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何もないが友達はいる、アラサー女の自己紹介:「A子について」

26歳、女性。趣味といえるほどのものは無い。特技もない。才能もない。これだけは誰にも負けない、というものもない。求める貪欲さもない。…はて、こんな私が自分を知ってもらうためには、何を伝えればよいのだろう?

私は単体では生きていけない、実に手間のかかる女である。要は、生かされているタイプの人間だ。なので、今日は勝手に友人A子を紹介する。私から見えるA子像を通して、私らしさが伝われば、この文章の目的は果たされる。


A子は一言で表すと、ブレない女である。私は、世の中の大抵の女の日常には、情緒不安定が組み込まれていると思っている。しかし、私はA子が情緒不安定になったのを見たことがない。

彼女との出会いは大学院である。私たちのいた所では、日中は実習に行き、夜間に講義を受け、記録とレポートの空いた時間に教授を捕まえ、論文指導をしてもらっていた。

計画能力と効率性に尽く欠けている私は、やるべき事に終わりが見えない生活の中、ホルモンバランスの乱れと共に定期的に情緒不安定になった。やるべき事をどんどん後回しにしては、YouTubeでちゅうえいのギャグをひたすら頭に流し込み、研究室の備品のウエットティッシュのケースに油性ペンでうんこの絵を書いていた。

そんな傍ら彼女は、夜勤のあるアルバイトを終え休む暇もなく実習に行って記録を書き、フィールドワークに行って報告書をまとめ、寝る間を惜しんで修士論文のためのデータの分析と解釈をする、というマルチタスクを居眠り程度の睡眠時間で毎週繰り返していた。ブラック企業さながらである。

あまり院生のすることに口出ししない教授から、「あなたの1週間は、7日しかないんですよ」と叱られるほどである。こんなに当たり前すぎる叱り文句をこの先耳にすることがあるだろうか。

当の本人は「聞いてよ~大変だよ~」と愚痴ることはあれど、涙を流すこともなければ、話しかけにくい雰囲気を醸し出したり、イライラして八つ当たりをすることもなかった。

それどころか道中で立ち寄ったから、と有名な和菓子を差し入れてくれたり、私が疲れているだろうから、とガスコンロのある研究室で味噌汁を振舞ってくれるなどするのである。

彼女の生活にはどう見ても余白がなかった。なのに、あそびがあった。そして、人に与えることまでしてみせる。こんな女が、いや、人間が、いるはずがない。私は今まで出会ったことのないタイプのA子にむくむくと興味がわいた。

彼女が情緒不安定になるところを見てみたい。

こんな意地悪な友人を持った不幸なA子はタフだったし、やはりブレなかった。自分のことをそっちのけにしつつA子を観察していた私は、あろうことかかなり彼女に迷惑をかけた。彼女が一目惚れして買ってきたというマグカップを不注意で割り、実習で使う道具の準備を手伝って欲しいと深夜に泣きつき、乗せてもらった助手席で堂々と居眠りをした。

思い返せばまだあるけれども、怒られたり、避けられたり、嫌な顔をされたことさえ1度もなかった。目が死んでいるように見えたことは、何度かあった気がする。……なぜ、彼女は私と友達でいるのだろう。

満を持してその時はやってきた。目をつけて数年、彼女がいつもと違う様子を見せるようになった。A子が心をかき乱されている、という状態を私は緩やかに認知していった。

たぶん、恋焦がれるという表現が最も相応しいのではないか。本人は否定をするかもしれないが、なにせいつもと何もかもが違う。

気分のムラがなく(見せないだけかもしれないが)、お姉さんのように面倒見がよく、弁が立ち完璧に振る舞う鉄人のような彼女が。

その人の前では、まるで少女のようで、そわそわと落ち着きがなくなり、ちょっと意地を張ってみせたりする。そして後になって私に、かっこよかった、素敵だったとばかり繰り返す。挙句次の瞬間には、はぁとため息をつき、「すいません」と謎に謝って沈黙するのだ。語り尽くしてほくほくした顔をしている日もあれば、その人のいない日常を憂うような顔をしている日もある。とにかく、表情がいきいきとしているのだ。

一部分ではあるが、これが彼女の情緒不安定の形だ。この姿がなんとも、私にとっては、とてつもなくかわいい。彼女のペースを乱し、こんな表情をさせる人は後にも先にもいないのではなかろうか。

彼女の恋を  そっと  応援したい。

近づくチャンスを促すと、「刺激が強い」などとのたまうので、応援するのは  そっと  がいいと思っている。はてさて、実に手間のかかる友人である。


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