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日本一無名な島根が異世界に行ったら世界一有名になった話 17

実際に現地を訪れたはいいものの、未だ具体的な状況も原因もわからないという現状に寺山達はもどかしさを感じる。
必死に調査している人たちの姿を前に、知事の立場として今は見守ることしかできない。
だがそれでも寺山は彼ら自衛官たちに真相の究明を期待していた。

それと同時に寺山はあることが気になり、田中に質問をする。

「このような大規模な災害が起きているわけですが、けが人や犠牲者などはどのくらいいるんですか?」

寺山の問いに田中は一瞬口ごもった。
地震当初から彼が気になっていた問題。
島根を預かる一人の人間として、県民一人一人の安否を考えるたびに不安にさいなまれていた。
それゆえに田中が言い淀んでいるということに緊張が走る。
だが彼の口から出たのは思いもよらぬ一言であった。

「いないん…ですよね…」
「え!?」
「一応確認が取れている限り、地震の直後に直進していた車がそのままあそこにある木にぶつかって、乗っていた男女四人が軽い打撲をしたようです。しかしそれ以外にけが人も犠牲者も確認できていません」

田中はそういいながら前方にある木を指さす。
そこにはテープなどで印がつけられた木が一本と、周りに車のランプが砕けたような痕跡が残っていた。
一目見てその木にぶつかったんだろうと寺山は理解する。
それと同時に、寺山の頭の中では驚きと安堵が渦巻いた。

これだけ大きく地形が変化するほどの大災害。
いくら交通量が少ないとはいえ巻き込まれる恐れは十分にあるにもかかわらず、予想以上に被害が小さいことに皆疑念が浮かぶ。

「もちろん、まだ確認できていないだけで今後さらなる被害の全容が明らかになる恐れもあります。現状、鳥取側において本来あったはずの建物などはまったく見つかりませんし、直前まで鳥取方向に向かって走行していた車なども忽然と消えたとのことです。それらはこの地震に巻き込まれたのかどうなのか、未だわからないことが多すぎてこちらでもお手上げ状態です」
「そうですか…」
「そもそもこの現象がどの程度の範囲に及んでいるのか、この周辺だけなのか何十キロにもわたってこのようになっているのかすらわかりません」

重苦しい口調で語る田中の言葉を静かに聞く寺山。
彼の言葉の端々にはやるせなさが見えつつも、そこには同時に悲壮感も隠れていた。

地震発生からすでに3時間以上経過している。
警察や消防、自衛隊まで現地に駆けつけ調査を行っているにも関わらず謎は深まるばかり。
今のところ犠牲者がいないというのは幸いな話だが、だからといって問題が解決したわけではない。
正体不明の天変地異を前に、調査が一向に進まないということに皆焦燥感を感じていた。

自衛官たちの作業に比べて寺山が今ここで出来ることは少ない。
だがそれでも、せめて励みになればと考えて現場で働く彼らたちとあいさつを交わす寺山。
彼が声をかけると、その身に染みた疲れを感じさせない笑顔で迎えてくれる自衛官たち。
その様子を見て寺山は少しだけ元気をもらったような気がした。

そうしてしばらくの間、視察隊一同は現地の自衛官たちと話をするなど情報交換を行った。
現場で働いている彼らにも理解に苦しむ状況であることは確かだったが、少しでも有意義な情報を持ち帰ろうと努力する。
ひとりひとりに話しかければ、いろんな返答が返ってきた。
それらひとつひとつが、彼らの努力の結晶だと寺山達はかみしめる。
そうしてそれらが一通り終わった後、視察隊は最初に来た道の駅まで戻り、帰路に就くこととなった。

行きと同じ、田中達に護衛されての帰り道。
寺山は最後にもう一度後ろを振り返った。
そこにあったのは、今まであったものが跡形もなくなった光景。
日常と非日常の境界線。
緑に覆われた美しい森が、静かにたたずんでいた。

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