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【覚悟の磨き方】失われし人としての生き様

こんにちは,ヤク学長です.本日は「生き様」についてです.  

誰よりも熱く誰よりも冷静に人の心を突き動かした天才思想家.
吉田松陰の言葉を紡ぎその熱き思いに心震わせることにしましょう.

この命をどう使いきるか、ついに志を立てる時が来た

吉田松陰

いまだかつて吉田松陰ほど破天荒な日本人は存在しただろうか. 

時代は鎖国の真っ只中. その当時の日本は,鎖国を続け完全に孤立状態を続けていた. そんなある時, 日本にも転機がやってくる.

1853年ペリーが黒船をつれてやって来たのだ. ペリーの手腕は身も震えるほどだった. 開国させるためには圧倒的な力の違いを見せつけるのが良いだろうと考えたいペリーは日本に向けて大砲をぶっ放したのである.  当時の江戸幕府を思い出して欲しい. 武士のメインは刀である. 刀vs大砲でどうやって戦い、大砲に勝つことができようか. 

当時の吉田松陰は25歳

実は、吉田松陰は兵法の専門家であった. 吉田松陰はペリーの艦隊をどうやって倒そうかと作戦を立てていた. 圧倒的な戦力の前に勝てないと悟った吉田松陰は頭の切り替えがとても速かった. 鎖国中であり, 海を渡ることが禁じられていたこの時代に、常識に縛られ日本が沈むのを傍観することを我慢ならなかったと言い残し艦隊に自ら乗り込んでいったのである. 

これほどの勇気のある行動ができる日本人が今の時代に果たしているだろうか.

たった一つの指針

吉田松陰が生まれた時から空気のように大切にしていたある指針がある, 「期待を破り行動を持って自分の信念を貫くことを良しとする.」
つまり,  論理でなく感情で学ぼうとする. そんな男だった. 

密航で捕まった後の松陰は牢獄にいながらも必死に勉強を重ねた. 牢獄を出た後に松下村という所でに塾を始めた. これが「松下村塾」である. 松下村塾を建てたというもののお金や勉強道具を買うお金もなく, 教科書も高級なものだったので買えなかった. そのため、弟子達と一緒に教科書を書き写し, 弟子たちと一緒に塾も建てたのである.
そんな吉田松陰であったが勉強を教えた期間はわずか2年である. たった2年にもかかわらず、なぜかエリートばかりを輩出している. 高杉晋作や伊藤博文を始めとした総理大臣や大学の創設者など名だたるもの達が存在している. 

教育の理念

教育の理念は次のようなものだった. 

教育は知識だけを伝えてもいいんじゃない. 教える者の生き方、生き様があって初めてその成果が得られる.

そんな松陰の姿勢が日本を変える人材を輩出したのである.

吉田松陰の生き様

吉田松陰は30歳で生涯の幕を閉じる. 

しかし、松陰の志は今もなお生き続けている. 

自分はどうあるべきか
すべての問題の根本は自分の中にある
どれだけ大きな計画であっても物事を動かす動機は心にあります

計画がはかどらずに悩んだ時は, 外部に答えを求めることなく, 自分はどうあるべきなのか, 雑音から距離を置いて1人静かに考えてみましょう

覚悟の磨き方

【日本にとっての普通】

自分はそこら辺の連中とは違う。そんなふうに考えている人こそまさに  
「平凡」かなと思います。「平凡」か「非凡か」なんてどっちでもいいことなんです。ただ、何かを真剣に追いかけていれば自然と非凡な人になっていることでしょう。

覚悟の磨き方

【満たされるために】

心を良い状態に保ちたいならば、自分が今不足に感じていることを探して
これを見出そうと、補おうと望むよりも報酬や見返りを求めることなく
誰かのために気持ちを込めて動くべきです

覚悟の磨き方

本日は以上です. いかがだったでしょうか. 
皆さんは何かに向かって必死に一生懸命に生きていますでしょうか?あなた自身の生き様や輝きを見せて欲しいと思っています.

吉田松陰が実際に死刑宣告されたときに, 全く吉田松陰は動じなかったといいます. 私もそんな生き様を全うしていきたいと思った次第です. 


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