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室戸の街に「夕凪の時代」を見た

仕事の出張で一週間ほど高知県の室戸市に滞在しました。
そこで、この街は「夕凪の時代」だなぁと感じたので、思ったこと出会った物事を書き留めておこうと思います。


室戸市

室戸市は高知県の南東の街です。
最寄りの空港は高知空港で、そこから車で約60km、陸路だと大阪行きの高速バスが1日1往復、関東から訪れようとすると中々にアクセス難度の高い地域です。

基幹産業である水産業の衰退、人口流出等による過疎化が進行しており、2020年11月1日現在高知県内11市で最も人口が少ない市であり(11,645人)、全国では5番目に少ない。なお室戸市よりも人口が少ない4市は全て北海道空知総合振興局にあり、北海道以外の46都府県(本州四国九州沖縄県)の全738市で最も人口が少ない[1]。65歳以上が人口比の50%以上を占める限界自治体の一つ。

Wikipediaより

訪れた第一印象は「誰もいない」でした、別の所に泊まる同行者にレンタカーを託し街の中心部にある宿を目指すのですがとにかく暗い、少し路地裏に迷い込むと懐中電灯が無いと歩けないほど真っ暗で、道を聞こうにも人がほとんど見当たりません。
月曜日の夕方に到着したこともあって閉まっている飲食店も多く、結局最寄りのコンビニで弁当を買い込んで初日は終わりました。

夕凪の時代

「夕凪の時代」とは私の好きな漫画作品である「ヨコハマ買い出し紀行」に登場する単語です。
どんな物語かは以下の通り

「お祭りのようだった世の中」がゆっくりと落ち着き、のちに「夕凪の時代」と呼ばれる近未来の日本(主に三浦半島を中心とした関東地方)を舞台に、「ロボットの人」である主人公初瀬野アルファとその周囲の人々の織りなす「てろてろ」とした時間を描いた作品。

作中の社会状況は、明言はされていないが、断片的な記述を総合すると、地球温暖化が進んで海面上昇が続き、産業が衰退して人口が激減し、人類の文明社会が徐々に衰退し滅びに向かっていることが示唆されている。しかし、その世界に悲壮感はなく、人々はむしろ平穏に満ちた日々を暮らしている。また、詳しくは語られない正体不明の存在も多く、そのまま作中の日常世界に溶け込んでいる。これらの不思議については作中で真相が明かされることはなく、どう解釈するかは読者に任されている。

wikipediaより

現実世界にはロボットの人もいなければ街が沈むような海面上昇もしていませんが…
かつての遠洋漁業の基地や水産業で大いに繁栄した産業の衰退、人口の激減、平穏に満ちた日々を暮らす人々など、室戸市は何かとヨコハマ買い出し紀行の世界観を想起させる街で、そこはまさに「夕凪の時代」でした。

もちろん、これは私の勝手な都合のいい解釈です。
現実に暮らす人々には相応の苦悩や困難があろうかと思います。
いわゆる地域おこしのような、過疎化の対策に取り組む人々がいることはよく知っています。
ただ、今回は通りすがりの旅行者として、夕凪の安寧を享受し、そこで思ったことを書きたいと思います。

宿事情

私が泊まった宿はとても気に入ったのですが、読みようによっては気を悪くされるかもしれないのであえて具体名は上げません。

室戸市の宿事情はというと中心部に旅館が2軒、すこし外れた所にホテルチェーンの「ファミリーロッジ旅籠屋」があり、チェーンのホテルはそれだけで東横インやルートインといったどこでも見かけるようなビジネスホテルはありません。そのほか市内全域に民宿が散在しており、まともなホテルを求めるなら室戸岬のほうにある「岬観光ホテル」しかないそうです(地元の方談)。
手堅い判断ならファミリーロッジ旅籠屋か岬観光ホテルにするべきでしょうが、どちらも市街地から離れており、出張先での飲み歩きを生き甲斐とする私は迷わず中心部の宿に泊まることにしました。

私が泊まった宿はそれはもう、率直に表現して「ボロ」としか言いようのない宿でした。
フロントというものは無く、玄関といった様相で、はじめ入ると奥から無愛想なおじさんがぬらりと現れます。
この人は宿の人か宿泊者かどちらだろう…とうろたえましたがこちらに向かって来るので意を決して「あの…予約のやきそばです…」と伝えます、するとおじさんは「あぁ…」といって鍵を取り出しながら宿の説明を始めます。
大浴場は17時から、部屋の鍵の使い方、朝は鍵を玄関に置いて出かけること…など

このおじさん、結局滞在中に会った時、終始無愛想でした、ただ私はそれがなんだか嬉しいように感じました。
いかにも作り物の笑顔で接客しているようなところ宿に限らず接客業では数多くありますが、この宿に作り物の笑顔はありません、もちろんそのような接客が心地よいと思う人が多いということは承知していますが、私はそのおじさんの家族や信頼のおける仲間に向けるような無愛想がとても心地よく感じたのです。

後述する寿司屋の主人に聞いたのですが、私と同じ宿に泊まる予定だったドイツ人の旅行者がチェックイン時に仰天(ボロさに?)し、その寿司屋に助けを求めて来たので代わりの宿を探す手伝いをしてあげたそうです。

この旅で出会った人に滞在先を話すとほとんど全員「えっ…大丈夫?」みたいな反応で、地元の人ですらまるでお化け屋敷かのように興味津々な具合でした。

この宿の名誉のために申し上げると、たしかに一般的な旅館やホテルに比べると仰天するボロさと無愛想な接客です、しかしボロなれど清掃は行き届いており清潔で、前述のように接客の無愛想は、それはむしろ信頼のおける仲間にむけるような安心感のある無愛想でした。

現存すれば築100年近いであろう、もう取り壊されてしまった私の曽祖父(これまた存命なら120歳くらい)の家がこんな感じだったなぁと思い出させるような、とても懐かしい感じの宿でした。

ちなみに同行者はいわゆる現代っ子(私より年上ですが…)というやつで、絶対に清潔なベッドの部屋で禁煙の部屋じゃないと眠れないが近くで連泊の予約が取れないというので車で一時間ほど走った所に宿泊していたようです。

私はカーテンを開けて寝るのが好きです、朝日で目を覚ましたいのでできる限りそうしています。
寝付きも悪ければ寝起きもとても悪いので、ビジネスホテルによくある高性能な遮光カーテンの部屋で、外はもう明るいのに部屋は真っ暗みたいな状態で目が覚めるとなんだか調子が狂うような気がします。

私が室戸で泊まった部屋は部屋の中が見えそうな建物も周りになかったので、カーテンも全開、久しぶりに涼しかったので窓も開けて寝ました。
7時に設定した目覚まし時計より早く、スッと目が覚めるときれいな青空と鳥の鳴き声だけがありました。
普段、日々の暮らしで穏やかな気持ちで目覚めることはあまりないのですが、室戸にいる間は平穏な気持ちで毎日目覚めることができました。

目覚めると見えた景色、寝転びながら撮った

いつぶりか、すっきり目覚めたので宿の近くの自販機で缶コーヒーを買って漁港まで散歩しながら飲みました。

魚屋

宿の近くに魚屋が一件あります。
少しの地元の人とお遍路さんと野良猫くらいしか見かけない街中に比べて、店の中はそれはそれは慌ただしく人々が働いていました。

刺身が欲しかったので恐る恐る店の中に入って、刺身を眺めていると店のおじさんが話しかけてくれました。
「お客さん、観光?」
「あぁいえ、仕事で来てまして…」
「へぇどこから?」
「東京です、住んでるのは神奈川なんですがね」
おじさんは「そりゃまた遠いところから」というと奥から発砲スチロール箱を抱えてきて魚を自慢げに見せてくれました、「これは大阪行きでこっちは東京行き」店の前には神戸宛の荷札が貼られた箱もありました、どうやら地元の魚屋だけでなく全国に販売しているようです。
「東京なら丸の内の〇〇って店のはうちの魚だから食べに行くといいよ」と教えてくれましたが、調べてみるととても気軽に行けそうにないお値段のお店でした、いつか接待とか理由をつけて人の金で食べに行ってみたいです、着ていく服が無いけど。

そんなやり取りを少ししてからおじさんに聞いてみます、「これ、なんです?」なにしろ私の地元と呼び方が違うのか、それもとも私が無知なのか全然わからない名前の魚ばかりです、わかるのはカツオとカマスにトビウオくらい、マンボウが売ってるのにはたまげました。
おじさんは「これはアジの仲間でここらだとよく定置網に入って〜」とかなんだか少し嬉しそうに色々と教えてくれました。


マンボウ、どうやって食べるんだろう

滞在中、この魚屋には2度行きました、飲み歩きが生き甲斐とはいえ毎日行けるほどの財力は無いのでコンビニ飯とかスーパーの惣菜で済ませるのは私の出張あるあるなのですが、今回ばかりはこの魚屋の刺身が目的でした。
なにしろあまりにも美味く、カツオのたたきは恐らく一つずつ丁寧に藁焼きにしてあるようでそれはもう感動的な味で、たぶん私の人生で食べた一番美味いものリストは更新されました。

二度目に店を訪れた時、おじさんは覚えていてくれたようで「あー神奈川の人だっけ?神奈川のどこ?」と聞いてきました、私の住んでいるところはいわゆる湘南〜西湘と呼ばれる相模湾に面した海沿いの地域で漁業もそれなりに盛んです。わりとマイナーな地域ですが、そのおじさんは知っていたようで「あーあのへん、そしたらむこうも同じようなもんでしょう」といいます。たしかに売っている魚種は似ています(シイラとかマンボウが売っているのは初めて見ましたが…)しかしなにしろ美味いのです。
「いやぁ全然違いますよ、すごい美味かったですよ」
「いつまでいるの?」
「明日帰るんで最後に食べときたくて」そう言って私は刺身とカツオのたたきを注文しました、おじさんさんは少し照れくさそうに笑いながら「また来てな」と言いながら品物を渡してくれました。

きれいなカマスの干物、なんと80円

寿司屋

宿の近くに寿司屋があります、寿司屋ですがまずはビールの話をします。
風呂上がりのビール、最高ですよね、生ビールなら特に。
なのでまずは宿で風呂に入り、徒歩数分の寿司屋に駆け込んで即、生ビールを注文する作戦です。
この作戦は大成功でした、というのもこの寿司屋の生ビールの美味いこと、後で調べて知ったのですがこの店のビールサーバーは5-60年前の開店当初から使っているそうで、なんとサーバーに詰めた氷でビールを冷やしているそうです、ビールは一般的なアサヒスーパードライではなく「アサヒビール」だそう。
県内最古のビールサーバー(もしかしたら日本最古かも?)だそうです、そのサーバーから注がれたビールは泡が今どきのサーバーとは違う感じで優しい味わいでした。

古のサーバーで注がれた「アサヒビール」

寿司屋の話なので寿司の話をします、メニューは江戸前寿司が松竹梅、お任せ3000円、その他にもお刺身やら天ぷらやら色々。
流石にいわゆる「回らない寿司」なのでどれもそれなりのお値段です、メニューを眺めながら固まった私にお店の女将さんが「どうします?」と聞いてきます、私はただ当地の標準的な寿司が食べたかったのです。
変なこだわりのある私は「江戸前」という単語が引っかかります、高知県の室戸まできて「江戸前」でいいのか?と、しかしそれは嘘で言い訳です、「松竹梅」、正直「松」は私のようなデタラメな貧乏アル中が頼むにはちょいと高い、かと言って「梅」ではケチくさい、「竹」ではなんだか日和ったようで格好がつかないな気がする…というくだらない虚栄心が働いてしまい、3000円のお任せ盛りを頼むことにしました。

お任せを頼むと大将が握り始めます、ビールを飲みながらそれを眺めていると女将さんが話しかけてくれました。
「室戸の人?」
お世辞なのか本当にそう見えているのか、私はよく地元民に間違われます。
ヨレヨレのTシャツに半ズボン、履き潰した汚いギョサン(漁業者向けのビーチサンダルみたいなやつ)、デジカモ迷彩のブーニーハットというスタイルでどこにでも行くので全国各地で同じような反応をされます。
私は「いや、仕事ですよ神奈川から」と答えました。
私の所属する会社は東京ですが、仕事柄日本中に行きます、行く先々で出会う人々にどこから来たか聞かれる事は多いのですが、毎度神奈川と答えようか東京と答えようか悩みます。
仕事上はもちろん東京と答えますが、実のところ私はいわゆる「東京」というのがあまり好きではないので、こういうやり取りのときは「神奈川から来た」と答えます、それも有名な横浜などと違って「神奈川のド田舎から」と。
それでもやはり神奈川は都会というイメージがあるようで寿司屋の女将さんは「あら〜、嫌でしょうこんな田舎までこさせられて」と言います、ビールで既に少し上機嫌になった私は「いやぁこれが好きでこの仕事してるんですよ」と返しました。

そうこうしているうちに注文したお任せの寿司が出来上がります。


「お任せ」のセット、たしか3000円くらい

率直に言って美味かったです、ネタもそうですが握り具合がもう素晴らしい具合にホロホロで最高でした、このクオリティ、もしこの店が東京にあったら「時価」とかいって1万円くらいしても納得だなと。

大将は寿司を食べる私を優しい目でずっと無言で見ていました、私は口下手なわりに話好きなほうだと思っているのですが、多分この店の大将もその傾向にあるようでした。

私もこの寿司屋の大将となにかお話したいなと思っていたので話のきっかけのつもりで「これ、なんです?」と寿司のネタを指して訪ねてみます、前述の魚屋でやったように特定の対象物がないと話題を広げられないのがいかにもって人見知りって感じですが。
それは結局のところ、地のものでもなんでもない天使のエビと称される養殖エビでした、現世の天国のようなニューカレドニア産のエビということでそう言われているようで、たしかに美味かったです、もちろん他のネタにも満足しました。

話しだした大将は色々な昔話や地域の話をしてくれました。
かつて遠洋漁業の基地だった時代、街が賑やかだった頃の様子。
店の斜め前には遊郭があって何十人も女の子がいた話。
今、店の前は真っ暗な誰も歩いていない通りだけど、往時は夜に人がいないなんて考えられないほどの繁華街だった話。

大将は、「今はこんなに静かになって寂しいよ」と話してくれました。

その日、客は私一人の静かな店内も、店の周りの繁華街も、かつてそれはもう「お祭りのような世の中」だったのでしょう。

この街、とにかく猫が多い。
外飼いなのか野良猫なのか、はたまた複数の所で餌を貰っているのか、どの猫もやけに太っています。
私も動物は好きな方なので、外飼いや野良猫の問題についてはそれなりに心得ていますが、ひとまずその賛否を論じるのはやめて、猫がかわいかった話をします。

はじめに会った猫、滞在中に何度か会った

私が泊まった街は道がとても狭く、車が入れないか、通れたとてしもギリギリな路地が沢山あるので猫には好都合なのだと思います。

時折、耳を桜型に切られた猫もいるので保護活動もなされているようで、滞在中に一番仲良くなった猫もそうでした。

一番仲良くなった猫

この猫は私が行った仕事現場の近くの物置に住んでいるようでした、耳が切られているので去勢済みのようです。
私は猫アレルギーなのですが、やけに猫に好かれます、私も猫が好きなので痒くなるのを承知で触ってしまいます。
猫アレルギーの治療薬とかできませんかね。

この猫、毎会ううちにすっかり懐いてしまいました、こいつと一緒に物置の陰で昼寝したりしました。

何日目かの夕方、街中を歩いていると初日に会った猫と再会しました、猫がこちらに気付くと足元まで駆け寄ってきて「うな~うにゃぁ」と言ってどこかに去っていきました「見ない顔だにゃ〜」とでも言っていたのでしょうか。

私に何か言って去ってゆく猫

もし夕凪の時代がすぎて、この街に夜が訪れた時、猫たちはどうなるのだろうかと思いました。
猫もいなくなってしまうのか、はたまた猫の国になってしまうのか、後者だとなんだか嬉しいですね、私の勝手な妄想ですが。

そこは人も車も来ない穴場だね

外に猫が暮らしていることの賛否については承知しています、もちろん全ての猫が家の中で安全で快適に暮らせればそれは最高でしょう、ただこうして街中で顔なじみの猫みたいな存在がいるとなんだか安心するような気がします。
近頃、これもめっきり減りましたが犬の外飼いにも似た感想を抱いています、よく通る地元の民家の庭に住んでいる柴犬と私は友達です、はたから見れば少々危ない人かもしれませんが。


すっかり馴れきった猫、白いほうはこいつ友達のらしい

猫どもと物置の裏でサボってたら同行者に見つかりました、私がひそかに猫を手なづけている事は知っていたので「名前つけないんですか?」と冗談ぽく言われました。
それはもちろん軽い冗談にほかならないと思うのですが、私はそれでなんだかすごく苦しくなってしまったのです。

名前はつけません、この猫をかわいがるのは簡単ですが何らかの責任を取ることができない以上それは無責任なような…正直に言うと帰る時の別れが寂しい、ただそれだけです。
もしくはこいつも名前を既に持っているかもしれませんしね。

帰る日、最後に挨拶していこうといつもの物置の裏を探すとそいつは居ました「じゃあな〜」と声をかけながら撫でました。

海岸

宿の近くに浜辺があります、と言っても白い砂の砂浜ではなく大粒の砂利と漂着物だらけの浜辺です。
私の育った地域の海もそんな感じなのでなんだか嬉しいです。

遠くに犬の散歩をしている人が一人見える以外に、誰もいない海岸をザクザクと歩くと何だか力が抜けるような感覚を覚えます。
思えばこうして一人でのんびり浜辺を歩いたのはいつぶりだったかな...と思いました。

元々メンタルは弱いほうなので、多分相当疲れていたのだと思います。
出張の無い平日は、片道1−2時間かけて電車で狂ったように行き来し、会社で鬱々と仕事をし、土日は平日に散らかし尽くした台所を片付ける…の繰り返しでした。

おしゃれに言えばビーチコーミングと言うそうですが、漂着物の探索は楽しいです、この浜も流木や貝殻、外国のゴミなどとにかく多様な漂着物がありました。

印象的な漂着物として脊椎を見つけました。

なんの動物でしょう

なんの動物かはわかりませんが脊椎を見つけました、多分大きさと形からして鹿だと思います(ヒトだったら困りますが…)

辺りを見回してもこの一つだけだったので遠くから流れてきたのだと思います。
手に乗せて観察するととても美しい形をしています、誰がデザインしたでもないのに不思議なものです、しばらく手に乗せて眺めているとこの骨が何だか愛おしく思えてきました。
どこか遠くで死んで海に流れ出し、バラバラになった一部が私の手の上にあると思うと不思議な気持ちになりました。

漂着物というのは基本的に全て「死体」です、貝殻、動物の骨、流木、時折まだ新しい鳥や亀の死体も見つかります、ゴミや陶器のかけらなどの無機物も本質的には役目を終え、死んだものと感じるでしょう。
つまり浜辺で出会う漂着物は等しく奇跡的な確率で出会った物に他ならないのですが、この骨に特別な感覚を持ったのは大きさが同じくらいの哺乳類の脊椎だからでしょうか。

他に、よく私が拾ってしまうもののうち模様が残った瀬戸物の破片があります、ビーチグラスならぬビーチセトモノというそうですが。
昔、祖父母の家に有ったような模様の瀬戸物を見つけると、なにか特有の感覚を覚えます。

漂着物の中に、私の琴線に触れる無自覚な何かがあるようです。

そうこうしていると日が暮れて来ます。
この浜辺は室戸岬の西側にあるので海に日が沈みます。

海に沈みゆく夕日

海に沈む夕日って沈むまで見届けたいですよね、砂利の上に座って、持ってきた缶ビールを飲みながら夕日が沈み切るのを見届けました。

日が沈んだら急いで宿に帰ります、夜が来てしまうとこの浜辺は歩けないほど真っ暗になってしまうので。

おわりに

はじめてnoteでこういった事を書きました、気持ちの整理になってよいですね。
しかし、読み返してみるとどうにも退廃的ですね、でも「日本中がこのくらい静かだったらなぁ」と思いながら過ごしたのが正直な感想です。

高知空港と室戸市を行き来すると、盛んに高速道路を建設している現場を見かけます、高知を横断する高速道路は地元の悲願だそうです。
でも、西側の終点は途中の奈半利までで、室戸市まで高速道路が延びることはなさそうです。

あと10年もすればこの辺りはもっと静かになると思います、新しい産業の息吹があることや過疎化対策の取り組みがなされていることも知っています、それでも緩やかに夜は来ると思います。
夜が来る前の、束の間の「夕凪」を過ごした感想でした。

ヨコハマ買い出し紀行の最終巻は以下のような文言で締めくくられます。

つかの間のひととき、ご案内しましょう。夜が来る前に、まだあったかいコンクリートにすわって――。

ヨコハマ買い出し紀行14巻


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