読本

読本は、上方を中心とする前期読本と江戸を中心にした後期読本(江戸読本)に分けられる。後期読本の時代、いくつもの人気読本が生まれたが、その中でも突出している作品が曲亭馬琴の南総里見八犬伝である。伝奇性、ファンタジー、恋や愛などの感情、善と悪などを描き、当時の読者に人気を博しただけでなく、現代に於いても映像化されるなどして人気を得ている。 南総里見八犬伝は、文化十一年(1814年)、馬琴四十八歳の春に肇輯五冊を発行し、連年五冊~七冊ずつ発梓し、天保十三年(1842年)、馬琴七十五歳の時に完結している。二十八年の歳月をかけて刊行された本は、全九十八巻百六冊、日本文学史上最長編小説である。 室町時代を舞台に、安房の国(現在の千葉県)里見家の危機を救った飼い犬・八房が、その褒美として里見家の伏姫を妻としたが、伏姫の死に際し体内から八つの玉が飛び散り、その球は八人の勇者に宿ることとなる。この八犬士たちは体に牡丹の痣を持ち、不思議な縁に導かれ巡り合うことになる。玉にはそれぞれ仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の文字が浮かぶ。仁・義・礼・智・信は儒教の五徳である。物語全般に孔孟の教えが重視する「考」を中心とした物語形成となっている。 また、「孝女・貞女」と「悪女」の対比で物語のコントラストを際立たせている。孝・貞と悪の二つに分けられているが、いずれの女性の登場人物も男性より優位に立つことはなく、あくまでの女性は男性に付き従う存在であるという馬琴の女性観を伺い知ることができる。 そして、悪女として描かれている船虫や玉梓は男性に媚び、または欺き、したたかな生き様で、また一方の孝女貞女とされる浜路や雛衣は男性に尽くしいいなりになる悲しき生き様と言えるが、両方ともその根底にはひとりで生きていくことはできないという社会的弱者と女性の悲哀を感じる。 馬琴と同じ時代に人気を博した作家に山東京伝がいる。京伝は後期読本の先駆者でもあった。京伝は当初浮世絵を学び挿絵を手掛けていた。のちに小説の創作にも手を広げ、忠臣水滸伝を書いた。この読本は、仮名手本忠臣蔵のストーリーに中国小説(白話小説)の水滸伝(明代1368年~1644年)を巧みに合わせたものである。 前期読本の作者たちは読本を生計の手段として考えておらず、多数の人に読まれることを重視していなかったことに対し、後期読本は作品が商品となることを前提にしており、作者は「職業」としていたことに明らかな違いがある。 この時代、娯楽としての読書を楽しむ人が増え、その結果、挿絵が美しく造本に凝った高価な本を貸し出す貸本屋が普及していった。馬琴や京伝の長編読本は、その主力商品であった。 このように読本が発展していった背景に、歌麿や写楽を世に出していった蔦谷重三郎の存在があったことを忘れてはならない。

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