で、電子文書で権利者側の土地管轄裁判所を専属とする条項は当然無効である旨論じたところ、的外れな詭弁を弄する人がいました。もちろん弁護士でもその他の士業でもない人なんですけど(「有効」であるとの主張はなんら根拠のないもので到底意味不明なので無視することにします)。
ことわっておくと、販売者の所在地が別紙文書で明確に示され、そこから推認できる管轄裁判所が相手方に十分明らかである場合は、明示性については褒められたものではないでしょうが直ちに問題にはなりません。
どちらかというと大多数が居住地を開示していない個人のクリエイターが同じ轍を踏んでいて「所在地が特定できる情報を開示してないのにどこの裁判所かわかるわけないだろ!」という初歩的問題なのです。
3. そんなはずじゃなかったと思うのは表意者の想像力不足
主意的理由として、管轄裁判所を具体的に特定できる情報たる所在地を原告が明示しないのだから、民訴法11条2項を具備する契約が有効に成立しているとみなせず、管轄合意は不成立と職権判断するであろうこと。そうなった場合、第一回期日を決める前に(特に契約地もしくは行為地が明白でない場合は)被告地の管轄裁判所に職権移送されてしまうことすら起こり得ます。
予備的理由としては、表意者が専属的管轄裁判所を故意に明示しないことで、相手方を全国どこの裁判所から訴えられるかわからない状況に置くような契約条項は、相手方の防御権を不当に制限しうる不当条項(民法584条の2の第2項)に該当すると考えられます。
うち、予備的理由の根拠となる判例法理はこのあたりを読めばわかるでしょうか。
東京高決平成16年2月3日(判タ 1152 号 283 頁)
横浜地決平成15年7月7日(判タ1140号274頁)
いずれも専属的合意管轄裁判所の有効性を争った事例ですが、原告側が複数の管轄裁判所から任意に選ぶことのできる記載があり、それによって被告の防御の利益を不当に害するものであるとの趣旨により、両事例共に、合意管轄は無効であると判じています。これらは非常に類推適用しやすい判断です。
4. 逆に被告地なら合意として有効なのか
逆にライセンサー(以下「甲」)が譲歩して「相手方(乙)の土地管轄裁判所を管轄とする」とWebサイト上、利用規約に記載した場合、甲は個々の不特定多数のユーザーの管轄裁判所を知ることができませんから不利益になりますが、別にユーザーサイドが甲にそう書くよう命じたわけでもなく自分自身でそう書くのですから、不服の余地はないと考えられます。
また予備的な観点としては、
被告の土地管轄裁判所は文書で明示しなくとも管轄適格を有するのでそもそも記載そのものが無意味
仮に「そんなつもりはなかった!」としても、もっぱら表意者の過失(民法95条の取消権除外要件)ならどうしようもない。
一般論として著作物の使用許諾契約はライセンサー側が優越的立場になりがちであるため、相手方に対する一定の譲歩は信義則上なんら問題ない。
こんくるうじょん
専属的合意管轄は、極力自身の土地管轄の裁判所で事件を進めるために大事な規定ですが、契約の相手方に事物に対して一意に定まるように表示しなければ、裁判所に無効と判断され、相手方側の管轄裁判所に移送されてしまうことは十分あり得ます。
管轄が有効でも事情によって移送されたりされなかったりする(民訴法17条)んですが、弁護士の交通費などが多額になり、費用倒れを気にして訴訟を諦めてしまう当事者も割とよくいます。仮に全額勝訴でも相手に負担させることのできる費用(民訴費用法にもとづく)は弁護士の請求してくる実費を大きく下回ります。
極力無効にならない書き方の努力が必要になるでしょう。
それではみなさま、よい訴訟生活を。
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