「野宿をしながら自転車で日本を横断した話」 5/30 名古屋→彦根 74km
人生初の○○珈琲へ!
今日はネットカフェで夜を過ごしたこともあり、起きるのをためらってしまうほど気持ちよく眠ることができた。が、気のせいか息を吸うと何となく胸が苦しくなる不思議な現象に見舞われる。自転車を乗ることに支障をきたすようなものでもないので、気にせずに身支度をする。
泊まっていたネカフェから名古屋駅までは歩いてすぐの場所だったので、駅の地下街に行って人生初の「コメダ珈琲」で朝食を取る。コーヒーを注文するとパンがついてくるということで、「モーニング」を頼んだ。パンには数種類のオプションがあったが、せっかくの名古屋なので名物の小倉トーストにすることに。
朝から、いや、朝だからなのか、結構お客さんが入店している。おそらく出社前の朝食ということで来ているのだろう。今日の目的地までのルートを確認していると、早速ブレンドコーヒーとセットのトーストが到着。
いつも大学の食堂なんかで毎日飲んでいるインスタントのコーヒーと違いがわかるものなのか、と半信半疑の状態で一口。本当に違う。普段少し酸味のあるコーヒーを飲んでいるのだが、このコーヒーは結構強い苦味があって、とても好みの味だ。あまり難しい表現などは知らないが、コーヒーが美味しいというのはこういうことなのかと1人で舞い上がっている自分に気づく。
なぜコメダ珈琲が東北の外れの方までチェーン展開をする理由がわかった気がする。小倉トーストも堪能し、充分満足して店を後にする。
今日の目的地は??
名残惜しいが名古屋駅を出発し、今日の目的地である岐阜県は「彦根」へ向かう。彦根城やゆるキャラの「ひこにゃん」(写真上)で有名な場所だ。愛知県と中継地点の岐阜県の県境まで、なだらかな道を30から40km走り続ける。途中、かなり歴史がありそうな「鳳凰山 甚目寺」を通り過ぎ、北海道のような1直線の道を走る。
名古屋市を出てからは基本的に田舎道で、主要な幹線道路以外で走っていた道は、のどかな田園風景が広がる。脳内で夏っぽい音楽を流して自分の世界に入っていると、目の前に「木曽川」の看板が見えてくる。三重県から愛知、岐阜、そして長野県中部と、だいぶ内陸の方まで続いている一級河川だ。さすが名前が有名なだけあって、地元の岩木川とは比べ物にならないほどの川幅だ。(写真撮ってなかったので上の写真は拾い画)
次の街はなんとあの○○○?!
木曽川を越えると、この度5都県目の岐阜県に入る。ここも初上陸の都道府県だが、今回はほとんど通り過ぎるだけ。次回このあたりをまた訪れる時は、ぜひ鵜飼の見学や斎藤道三のゆかりの地巡りをしてみたい。
その後も見渡す限りのどかな風景+平坦な道が続く。いつものような坂道が全くないので、スピードに乗ってどんどん前に進む。と思っていると、ゆっくりと緩やかな坂に入る。
下道に入り進んでいくと、目の前の看板には「関ヶ原」と書かれている。間違いない、日本人なら一度は聞いたことがある「関ヶ原の戦い」の舞台だ。
歴史の街をぶらぶら
あまり日本史にピンとこない人のために説明をしておくと、1600年に日本を分断した天下分け目の戦と呼ばれるもので、東軍の徳川家康が根回しによって西軍の石田三成に勝利。その3年後の1603年に徳川家康は江戸幕府を開くことになる。といった感じの戦いが起こったのがこの関ヶ原の街である。
JR関ヶ原駅前にはご丁寧に「古戦場のまち 関ヶ原」と大きく書かれたのぼりが見受けられる。街としてはそれほどの規模ではなく、駅前でも本当に閑散としている。観光案内所で地図とパンフレットをいただき、街全体にある「ゆかりの地」を回ることに。「信柱には「関ヶ原の戦い」にまつわる豆知識が書かれており、一つ一つ見ていてはきりがないほどの数に上る。
街の名前なので当たり前のことなのだが、どこにでもある郵便局の名前も「関ヶ原郵便局」。かっこいい。どうしてこの地名を付けるだけで、全てカッコよく見えてしまうのか。歴史関連な場所以外は基本的に農地なので、ゆったりした気分で見学をする。
ということでおすすめされたコースに沿って、東軍・徳川家康が最初に本陣を構えた「桃配山(ももくばりやま)」、西軍・石田三成本陣跡、決戦地など、計10ヶ所以上の場所を廻る。
決戦地なんかは、両軍ののぼりが石碑の側ではためいていて、なんだか独特の雰囲気に吸い込まれる。
特に石田三成が陣を張っていた「笹尾山」は高台に位置しており、400年前の三成と同じ視点から関ヶ原決戦の地を眺めることができる。これは日本史ミーハーの僕としてはとてもありがたい。
時の皇太子殿下(明治時代)も行幸の際に立ち寄られたそうで、いかに歴史的に重要な土地だったかが伺える。
他にも、いつかの大河ドラマを見ていた人には嬉しい「黒田長政本陣跡」や、コアなファンが多い「大谷吉継の墓」など、「戦国史好きが一度は訪れたい」が非常に詰まった場所だ。
彦根城を見学できるの夕方5時まで??
感動と興奮が冷めぬままあっという間に時間は過ぎ、気づけば夕方4時。知らないうちに3、4時間ほど関ヶ原に滞在していたらしい。目的地である彦根城の見学時間は5時までなので、今日中の見学はどうやら間に合わなそうだ。
とりあえず自転車を進ませ、滋賀県は米原市に入る。そこそこ車通りの多い道なので、轢かれてしまわないようになるべく車道に近づかないように漕ぐ。街中の方へ近づいてくると、またも石田三成ゆかりの地の「佐和山」という地名が書かれた看板を目にする。この地方は、本当に歴史情緒がある街が多いように思える。
平坦な道になってきたと思っていると、いつの間にか彦根市に入っている。国道8号に合流し、ますます車通りが激しくなってくる。
すると左側に突如赤くて大きな看板が出現。「神教丸」というなんだか厳かな名前の胃腸薬の看板らしく、1658年創業らしい。こういった歴史のある薬は何にでも効いてしまいそうな気もするが、実際のところはどうなのだろうか。
ついに「ひこにゃん」の街へ!!
国道を抜け、下道を数kmほど走っていると、ついに彦根市街に入る。第一印象としては、「地方都市」という言葉にぴったり当てはまるような様相。あまり突出した高層ビルがないため、開放的な様子。
今日の目的地である彦根駅もシンプルなデザインで、非常に地元感のある造りになっている。想像の中の彦根市は大都会だったのだが、これはこれで良いサプライズだったかもしれない。
駅前にはよく戦国武将や偉人の銅像が飾られていることが多いが、彦根も例外ではない。馬に乗った「井伊直政」の銅像がロータリーの中心に堂々と立っている。明日は移動の都合上彦根城をゆっくり観光している時間がないので、今日中に彦根城がある金亀(こんき)公園へ向かう。
案の定彦根城の天守閣を臨むことはできなかったものの、公園の周りを自転車で散策し、夕方のリラックスした時間を有意義に過ごすことができた。
価格が崩壊している関西?!
滋賀県の地元の人が通ってそうな「コスモス」というスーパーに行き、夕飯用の食料を調達する。どうやら西日本に大きく展開しているドラッグストアらしいが、食品も結構置いてある。
陳列棚を見ると、表記が間違っているのか価格崩壊が起きている。納豆が3パックで49円、焼きそばやうどんが1食15円、豆腐も1丁15円など、あまり他のスーパーで見たことがない値段だ。大阪に「玉出」というスーパーがあるように、やはり関西ではこういったディスカウントストアのようなお店が多いのだろうか。
とりあえずイートインで何か食べようと、納豆、バナナ、それに豆腐を購入。なんだか奇妙な組み合わせだが、直感で今食べたい物を選んだ結果がこの3つだった。その他、明日どこかのタイミングで食べようと、投げ売りをしていたカップラーメンを27円で購入。本当に小学生が鼻水を垂らしながらつけた値段みたいだ。
公園に行って寝る直前まで、マックでポテトを食べながら携帯と自転車のライトの充電。今日は愛知、岐阜、そして滋賀と、3つの新しい県を移動することができて、これだけでも充分な達成感を得られている。明日はいよいよ古都・京都へ向かう。楽しみすぎて発狂しそうだが、まだマックの中にいるのでそれは止めておく。京都に行く前に通報されてはかなわない。
明日は昼過ぎごろに小雨が降る予報なので、その前には京都市内に入っておきたいところ。
夜中の格闘技??
住宅街にある公園に着き、早速寝袋とマットを敷いて寝ようとしていた。が、ここで大事件発生。目を閉じて間もなく、顔の周りにプーンという音が途切れることなく聞こえてくる。間違いなく蚊だと気付き、顔を寝袋で覆い隠すが、そうすると息がしづらくで眠れたものじゃない。結局、数時間格闘した末に諦めて、蚊に白旗を振り、眠りにつく。明日の朝、顔がどうなっているかがすごく気になる。