【ショート•エッセイ】 ふとした思い出 天ぷら鍋
まだ学校に上がる前、天ぷらをあげるしたくをする母を見ていた。油を火にかけて、母は野菜を切りだす。そばで鍋に見入っている私に母が言う。
「熱いから、手を入れたらいけんよ。」
5歳の私はうなずく。すぐにぎゃーっとさけび声。私は小指を鍋にちょっとつっこんでみたのだ。
小学校2年生の時、初めて銭湯に行った。蛇口が2つずつあるのが珍しかった。母は、両方から洗面器に湯をためながら、
「気をつけんとやけどするよ。」と私に言う。
わかった、とこたえる。でも、すぐに、蛇口から出る湯の下に、手をおいてみた。
それから何年もして、アメリカで大学院に行くと言いだした私に、母は反対しながらも、父をとりなし、しこりをもたさず旅立たせてくれた。
助言に耳をかさず、痛い目にあっても自分で経験しないとすまない娘に、母は降参したのか譲歩したのか。理解してくれたと、とるべきか。
小学生の時、今の家に引っ越してからは、母は天ぷらには、電気鍋を使うようになった。最初の電気鍋は、母のきょうだいが引っ越し祝いでくれたものだった。
留学中にそれを思い出して、次の新しい天ぷら鍋は、卒業してから私が買ってあげようと思っていた。でも、言わずの約束は、そのままになってしまっている。