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内容を問題にしない利得や救済が蔓延る原因として、優劣に関する誤解もあるのではないか
2019-12-003
劣等感に関するスレへの投稿内容
覚えるべき劣位性を、覚えない本人や評価できない他者の存在が社会的には問題と思います。
捨て過ぎな合理化(同種の他との差異要素の捨象と共通要素の捨象の使い分け失敗が主因)による利得、
フェア(問われるべき事と割り振りの整合)を越えては助けないとの戒め欠いた救済、例えばこれらは、
引き受けるべきもの(いらぬ飛躍のない内外統合)を引き受けない事態齎す解決は避ける方針を、
もしくは、その実現に必要な能力を持たないが故の形骸ですが、劣位扱いは不十分です。
この不備(上の存在)の有害性は、ドーピング選手が多数参加してるレース的話、茶番に過ぎないものが、
受験生の模試判定よろしく、生活の為にすべき事や社会での位置の指針になる形で響く点です。
過失なくとも(能力の有限性を代替不可能化させてても)罰的状況を被り得る(最善尽くしてもビリあり)。
この現実において、有限性の代替不可能化、外在場をフェアなものにする無理ない範囲での最大限働き掛け、
後者は例えば、場の本質(問われるべき事)を損なわないように形式や帰結を組み上げる能力の低い他者を、
己の社会生活通して(特に、管理者ポジションに)積極的には選ばない様、
その二つは自分以外の責任にできない、かつ、上の方針の産物と言える場合、
方針に整合してる知性や倫理や信仰を持つだけで、
してないそれら(上の例のように優位誤解も珍しくない)より優位に自力で立てる事になります。
なので、抽象化と具体化条件割り出しの最大限追究(理解の要、振り回されなさの意味での自由の実質)、
問われるべき事と捨象の合致配慮(次元設定の要、場を越境しない配慮込みで平等の実質)、
この相補的両者によりいらぬ飛躍のない現象(内外の性質統合)が可能になる。
前者は理想と現実の、ひいては無限と有限の関係正常化(信仰の実質)の実体に相当。これら理解を押さえ、整合させにいきましょう。
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